「博愛主義者たち」
「検察。被告人の罪状の確認を」
若い女性裁判官は俺のことを睨み付けながら言った。仮にも公平な立場である裁判官が敵意をむき出していいものなのか?
「被告人、田村雄二は先日、二月十四日に自宅で殺人を犯しました。さらに手口も残酷極まりない。よって被告人には懲役三十年を求刑します!」
「待ってくれ! 馬鹿なことを言うな、俺は殺人なんてやっていない! だってあれは…………」
俺はその言葉を言うのを一瞬躊躇った。正確には、その言葉を口にするのが余りにも馬鹿馬鹿しかったからだ。
「だってあれは、ただのAIじゃないか!」
意を決し、口を開くと法廷にいる全ての人が俺を蔑むような目で見ていた。
馬鹿馬鹿しい。ああ、馬鹿馬鹿しい。博愛と聞けば聞こえは良いが、こいつら博愛主義里というレベルじゃない。常軌を逸している。
こいつらはーーーー狂ってる。
「それではあなたは、AIを故意に削除しても、それは殺人ではないと言うのですね?」
裁判官は尚も僕を睨み続ける。
「当たり前だ! AIを人と同じに扱うなんてどうかしている! 彼らに肉体も無ければ魂なんてものも無い!」
「確かに彼らは私達の様な肉体を持っていない。それでも彼らは私たちと同じように『考える』ことが出来る。魂を持っているんですよ」
傍聴席に居る人たちは皆そろって頷く。
「何をおかしなことを。彼らが物事を考えるのは確かだ。しかしそれは製作者が人間に近い思考をするようにプログラムしたからであって、そこに魂なんてものは無い」
「では聞きますが、魂とは一体なんですか?」
「それは……」
その問いの答えは僕には到底解らなかった。
「もう一つお聞きします。十年前のあなたと今のあなたは同一の存在ですか?」
「同じ存在に決まっているじゃないか。昔も今も僕は僕だ」
「でも十年前の身体を構成していた細胞はもう残っていませんよ?」
「それでも僕は今の僕を僕だと認識している。それだけで同一の存在というには十分だ。……そうだ、僕の魂がそこにある限りそれは僕という存在なんだ」
「つまり自分を自分だと『考えている』思考こそが魂だというのですね?」
「そうだ…………い、いや、それは」
僕はその瞬間、裁判官の表情が獲物を捕らえた蛇の様に変わるのを見逃さなかった。
「AIはプログラム通りに考えるだけと言いましたが、人間だって自分の常識に沿って思考しているだけです。つまり、AIにも魂は確かに存在するのです。あなたは魂を持つ生物を殺した。これは事実です」
「そんなのはただの揚げ足取りだ!」
「では何故あなたはAIのことを『彼ら』と呼んだのですか? それこそがあなたが彼らを心のどこかで人として扱っている証拠です」
「待ってくれ、違うんだそれは――――」
裁判官は言葉を遮り判決を下した。
「被告人、西田三郎を有罪とし、懲役三十年の刑に処す」
「ふう。デリートっと」
「ねえ何しているの?」
裕子は俺のそばに来るとそう聞いてきた。
「暇だったからAIでシミュレーションしていたんだけど、AIがシミュレーション内のAIを削除したからって殺人罪にされていたよ。もう飽きたから消しちゃったけど」
「よく分からないけど、あなた凄いのね。彼女として鼻が高いわ」
裕子は腰に手を当て胸を張った。
「そうそう。これ、良かったら食べて?」
「なんだいこの包み紙は?」
「もう、今日は十四日よ。ハッピーバレンタイン、雄二」
彼女と付き合えて俺は幸せものだ。そういつも以上に実感していると、不意にインターホンが鳴った。
「あ、私出てくるね。雄二は座ってて」
ああ、本当になんていい彼女なのだろうか。早く結婚したいなぁ。プログラマーの仕事は大変だが、貯金もいぶ貯まってきたしそろそろプロポーズでもするか。
「ねえ雄二。ちょっといい?」
「どうしたんだ?」
「なんか警察の人が来てるんだけど……」
「田村雄二さんですね?」
団子っ鼻の刑事はずかずかと部屋に入ってくると無愛想に言い放つ。
「そうですけど」
「あなたにAI殺害の容疑で逮捕状が出てます。ご同行お願いします」
了