手を伸ばせば…
毎回毎回サブタイトルには困ってますよ。難しくないですか?今回のサブタイトル「手を伸ばせば…」ってなんだ!って感じですからね
〜とある洞窟の前〜
「ここか?」
「はい、確かにここに入って行ったと私の部下が言ってました」
なるほど、その部下信頼できるのかどうかわからないけどな。今は信頼するしかなさそうだ。頼みの綱がこれしかないのだから
「じゃあ、行ってくる」
「ほ、本当にお一人で行かれるんですか?」
警察のリーダーは心配そうにこちらを見てくる。俺だってできればお前も連れてわずかでも成功率を上げたい。
でも、私事なんだ。誰かを巻き込む訳にはいかない。
「お前はもう帰っていいぞ。後は俺一人でやる。気に病むことはない。お前は何も悪くない。むしろ良くやった」
そう言って俺が洞窟の入り口まで歩き出すと警察のリーダーは綺麗に一礼して俺を一人にさせてくれた
俺は洞窟の入り口で立ち止まる。春なのに暑い今日なのにここだけ別世界のように冷たい風が流れ込んでいる。こんな冷たい場所にカヅキが閉じ込められていると思うと胸が締め付けられる思いだ
いつもしない慣れてないことなんだけどな
「少し人助けという名の罪滅ぼしを実行するか」
俺はため息をつきながら決意を口にした。そういえばさっきの警察のリーダーとの電話でも同じようなこと言ったな。まあ、いいだろう。それだけ俺の強い感情がこもっているということで勘弁してくれ。
また、ため息をつくと、俺はメガネを外し、左足から洞窟の中へと踏み込んだ。
洞窟ということもあって全然光なんかない。
なんて思っていたが実はそうでもなく、そこそこ進んだ後は明らかに人為的につけられたであろう照明が道中を照らしてくれた。
本来ならば罠とかがあって、それに手こずるみたいな描写があってもいいのだろう。しかし、俺に限ってはその描写は必要なかった。
人間F1という通称通り、俺は100メートルを一秒で駆け抜けることができる。
そんな規格外な速さで洞窟を進んで行ったら罠なんて気づかないうちに突破しているだろう。なぜなら、洞窟を埋める岩が転がってきてもそれよりも早く動ける。上から針が落ちてくる罠でも針が地面に着く間の時間で俺はもう彼方に行っている。ほら、無意味だ
カーブの時もスピードを緩めず壁を走って行く。遠心力を利用した壁面移動だ
それ以外にも様々な技法を使い最速で洞窟を突破して行く
(よし、大分進んだはずだ。ここが洞窟のどこら辺か分からないが、俺の勘ではもうそろそろ…)
俺は少し震える。
「見えた」
黒く分厚い何者も拒絶するかのような両開きの扉が見えた。壁と言われてもそのまま頷いてしまいそうなほどの重厚感だ
その壁のような扉に躊躇なく秒速100メートルの飛び蹴りで鐘をついたような轟音を洞窟にこだまさせる。
(予想以上に…硬いな…)
しかし、それほど強烈な蹴りをぶつけても傷一つついていない。だが、その程度で悲観的になる俺ではない
(なら、壊れるまで蹴り続けるまでだ)
右足を地面にめり込ませるほど踏ん張り、左足で高速の連続蹴りを放つ。
(狙うところは扉と扉の境目。ジョイント部分が弱いなんてよくある話だ)
何度も何度も蹴り続ける。そして…
ガバッ!という音がして扉の一枚が開いた。
開いた扉から見えたのは…どう表現しようか。簡単に言うとただの半球の大きなドーム。その表現が一番適切だろう。そのちょうど真ん中に四人の男、四人の女が猫を代わる代わる持ち呪詛のようなものを唱えている。カヅキは…端っこの方で眠っている?いや、気を失っているのか
(近づいてあの八人をまとめて殺すか?いや、殺してしまっては逃げられたと同義だ。気絶させるのが好ましい。でも、威嚇程度に一人か二人殺しておくか)
幸い俺の気配には気づいていない。なんの儀式をしているのか分からないが好都合だ。
(相手は武器を持っていない。俺も武器を持っていない。能力不明。この半球のドームは半径500メートル程度。高さは50メートル。広いし高い。そういう場所は得意だ。室内というのも俺を有利にしている)
俺は地面を蹴り500メートルの距離を一気に詰める
(本当は集団戦のセオリーとして弱そうなやつから叩くというのがあるが、そんなこと言ってられる場面じゃないな。一番近くにいる女二人を蹴り飛ばそう)
残り50メートル。もうここまで来たら終わりだ。どんな奴だって仕留められる間合い。
息を潜めて影から気づかない間に…
必殺の俺の渾身の蹴り。あの扉こそ一発で破壊できなかったが、それでも強烈すぎる一撃。そんな強烈な蹴りは威力と比例して速度も速い。不意打ちで後ろから放たれる高速の蹴りなど多分カズマサでもクリーンヒットを食らわせることができるだろう。
でもこれは普通ならばの話
(な、なんだ…?猫耳…?)
俺の蹴りはしゃがむことによって軽々と避けられ、左右から他の女から強烈な蹴りの一撃を食らう
(クッ!無駄に息のあった蹴りだな。敵ながら賞賛を送りたいほどだ。でも、こいつらには絶対にそんなもの送らない)
この攻防に気がついたのか他のメンバーも俺の方を向く。完璧にアウェーだ。でも、俺だってやられっぱなしだったわけじゃない。
「ふむ、なるほどな。猫又か。どうりで俺の蹴りを見切れるわけだ」
猫又…悪霊、怨霊の一種。今ここにいる女は全員猫又
男たちは俺が来たことに気がついてなかった。でも、猫又は自慢の猫耳で俺がここに来た音をキャッチしていたのか。
猫又は強い。意味の分からない妖術とか使ってくるし、身体能力も高いし、この人数でこられると実際俺より何倍も強いだろう。あの猫又は俺よりも強い
さあ、どんな風に戦おうか
真正面から戦っても勝つのは厳しいだろう。俺が得意なのは1対1の戦いで1対多はどちらかというと不得意だ。範囲攻撃がないからな。とりあえず一人…いや、一匹を行動不能にする。そこで皆が怯んだところで次の行動の指針を決めよう。
(喉と口で音にベクトルをつけて相手の耳にダメージを与える圧縮音爆弾)
『突き刺す声』
これによって猫又の一匹は聴覚が優れていることが災いして倒れるはず…だった
「アッ…」
だが、現実は
(なんだ?体が…重い?思っていた声量が出せていない)
実際は敵は猫又だけではなかった
奥にいる男四人。てっきり俺はこの男たちは洗脳とかそんな能力とばかり思っていた。その能力で猫又を使役していると…。でも、あいつらの能力は念力、サイコキネシスの類だ。四人で協力して大きな力を生み出し俺に上から圧力をかけている
ならばなぜ?猫又が人間と手を組んでいる?もしかして悪霊と人間の利害が一致したのか?
「お前たちの目的はなんだ?」
つい気になって尋ねてしまう。
「俺たちの目的か?よくぞ聞いてくれた。俺たちの目的はな。この猫の保護だ!」
む、予想外すぎて若干フリーズしたんだが。この空気どうして…って俺以外の奴らやたら盛り上がってる。俺が浮いてるみたいだ。保護って何の金にもならないだろうに。
「この猫には何の罪もないはずなのに!研究施設に閉じ込められて、可哀想と君は思わないのか!」
「いや、その…」
「俺は可哀想と思う!」
いや、本当についていけない。
「だから俺たちは同じ意思の人間や猫又を集め猫保護団体『ニャンニャン』を作ったのだ!」
なるほど、だから猫又も集まったのか。同族が研究されてるなんていい気持ちじゃないしな
(とにかくこの組み合わせは厳しい。だが、俺の勝利条件は敵を倒すことじゃない。猫とカヅキをここから出せば俺の勝利だ。無理に戦う必要はない)
奴らはまだ自分たちの言葉に酔って「フハハ」とか高笑いをしている
(ひとまずカヅキを助けるか)
即断決行。すぐに行動を開始する。カヅキまでは700メートル。7秒だ。カヅキを担ぎ上げるのに1秒。合計8秒で助けてみせる。
ギュンという加速とともに遠くのドームの端まで走る
(よし、このまま…ッ!)
しかし俺の右側から予想外の衝撃が走った。
(クッ!猫又か。だが、猫又がいくら速いからといって俺に追いつけるわけが…いや、迂闊だった。今の俺は敵の能力により重いんだった。自分の身で起こっていることなのになんで気がつかなかった…)
カヅキとの距離400メートル
(とりあえず足は止めていられない。止めたら増援として猫又が増えるだけだ。なんとしてもカヅキを助けなければ)
俺は何事もなかったかのように立ち上がりすぐにカヅキを助けるために走り出す
(やはり体が重い。動きづらい…。だから)
ガッ!とまたもや猫又から強烈な一撃を食らう
(だから、攻撃を食らってしまう。俺は絶対に猫又の攻撃を食らう。どう足掻いても当たってしまう。ならば、いっそ食らう)
その強烈な一撃で大きく吹き飛ぶ。
カヅキの方に
カヅキの方に吹き飛ぶように相手の攻撃を誘導する。それが今俺の考えた作戦だ
カヅキとの距離200メートル
(あとはカヅキを抱えて…)
そこで、急に悪寒を感じ、とっさにその場でしゃがむ。もともと俺の頭があった場所に小さな石ころが高速で通り抜けて行った。完全には避けきれておらず俺の頬からは血が少し流れている
(念力での攻撃か。少しかすってしまった。だが、焼け石に水というものだ。俺はその程度じゃ止まらない)
この焼け石に水という心の中での声。もう、目標を達成したという確信とともに滲み出てくる油断。いや、そもそも念力を石ころに使ったせいで俺の体は軽くなっていたのだ。この有利な展開になったという思い込みが俺に隙を作った
ジュッと俺の腹を炎の剣が貫く。
「熱ッ」
俺はとっさの出来事に動転しつつも状況の確認を怠らない
(どういうことだ?誰も炎の能力者なんて…)
そこで俺は見た。三匹の猫又が炎の大剣を作り上げているところを。
ならば今まで攻撃に参加していなかった三匹は攻撃のタイミングに乗り遅れたわけではなくこれを作っていたということになる
(あ、熱い。油断した。あれほど油断には対策をしていたというのに。ならば今までの攻撃はこの攻撃を悟らせないようにするためか。奇妙な妖術を警戒しておくと自分に言い聞かせていたのにやられてしまうとはな)
そのまま炎の大剣は俺の腹を貫き続けていたが、しばらくすると妖力が尽きたのか炎は空気に溶けるようになくなって行く。
俺は戦いの中での小さな競り合いで諦めることが多い。今回だって猫又の攻撃をかわすことを諦めた。
でも、カヅキを助けるという最終的な目標はあまり諦めたくないな
俺は這いつくばりながらも必死にカヅキの元へ行こうとする
「カヅキ…今助けて…やるから…」
最初からこんな戦い無謀だった。そんなの最初からわかっていたのに…
「カヅキ…」
所詮無駄なこととわかっているが俺は左手を必死で伸ばす。しかし、その手でさえあと数センチのところで届かない
「はぁ、お前の声も俺の手も今日は届かないことが多いな」
俺はなんで他の奴らの協力を仰がなかった?なんで、単騎特攻なんて俺らしくもないことをしたんだ?
そんなのは分かり切ってる。強くなりたかった。ただそれだけだ。
カズマサはバカだし、よく失敗するし、猪突猛進だし、メンタル結構弱くて落ち込むことが多いし、よく周りを巻き込んだり巻き込まれたりするやつだけど、芯が通っていて、決して諦めないで、困っている人には必ず手を差し伸べられて、本当に強いやつだと思った。
だから、俺はあいつに憧れた
物事を選択する時必ずカズマサならどう考えどう動くかを考えてしまうほどに。
おかしいよな…俺はカズマサじゃないのに
唐突にガガジャァァァン!!!!
という轟音が半球のドームの中に響き渡る
そういえば、俺があいつのことが嫌いな理由がこの頃になって分かってきた
それはドームの入り口にあった鋼鉄の扉が男四人組に向かって投げられ地面をこする音だった
俺があいつが嫌いな理由は俺ができないことを日常的にやり遂げてしまうからだ。嫉妬ってやつかもしれない。
その鋼鉄のドアを投げた人物が土の地面をジャリジャリと音を立てながら俺に近づいてきた
「全くお前がくだらない嘘なんかつくから来るのが遅れたじゃねえか」
だけど、今だけは俺にできなかった…カヅキを助けるということをやり遂げてくれ
「助けに来たぜ」
なぁ、カズマサ
はい、サブタイトルの「手を伸ばせば…」の続きは「手を伸ばせば届くとは限らない」的な感じですかね