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左利きで悪かったな  作者: @
第一章 理不尽という必然のストーリー
20/20

終わりの夜に…

これで文化祭編は終了です。あの、これを書いていて少し無力感が襲いました。なぜならこれが最終回だからです。残念…。

夢など全く見ずに目が覚めた。

一応辺りを見回してみる。

全体的に白を基調としたわけでもないが清潔感を感じさせる雰囲気、わずかに香る薬品の香り。

これらの情報から俺はこの場所は保健室だと予想する。

しかし、まあ、普通に考えれば少し前までカズマサに思い切り殴られたのだから当たり前の結果といえばそれまでだ。

俺はベッドで横になっていたのでゆっくりと起き上がり、ベッドを囲んでいたカーテンを取り払う。

時間が気になったのでこの部屋の掛け時計を見ると午後の七時を回っていた。都合良く近くにあった窓からはグラウンドが見渡すことができ、今ちょうど後夜祭のキャンプファイヤーが点火されたところだった。

もともと文化祭へのモチベーションの低い俺は希望制の後夜祭なんて行くわけもなく、だがなんとなくそのまま帰るのも気が進まなかったので、この部屋を一応出て廊下をコツコツと足音を響かせながら歩いていく。


片付けが未完成のままの文化祭の出し物に夜の学校の廊下という下手なお化け屋敷よりも恐ろしい風景を無表情のまま歩いて行き、階段を上り、一つのドアの前にたどり着いた。屋上につながるドアだ。

別に何の目的もなく歩いていただけだったのでここに着いたのはたまたまだ。その偶然ゆえに屋上に一時的に興味を引き寄せられる。

試しにドアのドアノブをガチャガチャと回してみるとバキッ!という音がして自然とドアが開いた。

強い風が吹く哀愁漂う屋上は周りを柵で囲まれており、思ったよりも広い。

その柵に近づくとまたもやグラウンドが見渡すことができた。後夜祭で興奮している生徒の喧騒がこちらまで届いてくるが、距離が離れているためうるさいとは感じない。キャンプファイヤーの光もこちらまではほとんど届かず月の月光も薄い雲で覆われていて届いていない。つまり暗闇だ。


俺は目を瞑りしばしわずかに聞こえてくる喧騒をBGMにしながら今日のカズマサとの戦いの反省をしたり今回の恋愛祭作戦を見直したりしていたところ、いつの間にか喧騒のBGMに雑音が入ってきていた。それは階段を登る時に自然と出るコツコツという足音だ。つまり、誰かこちらに来るということだ。


俺はこの雑音を発している奴がわかる。この文化祭の終わりにこの一人で屋上というシチュエーションだからこそ誰が来るか分かる。


足音が止まる。と同時に俺は目を開く。


「やっと、見つけた」


ちらりとそちらを見ると女の子が立っていた。とても可愛い女の子。多分十人にこの女の子は可愛いですか?と聞けば全員が肯定してしまうほどの女の子。その子の名前は…


「なんだ、サキか」


初めてクラスに来た時いきなり険悪になって放課後には仲良くなった学級委員長のサキだった。











「なんでシンはこんなところにいるの?」


深い理由があるわけでもないので若干答えづらい質問だ。ここはひとまず適当に答えておくか。


「まあ、少し一人になりたくてな」


「あ、そうなんだ。なんか、ごめんね」


「いや、謝る必要はない。別に大丈夫だ」


他愛もない会話が少し続く。いつも通りの会話内容だ。内容がないことが内容のような会話。


「ところでサキはどうして俺を探していたんだ?」


だが、この言葉で空気が変わる。急に後夜祭の喧騒が遠くなる。


「えーと、今じゃないとダメな用事があって…」


喧騒はさらに遠のく。


「私はシンに伝えたいことがあってね…」


すでに喧騒はもう不安定で俺の耳では音が明滅している。


「その…私はシンに告白しに来たの」


この場から音が消えた。


まあ、予想のできたことだ。あの、ニーナが俺のクラスに俺のことが好きな人がいるという情報は伝えられていたのだから。そして、準備期間中に行っていたサキの行動は俺がサキの好意に気づくには十分に足るものだった。そして今、確信に変わった。


「私はシンのことが好き」


その言葉も予想のできたことだ。そして、この返事もすでに決めている。クラスに来て最初は馬鹿な奴だと思っていた。俺の嫌いなキーワードを多用するやつだと思った。でも、二週間文化祭の準備を通してサキと過ごしてきてそれは誤りだということに気がついた。

優しくて、素直で、頑張り屋で、ついでに言うならば可愛い。

そんな女の子から告白されて断るなんて誰もしないだろう。もちろん俺も例外なくだ。


「…………」


だがなぜか言葉が出なかった。喉にネバネバしたものが詰まっていて言葉を出そうとしても出せない。

何かが俺を邪魔している。その邪魔しているものを取り除く方法が分からない。

いや、それは違うな。俺は知っている。この、邪魔なものを取り除く方法を本当は知っている。

でも、その方法を使ってしまえばこの恋愛祭作戦を実行した俺が馬鹿だということになる。

でも、もう馬鹿になるしかこの場をやり過ごす方法はないらしい。俺は静かに口を開いて言葉を紡ぎ出す。

今度は流れるように言葉が出る。


「すまない、俺、好きな人がいるんだ」


本当に…馬鹿馬鹿しい。


結局のところ恋愛祭作戦なんかしても捨てきれなかったのだ。この、カヅキが好きという気持ちを手放すことが出来なかったのだ。


その俺の言葉にサキは


「そっか…」


と小さく呟いた。


前の喧騒がわっと戻ってくる。


なのに今は静かだ。


俺の周りには音があるのにサキとの間だけぽっかりと音も言う概念が抜けている。だから、静かだ。


俺は一度サキと同じように失恋を経験している。今サキを励まそうなど考えてはいけない。今サキに話しかけてはダメなことくらい俺にも分かる。

だから俺はサキが話しかけてくるなり、逃げるなりのモーションをとるのを待った。

すると、どうやらサキは俺に話しかけるという選択をしたらしく、少し息を吸い込んで俺の目をまっすぐ見つめてきた。

そして…


「ねぇ、カヅキさんのどこがいいの?」


………………………………………は?


「何を言っている。決めつけは良くない」


内心ではものすごく動揺しているはずなのに、この感情が表にでない性格のおかげでなんとか隠すことができた。


「その反応は図星だね」


いや、俺がそう思っているだけだった。

しばらく沈黙が続く。言ってしまうかどうか迷う。

やがて、はぁ、と俺は一つため息をついていた。

これだから勘のいい女は嫌いだ。


「全く、俺はカヅキが好きだ。嫌いになりたくて突き放したくて拒絶したとしても嫌いになれないくらいにな」


顔を若干そらし珍しく少し上ずった声が出た。


「ヘェ〜」


その、俺の様子にサキはニヤニヤして馬鹿にしているのかと思いジロリと睨む。が、すぐにやめる。

なぜならサキがあまりにも悲しそうな顔をしていたから。


「そっか、これじゃ逆転の余地なんてないね」


サキはゆっくりと歩いてきて俺の横の柵に体重を預けてグラウンドを見つめた。


「そういえば今日文化祭なんだね」


「何を今更、ならばお前にとって今日は何の日だったんだ?」


案外適当に言った質問にすぐに返ってきた答えはとても意外なものだった。


「恋愛祭…かな…」


恋愛祭…。俺と同じ、いや内容は全く違うだろうが、全く同じ作戦名でこの文化祭に臨んでいることに驚いた。


「そうか…」


まあ、そんなことを気にしてない風に装うのが俺らしいところではある。

横を見るとサキはじっとグラウンドを見つめていたので、つられて俺もそちらに視線を動かす。

なんてことはない。ただキャンプファイヤーの周りでフォークダンスを踊って外野でワイワイ騒いでいるだけの風景だ。面白味を全く感じない。それなのにサキはじっと見つめている。


「ねえ、フォークダンス一緒に踊らない?」


かなり唐突な申し出だった。うっかり口が滑ったと言った感じの言葉だった。だからだろうか。サキは顔を赤らめてこちらを向きながら脳しんとうを起こして気絶するんじゃないかと思うほどに首を振りながら


「いや、今の違うからね。うん、気にしないで」


大声で遠慮がちに言った。


そうか、サキはフォークダンスを俺と踊りたいのか。フられた男と踊るダンスは楽しいのかどうかはひとまず置いておいて、ここで何も起こらずにサキの文化祭が、そして恋愛祭が終わってしまうのはあまりにも虚しい。なにか、悪い思い出てもいいから、俺が悪者になってもいいから空虚な文化祭にして欲しくない。


なぜか、人になかなか関心を示さない俺がそう思った。自分は文化祭に興味がなかったのにそう思ってしまった。

なぜなのかは分からない。予想を立てるとすれば俺とサキの失恋という共通の境遇が俺の心を刺激しているのかもしれない。簡単に言えば同情だ。

でも、別に動機が同情でもやはり文化祭にはなにか色がつかないと面白くない。


「なあ、フォークダンス一緒に踊らないか?」


すると、サキはとても意外そうに目を丸くした。


「えーと、私そんなにお金持ってないよ」


「俺は金には困ってない」


「まだこの体を簡単に出すほど落ちぶれてないはずだけど」


「卑猥だ。やめろ」


「え?じゃあ、シンは良心で私とフォークダンスを踊ってくれるの?」


「まるで俺がいつも良心じゃ動かない人みたいな言い方だな。まあ、いい。とにかくグラウンドに行くぞ」


「あ!ちょっと待って!」


そこそこ強引に、そしてそこそこ意気込んでグラウンドに行こうとしたのを止められた。その場で二人とも硬直する。


「あんまり、みんなに見られたくないからここで踊ろ」


確かに俺も人目は常時避けたいと思っている。トップのせいでどうあっても目立ってしまうからな。


「分かった」


だから、その意見に同意した。








別に音楽は必要なかった。俺はフォークダンスなんて踊ったことなかったのだが、なぜかサキの技術は素晴らしく不器用な俺をきちんとリードしてくれた。こういうのは普通俺がリードするものなんじゃないかと内心苦笑いしつつサキとの踊りに集中する。


周りは暗闇だ。お互いの表情なんかは全く分からない。とでもサキは考えているのだろう。生憎俺は色々な特訓の成果で夜目が効く。素で暗視ゴーグルを着用しているのと同じだ。だからこの踊りの最中のサキの表情も見えた。


サキは満足そうで幸せそうで達成感にまみれたとてもいい表情で、泣いていた。

多分誰にもこの顔を見られたくなかったのだろう。

こんなにも美しい表情なのに誰にも見せないなどもったないと考えると同時に疑問も生じた。

俺が失恋を味わった時はこんな表情じゃなかったはずだ。悲しみ苦しみこの世の終わりを感じさせえしたほどだ。だが、サキにはそれがない。何が違うのか、分からない。

そう考えているうちにするりと俺の手からサキの手が抜けた。


「フォークダンスもう終わったよ」


「ああ」


「返事が曖昧かな?もしかして私の顔見えちゃった?」


おっと、やはり見られては困るものだったようだ。適当にごまかさなくてはな。


「そうだな。もし、あのキャンプファイヤーの光がこちらまで届いていたのだとしたらサキの顔がはっきり見えたのにな」


「ふふ、何それ、古文の現代語訳みたい」


ひとしきりそれで笑われた。真面目に答えたはずなのに笑われるとは多少不愉快にさせてくれるな。


「おい…」


「ありがとう」


俺の言葉は遮られた。やはり不愉快に思うがお礼の言葉で遮られたので文句もつけづらい。


「ほんとうにありがとう。あなたのおかげで最高の文化祭になったよ。恋愛祭は成功だね」


「俺のおかげなんて、それはおかしい。お前を不幸にした人物だ。恨んだとしても文句は言えない」


「恨むなんてそんなことしないよ逆に感謝してるんだから」


「そうか…」


サキの涙はもう流れていない。暗闇を照らすような笑顔があるだけだ。まるで本当に感謝しているかのような表情だった。


「じゃあ、用も済んだわけだし私はここで帰るね」


なぜか清々しい雰囲気でそう言う。


「もうどこかに行くのか」


「いつまでも、ここにいるわけにはいかないからね」


「そうか。今回は悪いな。嫌な気持ちにさせてしまって」


「そんなことないよ」


そう言ってなにかを達成したかのような気持ち良さそうな表情で背を向けた。


「おい、少し待ってくれ」


「ん?どうしたの?」


「一つ質問させてくれないか?」


「まあ、いいけど…」


「単刀直入にお前は今幸せか?」


するとサキは顎に手を当てると少しの間わざとらしく悩む様子を見せ


「もし今が不幸だったら私の人生に幸福なんてないよ」


そして、「じゃーね」と俺に別れの挨拶をしてとうとう俺の視界から消えてしまった。


「お前も十分古文の現代語訳みたいだな」


誰もいないこの屋上で小さく独りで呟く。


そして、とうとう俺はサキへの質問によって、サキがなぜあんなに達成したような清々しい表情をしていたのかがわかった。

サキは達成したから達成感にまみれた清々しいいい表情をしていたのだ。

では、何を達成したのか?

そんなの決まっている。俺に告白するという目的を達成したのだ。だから、あんなにも嬉しそうだった。


それに比べて俺はどうだ?

勝手にカズマサとカヅキが両思いって決めつけていないか?例え両思いだったとしても最後まで足掻き続けられたか?

いや、していなかったはずだ。


そうだ、ずっと分からなかった、俺とサキの失恋の違いは


全力を出したかどうかだ。


しかも、俺に至っては諦めさえしていた。

でも、これじゃダメだ。もう今の俺では納得できない。今回の恋愛祭作戦は一見無駄なように見えたがこれのおかげで分かったことがある。


あの二人の恋愛は遅い。


今回の俺が恋愛祭作戦を行ったにもかかわらず全く進展していない様子だ。

ならばこの隙を貪欲に卑怯な手を使って無理矢理にでもカヅキをこちらに引き込もうではないか。

これでこそ俺らしい。

ただ見ているだけはもう飽きた。そろそろ動きださないと欲求不満で倒れてしまいそうだ。


そう思って、そこはかとなくグラウンドを眺めてみる。すると、


ん?あの、グラウンドの隅にいるのはカヅキじゃないか?どうやら椅子に座って休憩しているみたいだ。


俺は階段で降りるのももどかしく屋上から飛び降りて一気に地上に到達した。

そして、さりげなくカヅキに近づく。


「ねえ、いきなり屋上から飛び降りてきたと思ったら平然とこっちに歩いてきて何がしたいの?」


む、先にカヅキから話しかけられてしまった。それより屋上から飛び降りたところを見ていたのか。


「まあ、帰ろうと思ってな」


「えー!帰るの!もったいないなぁ。後夜祭楽しいよ」


「もったいなくても俺が決定したことだ。お前が干渉するべきではない」


「なにそのシンっぽい発言」


「俺自身が発言しているからそうなるのは必然だ」


「全く…でもまだまだだね。シンがわざわざ私の前を通る必要性はないわけだし、通ると絡まれて素早く帰ることのできないことを知っているシンはすぐに帰りたいなら私を避けて通るはずだよ」


「何が言いたい」


「つまり、一緒にフォークダンス踊ろうってことだよ」


俺は一つふぅとため息をつく。


「いつも世話になっている奴の頼みを無下にする訳にはいかないな。せめて、暇つぶし程度になってくれよ」


全くため息をつきたくなるな。カヅキに思いを伝えるどころかフォークダンスの誘いすらできない。まずはこの口下手から治すべきかな。

はい、終わりです。実はこの話は廊下で鬼ごっこをしたいという思いから書かれたものなんですよ。

では次の話にご期待ください。

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