観測者・坂本愛
初めまして。普段軽い雰囲気のものを書かないので挑戦です。
でも結局純度百パーセントのコメディ・ライトは無理そうですのでとりあえずは恋愛ものに。
しかも恋愛と銘打っておきながら恋愛パート担当するキャラクターが少ない……。
精いっぱい頑張りますのでご容赦ください。
また、同性愛者が出てきますが、男女一人ずつですので基本的にそういう描写はございません。
ないものとみなしてくれて結構です、では。
今日私は、二十歳の成人式を迎えた所だ。ついに自分も学生から社会人へと近づいているのだと、なんだか感慨深くなってくる。
そして今日のイベントは、成人式だけではない。高校の同級生との同窓会もあるのだ。
今の私がこうしているのは、きっとあの頃共に過ごした彼らのおかげだ。
ちょっと……いや、かなり変だけれど、かけがえのない大切な仲間である、皆との。
晴れ姿から質素な私服へと着替えて家を出た私は、夕暮れを背中に浴びて、皆が待っている店へと向かっていた。何と二十歳にしてとっとと結婚するのが決まった二人がいるから、飲み明かそうという訳らしい。
ふと私は、あの日々のことを思い返していた――――――――。
「今年は一人、この組に転入生が来ることを知っているか?」
四月上旬、私達三年生にとって関係の無い入学式と関係大有りの始業式のあるとある日、ふと先生がそんなセリフを放った。転入生が来るという言葉に、クラスが一気にざわめいたのを、私は耳にした。
「えっ、ありえるんですかそんな事?」
「そりゃあありえるさ。ていうか何で来ないと思ってるの?」
「えっ、でもこのクラスでしょ?」
「だからそうだって言ってるだろ」
先生がせわしなく対応しているがそれも仕方ない。なぜなら、教師に向かって勢いよく質問攻めをしているのは一人や二人じゃないからだ。そして、その質疑応答が繰り返されるにつれて、徐々にヒートアップしている。
話をまとめてみると、この学校にならともかく、この教室に編入してくる生徒がいるのはまっずあり得ないのだとか。
「どんな変人が今度は来るんだよ」
「いやいや、確かにお前らは皆変態ばっかだけど転入生は変な奴じゃないよ」
「先生に変態って言われたくない」
「うるせえな! いつもそうだけど失礼だぞお前ら!」
ですが先生、歳が近いのも理由の一つでしょうが、あなたからは威厳が感じられないのも事実です。正直会って間もない私もかなり嘗めてかかっています。
それにしても教師から変態扱いされたり、その先生もかなり危なかったりとこのクラスって本当にまともなクラスなのだろうか。
私は、そんなクラス内での騒乱を、ドアの向こう側から聞いていた。つまり、転校してくる生徒と言うのは他ならぬ私のことだ。
なぜ二年と三年の間で転校したのかというと、特に何の変哲もない家庭の事情だ。私が幼い頃お父さんは交通事故で死に、お母さんは女手一つで私を養ってきた。そしてついに、先月再婚した訳である。
お母さんが再婚するのは嬉しい。だがその時に一個だけ、私の生活に関わる問題があった。相手の男性が転勤で移動しないといけないのだ。再婚したばかりで単身赴任という訳にもいかないし、私が一人で暮らせるとも思えない。そのために、このタイミングでの転校だ。
「もう良い、入ってきてくれ」
一々質問するのが面倒になってきたらしく、先生はドアのこちら側の私を呼び付けた。呼ばれてすぐに、ドアに手をかける。静かに扉を開けると、中にいた生徒は思ったよりも少なかった。ぱっと見て判断する限り、十人ちょっとだ。
驚いた私が足を止めていると、どうかしたのかと先生に訊かれた。何でもないですと答えて、黒板の前に立つ。隣では先生が私の名前を書いていた。
「サカモト アイさんだ。上り坂の坂に本棚の本、愛情の愛な」
「よろしくお願いします」
先生が私の名前を紹介してくれると同時に、頭を下げた。とりあえずは目立たないようにしているべきだろう。さっきの話を信じると、ここには変な人しかいない訳なのだから。
小さな拍手がお粗末ながら上がった。音が小さいのは人数が少ないから仕方がない。顔を上げると、ほとんどの人が拍手をしてくれていたのだが。
「わー、可愛いね。そう思わない?」
誰かが、そのような事を露骨に言った。お母さんが綺麗だから、私も昔からそう褒められてきたが、ここまで露骨に言われたことはない。ただし、私が動揺することは無かった。声ですぐに、彼女が女性だと判断できたからだ。
先生が言うほど変でもないような気はする、そう思った瞬間だった。私がこのクラスの実態を知ることになったのは。
「いや、犬とか猫と比べると……ゴミ以下っていうか……」
「俺は男の方が」
「私どっちもいけるよん」
「数学の公式の方が美しいに決まっている」
何と即刻、四つの声が重なった。重なったとはいえ、話す順番は今の通りなので、全部聴きとることができた。だが、聴きとれたのかと理解できているのかはまた別の話だ。
まず最初に反応した男子、きっと動物が大好きなのだろう。机の上に並ぶ筆記用具の全てに動物がプリントされている。それどころか、リュックサックにも動物の刺繍がいくつも入っている。
次に、男の方が……と言った“男子”間違いなくお前も変態だろう。
その次の女子、どっちもって何なの! どっちもって!
そして最後のガリ勉みたいな雰囲気が全然出てない男子。数学の公式の方がって何なの? 動物はまだ許せるとして私は文字よりも汚いのか?
「皆そんな頭ごなしに言わなくても……。先生はどう思う?」
「俺は二次元の方が……」
「本当に変なのばっかだなここは!」
ついに声を荒げてしまった。極力目立たないようにしようと思っていたのに、いきなりその考えは打ち砕かれた。これ以上に放っておいたら何を言われるか分かったものではない。
その言葉に、教室中の生徒が笑いだした。何でだろうと思ったが、その笑いは先生に向けられているらしい。
「ほらー、やっぱりかなりの変態じゃん、先生」
「……転校生に既に変って思われてるし」
「それはお前らも一緒だろうがぁっ!」
何かどえらい所に転校してしまったなあと、途端に嫌な気分になってきた。とりあえず進学校だったから選んだんだけど、ここまで変なのがいるとは思っていなかった。
別に同性愛とか、オタクとかを否定するつもりはない。人の趣味なんでそれぞれだ。でも、何でそんな少数派ばっかり集まっているんだこのクラスは。
おそらくこの調子だと、最初に先生が言っていた通り、残っている人たちもかなり個性的な連中なのだろう。
ここから始まる一年間は、思い返すと現実離れしたことがいくつか起きた。
まるで、物語みたいな、複雑で、人の心が渦を巻く話。
そして、これから始まる生活は、この変人の巣窟と、それを見届ける観測者の私が紡いでいく物語だと、最初に宣言しておきたい。