三時間追加婆
ぜぇ、ぜぇ……なんとか間に合った……
結局、コ○ン見ちゃったけど。いいよね? 間にあったし。
結果オーラ……ごめんなさいっ!
皇都オルディールは、東西三〇キロメートル、南北二五キロメートルの総面積を占めるオルネス皇国で一番大きな都市である。
そして、もう一つ。その別称は、商人の都。ここではオルネス皇国中から、果ては外交諸国からもさまざまな商人たちがさまざまな品々を出店、販売している。それぞれの流通はエリア分けごとに、イーストエリアの芋や穀物といった食べ物から、セントラルエリアの服や装飾具、ウエストエリアの土地や住居までなんでもござれと、その名に恥じない都だ。彼ら商人たちは皆、活気に満ち溢れている。
もちろん、例外はあるが。
その一つとして――ここでそろわないものなどない、と皇王自ら宣伝しているのはどうかと思う。それは皇王の権力乱用ではないか?
そう思い、リグリットが進言してみると、
「皇王が商人してなにが悪い」と口を尖らせ、ややひねくれ気味のお言葉を賜った。
ちなみにこのとき、いつのまにか城を抜け出した皇王は普通に商人に変装して、普通に商売をしていた。たまたま(・・・・)近くを通りかかったリグリットはすぐさまこのことを宰相に報告し、皇王を城へ連行した。
その際。いやだいやだ帰りたくない、とわがままを言う皇王を物理的に気絶させたことは未だに誰にも話したことはない。話すと、不敬罪で捕まる。
それにしても、皇王がバ……覚えてなくてよかった。
そんなことを考えながら、リグリットは騎士団の詰所から街のほうを眺めた。
瞬間、大きな歓声が上がった。
今、皇都はパレードの真っ最中である。
すでに主役のオルネス皇国騎士団はどこへいこうとひっぱりだこだ。皇都帰還後翌日であるのに、だ。
だが、それもそのはず。現在の皇王が即位してから、長年。東の国境をたびたび脅かし続けていたマチルダ帝国軍を打倒し勝利したオルネス皇国騎士団は、今や皇都、ひいてはオルネス皇国中で『時の人たち』だった。その彼らを祝わずして、なにを祝うというのだろうか。
今日という日、オルディールは歓喜に震えた。
勝利に、平和に、栄光に。
皇都の民たちは彼らをもてなす。料理に踊りに。オルネス皇国に栄光あれ、と吟遊詩人はうたい。美女は彼らに手酌をし、武勇を聞いた。
そして、彼らも語る。
忘れてはいけない。そもそも彼がいなければ、すべてが成し得なかったことを。
英雄――リグリット=セントブルグ。
本来ならば、もっとも武勲を挙げた彼はパレードの主役なのだろうが。いかんせん、彼という男は自分の言ったことに責任を持つ男であった。
「――残り二時間」
「ごめんなさいっ、すみませんっ、自分調子こいてましたっ! 許して下さい団長おおおぉ!!」
そう、キオラの訓練五時間追加である。
オルネス皇国騎士団の詰所に隣接する訓練場で、パレードを抜け出したリグリットは副団長のセスタとともにキオラをしごいていた。
こう、スパルタ気味に。
「スピードが落ちている」
キオラの背中に乗せる重しをもう一つ増やした。
「ぎゃああああああああ」
キオラが悲鳴を上げた。
「うむ、ならばもう一つ」
「……団長。オレがいうのもどうかと思うんですが……そろそろ、勘弁してやってくれませんか?」
苦しそうに腕立てふせをするキオラを見ていられなくなったのか、どこか気まずそうにセスタが提案した。
ふむ、と頷きリグリットも妥協案を出す。
「残り一時間五〇分」
「そこをなんとか」
「セスタ! 元はといえば、てめぇのせいだぞ! なんとかしろやハゲっ!」と、キオラ。
「残り三時間」
「わかりました。それでいいです」
「う、ん……増えた? 明らかに時間増えてるよな!? え、どういうこと!?」
騎士団一のアホと名高いキオラだが足し算はできたようだった。
「後は任せる」
「了解しました」
先ほどとは打って変わって、清々しい笑顔を向けるセスタ。どうやら、「ハゲ」と言われたことを根にもったらしい。
キオラのことはセスタに任せ、リグリットは踵を返す。
「死ぬ! マジで死ぬ! 助けて!!」という訓練中のオルネス皇国騎士団第一部隊長キオラ=ヘンデルをやさしく見守る(・・・・・・・)セスタにもう一度「後三時間」と言を伝え、リグリットは皇城へ向かった。
――話がある。『婆』が見つかった。
先刻、リグリットのもとへ届いた一通の手紙。その内容の後に、至急皇城へ来られたし、と皇王名儀で書かれてあった。
婆――それは、オルネス皇国の前騎士団長を指す言葉だ。
三年前、忽然と姿をくらました婆。
無意識のうちにリグリットは黒曜馬の手綱を強く握る。眉間にしわを寄せ、拳に力を込めた。
――やっと、やっとだ。
「待っていろ、クソババア」