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その19  初老の執事

 ここは、急造で作られた孤立した要塞。そこは、森の中にあり、すでに敵《魔王軍》により捕捉されていた。立て篭もる【皇国】軍は、健常な兵よりも負傷兵の方が多いという有様だった。そして、彼らには補給もなく援軍もない。


「敵の侵入を許すな! 矢を射るんだ!!」


「もう、矢なんかありませんよ!」


 弓兵だったもの達は、手近にある石を拾い柵の向こう側にいる敵へとそれを投げつける。あるいは、手にした短刀で、慣れない接近戦を挑み、命を散らしていった。

 そして、日が暮れると押し寄せる魔王軍のオークやゴブリンの群れは引き波のように後退していった。魔王軍にとって、補給を断たれている彼らを無理に殲滅する必要はない。包囲して、ゆっくりと消耗させていけばいいだけなのだから

 


「ハァハァ。なぁ、あの退却戦から何日が経ったんだ?」

 


 そう聞いたのが、若き小柄な軽装歩兵の副隊長カイム。


 

「十日までは数えたが、後は知らねぇ……」


 

 答えたのが、両手に手斧を持った一般重装歩兵グリーズ。

 

 “極光”により、【皇国】方面の魔王軍を壊滅させたやいなや、現れた魔王軍の援軍により彼らの部隊は壊滅した。

 生き残った彼らは、河沿いに北上し森の中へと逃げ込んだ。が、直ぐに魔王軍の追撃部隊により見つかり、連日にわたり襲撃を受けている。

 

 日が落ち、生き残りが集まり要塞の中では深刻な会議がされていた。いや、会議といえるかどうかは分からない。


「今日の戦闘で、23人が死に、負傷者はその倍以上出た」


 無傷な者は居ないが、動けるものは負傷者には含んでは居ない。


「食料も底を尽いたしな……明日は、持たない」


「包囲も、抜けられそうにない。第一、少なくとも千匹以上のオークが森の中に居るんだろ?」


「ああ、そうだ。最初の頃ならともかく今はもう、無理だ」


「覚悟を決める時か……」


 グリーズが呟いた。それは、周囲の者たちにも聞こえ、皆顔を強張らせる。


「そうですな、我ら【皇国】軍人の生き様を奴らに見せてやりましょうぞ!」


 髭の老兵が、覚悟を決める。しかし、若者や家族を残している者たちは続かない。


「死にたくねぇな……」


 彼らの士気は低かった。そして、翌朝を迎える。彼らは、自分たちの目を疑った。

 

そこに、魔王軍の姿はなかったのだ。


この要塞を包囲していた魔王軍は、【皇都】に攻め込んだ本隊の撤退により、包囲を解き引き上げたのだ。追い詰められていた彼らは、しばらくその事実を受け入れることが出来なかった。だが、魔王軍が引き上げたのだと悟ると、彼らは【皇国】への帰還の途についた。

 しかし、上手くはいかないのが世の常で、彼らは河を渡るための渡航地点で、魔王軍の守備部隊と遭遇。戦闘に入った。


「奴ら、船で回りこんでくるぞ!」


「くそ、どうしようもねぇ!」


 背中に、薄ら寒いものを感じるカイムとグリーズ。彼らの数は多くはない。その上、多くの負傷兵を抱えている。後背に回られれば、全滅は必至であった。

 しかし、彼らにとって2度目の奇跡が起きた。彼らの目の前で対峙していた魔王軍が、地面に吸い込まれていったのだ。そして、勇者が降臨した。


「船着場は、みんなものって教えてもらわなかったのかな? 邪魔で仕方がないわ」


 それを見た、船で回りこもうとしていた魔王軍は不利を悟って、船で下流へと下っていった。



 

 

 氷竜により封鎖され、魔王軍に占領されていた船着場で彼らは休息を取っていた。


「私の名は、カイム。助けていただき、ありがとうございました。ところで、貴方達はいったい?」


「私たちは、“超空の勇者”御一行よ」


 この女、笑顔でノリノリである。10年も引き篭っていた反動だろうか。


「超空の勇者さまだって?」


 兵士たちの間にざわめきが起こった。そりゃそうだ。


「別に、魔王軍が邪魔だったからやりやがっただけで、貴方達のことを助けたわけじゃないんだからね」


 そこで、大柄の男が会話を区切った。


「って、お前、シンイチか! よく見れば、ルシル隊長も!」


 この人は、守備隊からグベル伯爵に引きぬかれて行った、グリーズさんだ。生きていたのか。少し、ウルっとした。おっちゃんとは違った豪快さを持っている。


「……私は、もう隊長ではありませんわ。守備隊ももう有りません。申し訳ありません……」


 ルシルが、俯き悲しそうに答えた。


「……そうか。辛かったな」


 ルシルの横へ行き、肩をポンポンと叩くグリーズさん。そして、カイムがこちらへと身を乗り出してきた。


「これは興味本位なのですが、貴方がたの目的を教えてもらえますか?」


「ちょっと、魔王に会いに行くところです……」


 ポカンとする、カイムとグリーズ。


「魔王討伐だと!」


 いや、俺は討伐が目的じゃないし、普通に死ぬって。


「魔王が、私に会いたいそうだから会いに行ってやるだけよ」


 おう、アイさん、言ってやって下さい。


「我々が、大敗を喫しこのようなことになっていたというのに、流石は10年前に魔王を討伐した勇者様だ。たった4人だけで、魔王の討伐に行こうというのか!」


 だから、魔王討伐じゃない……4人?

 3人同時に後ろを振り向いた。

 ラ・トゥールの執事だったセバが、真っ黒な衣装に身を包み、どこから手に入れたのかボウガンを腰に携えて立っている。


「なな、なんで貴方がココに居るのですか!」


 真っ先に声を上げたのはルシルだ。彼は、ラ・トゥール家の解体が決まった時に解雇されたはずだった。それが、今ここに居る。


「……」


 寡黙なる初老の執事は、顔色ひとつ変えずにルシルの顔を見る。


「……私は、グベル伯爵よりお嬢様をお守りするようにと、言付かっております。それは、ラ・トゥール家が無くなってしまわれても変わりありません」


「そんな……」


「……どうか、私を今しばらくお側にお仕えさせて下さい」


 そのまま礼をするセバ。というか、ずっと付いて来てたのか。リアクションを見るに、アイですら気づいてなかったようだ。この爺さん何者?


「……ここまで来てしまった以上、今更戻れとは言いませんわ。お給金は出せませんよ? アイさん、よろしいですか?」


「いいよ~」と、適当に返事をするアイ。


「感謝致します」


 必要以上のことを話すことのない執事セバの同行が、こうして決まった。

 その後、【皇都】防衛戦のことを話して、カイムとグリーズ、その他の兵士たちは大いに盛り上がった。【皇都】守備隊1千5百で、魔王軍1万5千の攻撃を凌いだのだ。大賢者とグベル伯爵が戦死した戦いで負け、今の今まで魔王軍に追い立てられていた彼らだ、無理もない。この場に、大量の酒があれば、朝まで酒盛りとなったことであろう。

 翌朝、彼らが起きる前に船着き場を去った。見張りの兵には見つかったが、特に騒がれることはなかった。挨拶をすると、「行かれるのですね」とでも言いたそうな顔をして、頭を下げた。

 これより先は、完全に魔王軍の領域だ。アイが鉄壁の守りを見せようとも、きっと危ないところが出てくる。油断はできないだろう。

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