その18 旅立ち
ゲンジの魂云々のくだりを削除。内容もある程度変えました。大筋のストーリーに影響はありません。
コンコン。
「ルシルお嬢様、起きてらっしゃいますか?」
守備隊の活動をしているときはルシル隊長と呼ぶが、屋敷の中ではお嬢様と呼ぶようになっている。
「……」
反応はない。
ガチャリ。
鍵は閉まっておらず、ドアが開く。
ふと、横を向くと廊下の離れたところで初老の執事セバがこちらを無言で見ている。今は夜だし、何か思うところでもあるのだろうか? アレとかコレとかソレとか……。というか、なんか言ってくれ。まあいいや、こちらも無視しよう。
「入りますよ?」
部屋に入ると、暗かった。ルシル隊長は、天蓋つきのベッドの脇でうずくまっているのが見えた。向こうからの視線は感じるが、顔は伺えない。
何かを取り繕うとすると、かえって傷つけてしまいそうだ。ドアの近くで簡潔に要件だけ言うとしよう……。緊張して口の中が乾く。
「……ゲンジからの遺言があります。いや、正確にはアイから聞いたものなのですが……」
僅かに、ルシル隊長が反応するのが見えた。
あのとき、ゲンジが死んだ時は、誰もゲンジの言葉は聞かなかったはずだ。それを俺がアイから聞いていると、言う。さぞかし不審に思っているだろうな、と思う。
「言いますよ?」
反応はない。一度、息をつく。そして、言葉を紡いだ。
「……『悲しませて誠にすまない。ルシル殿と過ごした日々……この身体が死しても決して忘れぬ。そなたに教えていただいた……知恵を忘れぬ。そなたと肩を並べ……戦った日々を忘れぬ。だから、少しだけでいい、拙者のことを覚えておいてほしいでござる。何、思いつめることはない。ふと、あんな奴がいたな、とでも時折思い出すだけでも良い。では、今生の別れではあるが、よろしく頼むでござるよ』だ、そうです」
言うべきことは言った。後ろを向いて、ドアに手をかける。すると、そこにか細くともはっきりとした声が聞こえてきた。
「……まるで、本人が言っているかのように言うのですね? そこに、ゲンジでもいるのですか?」
「……。居ませんよ……」
「居るなら、大馬鹿者とでもお伝え下さいませ……」
「……」
彼女も本当に居るとは思ってはいないだろう。悲痛だ……。
「すいません、失礼します」
ドアを開けて、廊下に出た。そこに執事のセバが居た。軽く目が合う。セバは、一礼だけするとどこかへ行ってしまった。彼は、無口で感情を出さない。今の礼は、感謝って意味だったんだろうか?
それから、数日が過ぎた。ルシルの守備隊《ラ・トゥール徴兵軍》は、【皇国】軍再編の際に、そちらに組み込まれることとなった。俺は、ラ・トゥール家の門客なので、それには含まれない。どっちにしろ、【皇国】の正規軍に異邦人はお断りだろう。
そして、ルシル隊長はその任を解かれた。どうやら、クリス子爵が手を回したらしい。あの時の防衛戦で、ゲンジの死の際に指揮を投げ出して、耐え切れずに泣き崩れたのが原因か……。
必然的に、ラ・トゥール家も終わりを迎えることになる。領地を失い、主を失い、最後に軍を失くしたのだ。当然だった。ラ・トゥールの屋敷は、直ぐに国に引き上げられた。【皇国】も余裕がないのだろう。
そんな俺達は、アイの壁《家》の中で今後について話していた。
「私は、生きていたという初代魔王に会いに行かなくてはいけないわね。あの時の真相が知りたいし。そして、“竜槍”のがああなっていた以上、他の仲間達もなってやがる可能性がある。その時は……」
アイが目を瞑る。何を考え、何を思っているのかは読み取れない。
「それに、この国は今、国をあげて私を探してやがるわ。鬱陶しくてしょうがない」
アイは、やれやれというよう、手を振った。魔王軍を撤退させた張本人だ。探さないわけないか……。次は、俺の番だな。
「俺は、元の世界に帰る手段を探しに行きたいと思っている。拠り所が無くなってしまったから、もう甘えてはいられない。自分から動くことにするよ。例え一人でも」
「それだけど、魔王なら何か知ってやがるはずよ。シンイチ、私とご一緒決定ー」
なん……だと……? 何を明るくとんでもないことを仰っているのですか? 『虎穴に入らずんば虎子を得ず』と言うやつですか……お決まりですね、わかりません。
「魔王なら、知ってるって?」
「これは、私があの時の戦いで魔王の発言から立てた仮説……完全に勘だけど、あの魔王はもしかしたら……いやこの世界は……」
ゴクリ……。
「これ以上は、間違ってると恥ずかしいから秘密よ」
って、おい!
「まあ、なんにせよ。魔王に会えば分かりやがるわ。大丈夫、私は“超空の勇者”なんだから、シンイチ一人位簡単に守れるわよ~」
「分かった、一緒に行こう……」と、半ば諦めつつ言う。守られるってのはなんか嫌だが……って、貴方クラスが魔王城には最低一人はいるんですよ? 本当に大丈夫なんだろうか? でも、ここは行くしかないのだろう。
最後に、ルシルが口を開いた。ルシルは、ここ数日で若干やつれてしまっている。無理もない。いろいろあり過ぎた。
「私は、全てを失ってしまいました。家族も領地も家も軍も地位も……そして、どこかに行くあてはありません……」
「ルシル隊長……」
「私は、もう隊長ではありません! もう……ただのルシルですわ。……私は、私から全てを奪った魔王を許せはしません。魔王を倒すために、ご一緒させてもらってもよろしいでしょうか?」
「違うよ、ルシル。私たちは、魔王と話をしに行くんだ。殺し合いは目的じゃないわよ」
「っ!」
アイがピシャリと言った。ルシルが唇を噛む。確かに、オーク相手にヒィヒィ言ってる俺が魔王なんかとは戦いたくはない。
「でも、その結果戦闘になるかも知れない。それでいいなら、付いて来やがってもいいわよ?」
ああ、やっぱりその可能性はアルンデスネー。
その言葉に、ルシルの顔が明るくなった。
「あ、そうだ、シンイチにプレゼントがありやがるわ」
ぽいっと投げ渡される何か。それは、“ゲンジの刀”だった。抜いてみると、刃こぼれにより刃が、まるでのこぎりのようだった。
「これは、研ぎ直さないといけないな……」
「そうね……」
ルシルが同調する。けれども【皇都】には鍛冶師はいるが、研ぎ師はいない。困った。これでは、このままでは使えない。殴り用の武器としてなら別だが……。
「では、準備が整ったら出立しやがるとしましょう」
「待った」
まだ、言いたいことがある。
「俺は、スギウラの性を名乗ることにするよ。今日から、シンイチ・スギウラだ」
「元々の性は、スギウラだったんだけどな」っと、ハハハっと笑う。
それに釣られるように、ルシルも発言した。
「私は、ラ・トゥールの家名を失いました。そこで、私もスギウラの性を名乗りたく思います、よろしいでしょうか?」
その言葉に驚く。ゲンジの存在は、それほどまでにルシルの中で大きかったんだと……。
「俺がいいんじゃないか」って、答えると、はっ、として口に手を当て頬を染めるルシル。どうやら、同じ性を一緒にいる男女が名乗る意味に気がついたらしい。隊長だったときは、決してやらなかった動作だ。可愛いと思う。
「ぷっ」
つい、吹き出してしまった。
ルシルが、膨れて睨んでくる。
「二人は、結婚でもシヤガルツモリナノデスカ?」
アイの笑顔と片言の言葉が怖い。
こうして、俺達3人は【皇都】より旅立つことになる。一人は、異世界に召喚された凡人。一人は、異世界に召喚された神殺しの勇者。一人は、かつて隊長とよばれた没落貴族。彼らの先にあるのは、希望よりも絶望のほうが多い。
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と、言う物語があったんだよ。
老婆が子供たちに話す。
そして、子供たちがそれを聞いて目を輝かせる。
それで? それで? と、老婆に子供たちが話の続きをせがむ。
うんうん、よくお聞き? ……魔王はね……皇帝率いる鉄人兵団がね……大密林のエルフの女王がね――
物語は、まだまだ終わらない。