その17 【皇都】防衛戦3
拙者は、天下泰平の世に杉浦家の嫡男として生まれた。武家としての大きさは、大したことない。成長すると、その天下に敵なしと言われるまでの剣術を手に入れた。そして、その日の本の平和さ加減にうんざりした。あと数十年前に生まれていれば、戦乱の世であった。しかし、自分が生まれた時代ではいくら武術で無双を誇ろうが無駄。無駄の極み。そんな日々を憂鬱に過ごしていた。
そんなある日、気がつくと目の前に髭の異国の爺さんがいたのでござる。言葉は分からなんだ。その日から、その国の言葉をマスターするまでに2年かかったでござる。その2年、拙者は根気よく言葉を教えてくれたルシル殿を好いた。住むところを与えてくれた、グベル伯爵には忠誠を誓った。
魔王軍とやらが攻めてきたときは、嬉々として戦場を駆け抜け敵将を討ち取りまくった。人《魔族》の首を刎ねたのはこの時が初めてでござる。帰陣したら、剣聖と言われて感謝された。その時に初めて、この戦乱の世に召喚してくれた大賢者殿に感謝した。
(魔王軍のガレアス……強敵であった……。その名、心にしかと刻み込もう)
ゲンジは、心の底からそう思った。ゲンジの持つ、名も無き業物は今の戦いで、その切れ味をほとんど失うほどに。
(だが、まだ働いてもらわねば困るでござる……新手が来た)
ゲンジからは、蒼い鎧でまるで幽鬼のような男の姿が見えた。それは、ゆっくりゲンジの方へ歩いてくる。
(うむ、手練でござるな。油断はできぬ――――!? なぜ……地面が見えているでござるか?)
ドサリ……。
「クフフ……。剣聖ゲンジと言われた男が、今の動きが見えなかったのですか? ああ、すいません、あのガレアス様に苦戦する程度の強さでしたね!」
蒼い鎧の男が、大げさに両の手を広げて言葉を喋る。
「ゲンジ! ゲンジ!! 立て、ゲンジ!!」
城壁の上より、ルシルが叫ぶ。シンイチが呆然と立つ。守備隊が唖然とする。いきなり現れた男は、いとも容易くゲンジの間合いに入るとそのまま手に持った突撃槍で、ゲンジを串刺しにした。
「ゲンジ、今治療を!」
「駄目だ、ルシル隊長!」
城壁から飛び降りようとするルシルを必死に止めるシンイチ。城壁は、低い所で10メートルはある。ここから跳べば無事には済まない。
「く、ぅ……う……うう…ひっ」
自分の無力さを悟り、ルシルは泣き崩れた。
クリス子爵が、それをなんの感情もない目で見遣る。
「君は……まさか、“竜槍”の……? 生きてやがったの?」
そこで、アイが口を開いた。彼女が思い受かべたのはかつての仲間“竜槍の勇者"。顔は蒼白でほほ骨が浮き、目がくぼんている。当時の面影は全くない。しかし、その男が着ている鎧と槍には見覚えがあった。そして、彼は魔王との戦いで死んだはずである。
「くハハハハハハハハハっ!! 竜槍の?? それは、この身体の元の持ち主の名前ですね?? クフフ……。これは、いい入れ物ですよぉ」
「っっ!? 君は、誰だ?」
「私は、ただの“魔王の影”でございまぁす! そういう貴方は、“超空”のアイ・オーブ様で御座いますね? 魔王様が、探していらしましたよ?」
「……それは、どっちの魔王かな?」
「“私ども”の主は、初代魔王陛下ルーイン様でございます、はい」
それを聞いた一同が、声にならない叫びを上げ閉口した。倒したはずの初代魔王が生きている。それは、5大勇者を崇める者たちにとって、とんでもない言葉であった。
「探していると言いやがったわね? ならば、会いに行きましょう。その代わりに、この【皇都】からの撤兵を要求するわ」
「それは無理なご相談です。あの“極光”を撃った皇国は、必ず滅ぼせとの命を受けております。本来は、我々はただの増援だったはずなのですよ? それなのに、攻城兵器も用意していなのに強行軍でこんなとこまで……」
その言葉を言ったところで、“魔王の影”の後方で青白い光が大地を覆う。すると、そこに居たオークとゴブリンの混成部隊約1千匹が大地に飲み込まれた。その跡地からは、1千匹分の血が間欠泉のように吹き出し、大地を赤く染めた。
「ハァ。ハァ……今、ここにいる魔王軍全てを殲滅しやがってもいいんですわよ?」
息を切らせながら、アイが脅しをかける。
「……。流石は“超空の勇者”様です。ふぅむ……貴方と正面から戦うのは無謀ですね。分かりました。魔王様にはそのようにご報告させて頂きます。では、一時休戦ということで、そこの指揮官の方? 形だけでも調停してもらえますかぁ??」
いきなりの指名に、狼狽するクリス子爵。
「ああ、わ、分かった」
「あ、そうそう。蘇られても困りますので――」
“魔王の影”は、仰向けになっているゲンジの胸にもう一度槍を刺した。それは、誰にも止めることは出来なかった。
「では、私どもは【元教皇領】の魔王城にてお待ちしてます。必ず来てくださいよ、アイ・オーブ様? 私が処罰されちゃいますからね? クフフ……」
魔王軍が、ドロドロと西へと後退していく。アイの活躍により、撃退に成功したのだ。
周りを見渡すと、敵味方合わせて相当な数の死体がある。全てを数える気にはなれない。立っている味方が何人いるかも数える気にはならない。ふと気づくと、アイは姿をくらましていた。多分【皇国】軍に関わり合いになりたくはないのだろう。そして、未だに泣くのをやめないルシル。これは、立ち直れないのではないかと思う。そこに、クリス子爵が追い打ちをかけた。
「いつまで泣いていれば気がすむんだ!? 貴様も一つの部隊を預かる隊長であろう! これだから、女というものは……」
少し怒りが湧いたが、何も言いようがないし逆上して殴るわけにもいかない。
その場は、年長の守備隊の隊員がみんなをまとめ上げて、指示を出した。その間も、ルシルは俯いたままだった。
夜になり、ラ・トゥールの屋敷に戻ることが出来た。今は、自分に与えられた簡素なベッドの上で、放心しながら涙を流している。
地獄だったような【皇都】防衛戦が終わった。結果だけで見れば、勝ちなのだろう。だが、それは俺にとっては負けだった。おっちゃんが死に、ゲンジまでもが死んだ。一緒に訓練をした仲間たちも、かなり戦死した。ゲンジと切り結んだガレアスは相当に強かった。そのゲンジが倒したガレアスを、遥かに上回る奴が出てきて、いとも簡単にゲンジを殺した。俺は、弱い。ゲンジよりも遥かに弱かった。そして、魔王軍にはゲンジよりも遥かに強い連中がうようよいるのだろう。しかも、アレは神殺しの元勇者だったそうじゃないか。もう、なんか詰んでる……。強くなればなんとかなるという次元じゃない。ルシル隊長は、あの城壁の上で泣き崩れ、クリス子爵による叱咤を受けても、屋敷に戻る間も立ち直らなかった。多分、父さんであったグベル伯爵のことも引きずっていたんだと思う。彼女は、いよいよ一人だ。
コンコン。
突如として、俺の部屋の床がなった。この手法を使うのは一人しか居ない。
「どうぞ」
「ひどい顔してやがるね」
床から、笑顔の生首で登場するアイ。
「それは、どうも」
泣いてたんだから、仕方がない……。
「それで、なんの御用でしょうか?」
わざと、敬々しく訪ねてみる。
「君に、伝えたい事がありやがる。ゲンジからの遺言よ。そして、君の口からルシルに伝えて欲しい」
なんだって? そもそも、ゲンジにはそんな言葉を伝えるような余裕はなかったはずだが。
その17は、改訂中です