その16 【皇都】防衛戦2
若い奴らのためならば、この生命くらい惜しくねぇ。守備隊の間で、おっちゃんと呼ばれて親しまれる壮年の男はそう考える。
シンイチのやつは、うまくやったな。普通、あんな氷の化身を水をかけて凍らせようだなんて、考えないぜ……。だが、氷竜のやつは完全に動きが鈍っている。いつでも、行けるぜシンイチ!
「おっちゃぁぁぁぁあああん!!!」
下の階から、シンイチの声がした。
「おおうよぉぉぉおおお!!」
それに応えた。そして、この【西門】の最上部から飛び降りる。大斧の刃を下に向けて、目指すは氷竜の首一点。背中には重装鎧を背負い、自重は重くしてある。落下しながら徐々に加速していく姿は、まさにギロチン。氷竜は、自身の氷を砕くことに夢中で気が付かない。
狙いが僅かにずれ、大斧が氷竜の右肩へと直撃する。鱗を叩き割る段階で、衝撃により指が数本折れた。だが、この手を離す訳にはいかない。
肉を裂く段階で、肩が脱臼した。まだまだ離すわけにはいかない。
そして、骨を断ち氷竜の腕を根っこから両断した。
もう、腕の感覚がねぇぜ。腕が、ついてるのかどうかすら分からない。
「グギャアアアアアオオオオオオオオオオン!!」
おお、あの氷竜が叫び声を上げやがった。やったな。後は任せたぜ。
戦場全てに響き渡った咆哮を上げた氷竜は、信じられないという風に自分の腕を見た。そして、両翼を広げよろめきながら空に飛び上がった。大空へと消えて行く氷竜。
こうして、【皇国】軍守備隊に甚大な被害を与えた、氷竜はひとまず去った。
「やったので、ござるか?」
「『やったか?』は、禁句だ!!」
つい、叫んでしまった。 そして、おっちゃんありがとう……。
ちらっと、城門の前に転がるおっちゃんを一瞥する。首があらぬ方向に曲がっている。ピクリとも動かない。そうだよ、あんなことすれば生きていられるはずがない。分かっていたはずなのに、俺は止めなかった……。
しかし、氷竜が撃退出来たからといっても、戦いは終わらない。氷竜の襲撃により守りの空いてしまった場所より、オークがゴブリンが、コボルトが城壁の内側へと侵入していく。
「くそ、これ以上通すな!」
クリス子爵が叫ぶ。子爵自らも、槍をてに戦っている。
守るものが居ないところから、オークが数匹が梯子を登ってくるのが見えた。
「行くぞ、シンイチ!!」」
「はい!」
俺とルシル隊長で、それを阻止しようと動くが、すでに登り終えたオークたち。見える範囲に、5匹……。それらと切り結ぶが、どうやら手練のようで全く歯が立たない。そして俺は、ルシル隊長と背中を合わせて、逆に囲まれてしまった。味方の援護も来ない。皆、自分の持ち場を守ることで精一杯だ。
「おおう……」
「ぐっ、すまないなシンイチ。私と一緒に死んでくれ」
「嫌ですありますよ! 最後まで足掻きます!」
目の前のやつと鍔迫り合いをするが、力の差は歴然でグイグイ押し込まれる。元々凡人の俺が2ヶ月そこそこ鍛えた所で、生まれた時から生存競争してるような生き物に勝てるわけがないのだ。そして、その脇にいる奴が、『牙突スタイル』とっているのが見えた。ようするに突きだ。
「あ……」
死んだと、思った。背後のルシル隊長も似たような状況だ。残念、シンイチの冒険は終わってしまった……アレ? 死なない。というか、オークたちが消えた。そして、城壁の石畳から血が湧き出した。何、コレ?
「全く、見てられないわ……。魔王軍との戦いには、もう関わる気はなかったんだけどね。あんまり暴れられると、私の家が無くなりやがるじゃないのよ……」
「アイっ!?」
「勇者様?」
「死人を見るような目で、見やがらないでくれるかしら?」
いや、血が湧いてるような石畳から、ぬうっと笑顔で出てこられたら、びっくりします。というか、貴方がオークを城壁の中に引っ張り込んで、オークを圧死でもさせたんですか? 『いしの中にいる』ですね、分かりません。
「アイ、悪かった……。あのときは口が滑って……」
「別に良いわよ。貴方と私は“友達”なんだから……それよりも今は、魔王軍を倒しやがらないと」
アイの足元から青白い魔力の奔流が流れ、それらが城壁の上に到達したオークやゴブリン達にたどり着く。すると、それらが彼らの足元で光り、城壁は液体よりも細かい物質となって、彼らを飲み込んだ。元に戻った城壁から湧き出てくるのは、真っ赤なケチャップソースのような血のみ。目の前で行われた虐殺に、困惑する守備隊の面々。そこに、アイが声を上げた。
「この【西門】は、全て私の領域よ。魔王軍は絶対に侵入できないわ。だから、存分に戦いなさい、【皇国】軍!」
「おい、アレって、初代魔王を倒した5大勇者様?」
「まさか、あの“超空の勇者”?」
「これなら行けるぞ! おー!」
「“超空の勇者”アイ・オーブ様だと!? 勝機が見えたぞ、皆の者奮起せよ!!」
「おおおお!!」
(上は、盛り上がってるでござるな……。さて、お客さんがござった)
そやつは、身の丈8尺ほどの一本角の鬼。一度見たことがある。拙者が、剣聖と呼ばれるようになったあの戦場で。
「我が名は、ガレアス。ただのガレアスだ。お手合わせ願おうか?」
「拙者は、ゲンジ・スギウラでござる。あの時は、隻腕ではなかったはずだが?」
「覚えているか。だが、我の力には腕の本数は関係あらず!」
「そうか……」
空気がピリピリするような感じは、久しく感じる。こやつは、それほどの相手。
――では、参る。
視線のみでそれを伝え、相手もそれを了承する。
「ハァ!!」
「オウっ!!」
ガレアスの拳圧が、一瞬前までゲンジの頭があった場所を打ち抜いた。すでにゲンジは、身を屈め回避している。その体勢から放たれた、下段からの斬撃がガレアスを襲う。ガレアスは、直ぐにバックステップをして、避けるが……。
「なぜ、鉄と同じ強度を持つ我の皮膚が切れる?」
「拙者の刀は、鉄くらいならなんとか切れるでござるよ。この世界にはない刃物でござる。そして今の目標は、あの青蜥蜴を切ることでござる。アレは、鉄より硬いゆえに……。ガレアスどの、己を鉄の強度程度で満足しているようならば、拙者には勝てぬぞ?」
「フフっ、面白い! ウオォォぉ!!」
右、右、右。
斬、斬、斬。
隻腕のガレアスが、右ストレートを目にも留まらぬ速さで繰り出し、それを紙一重に避けたゲンジが、カウンターに斬りつける。ガレアスの拳撃は当たらず、ゲンジの斬撃は有効打にならない。それを、城壁の上から見る守備隊の兵士たち。そして、平原の異形たち。彼らは、次元の違う戦いを観戦しているしかなかった。
状況を打破しようと、ゲンジがガレアスの首を狙う。狙うは、頸動脈。しかし、身の丈八尺から繰り出されるパンチがそれを許さない。隻腕とは言え、ゲンジよりも、1,5倍の身長を有する相手だ。リーチがかなり長い。
この手の相手との戦闘経験が薄いゲンジは、四苦八苦する。ガレアスも同様に、自分を傷つけられる相手の存在との戦闘経験は薄い。お互いに、少しづつ消耗していく。
「ハァハァ……」
「フゥフゥ……」
「ここまでの相手は、久方ぶりでござる」
「我は、お主が初めてと言っておこう」
「これで隻腕とは、大したものだ……」
「ふっ、万全の状態でやりあいたかったな」
ここで、ガレアスがゲンジより距離を取る。
「体当たりか!」
前かがみになったガレアスが、ドッドッドッと、鈍い足音を立てながらゲンジへと走る。
(これは、斬撃では止められぬな!)
ゲンジは、体当たりが当たる直前に右に跳び避けようとする。しかし、読まれていた。ゲンジがさっきまで居たところでガレアスが制動をかけて止まり、ゲンジのいる方向に身体を向ける。ゲンジは、回避をするために動いてしまったがために、直ぐには動き出せない。
「しまっ!?」
そして、ガレアスの右ストレートがゲンジの脇腹に決まった。数メートルの距離を吹き飛ばされるゲンジ。地面に叩きつけられバウンドする。
「ぐ、うううぅぅ……カハっ!」
ゲンジが咳き込むと同時に、吐血する。そこに、レイスの大剣を構えたアイーダがいた。
「あらあらあらぁ、こんなところにぃゲンジちゃんがぁ!」
ゲンジに剣を突き立てようとするアイーダ。
「やめろ、アイーダ! ガレアスに殺されるぞ!!」
それを止めようとする大剣のレイス。
「邪魔をするな、アイーダァァァァああああ!!」
ガレアスが叫ぶ。
そして、城壁の上から見ていたアイが、手を下した。
「“剛拳”のが、言っていやがったわ。男と男の勝負に手を出す奴は、死ねッて」
トプン……という音を立てて、アイーダが大地に落ちていく。どこまでも。“超空の勇者”が、“地に落ちる魔法”を解除するまで落ち続ける。そして、アイーダと巻き込まれたレイスは大地の中で蒸発した。レイス、アイーダ共に【皇国】の大賢者を討ち取るという手柄を上げている。その二人がなぜ、一般兵に落とされなければならなかったのか? その理由は不明のままである。
「立て、ゲンジ」
ゲンジが、よろよろと立ち上がる。
「我の仲間が失礼をした。では、続きといこうか」
ゲンジが黙って、刀を鞘に納刀した。
「何をしている? まさか、戦いを放棄するつもりか!?」
「……。先ほどの一撃は、効いた効いた。故に、あまり動けぬでござるよ。だから、鞘に刀を納めたのだ」
「武人なら、最後まで戦え」
「勘違いしているでござるな? 拙者がこれから繰り出すのは“居合”。鞘から抜き放たれる一撃は、まさに必殺。まだ、勝負は諦めておらぬでござるよ?」
「そうか、ならば逝こう!」
そこからの勝負は、一瞬できまった。
ガレアスが、ゲンジまで前方に跳躍。正拳突きの形で、拳をゲンジ目掛けて繰り出した。ゲンジはその腕を、居合い抜きにて関節から切り飛ばし、返しの刃で首を狙う。両の腕を失ったガレアスに、これを防ぐ術はなし。多少回避しても、その一閃は逃れられぬタイミングであった。
ブシっと、ガレアスの首から鮮血がほとばしる。
「見事だ」
「御免」
【皇国】方面魔王軍の猛将ガレアス、ここに散る。
【死者たちの庭】
おっちゃん「自由落下ありがとう」
アイーダ「なによもう」
レイス「道連れとかあんまりだぁ!」