その15 【皇都】防衛戦1
ヒュン! ヒュヒュン!
10本の銀線が戦場を駆け抜け、泥沼にハマり動きが鈍くなるオークやゴブリンたちを鎧ごと貫く。運が悪い者は、前方にいた仲間を突き抜けてきた矢により身体を貫かれた。それでも、仲間たちの死体を踏み越え、波のように押し寄せてくる。
クリス子爵は、城壁の上から戦場を見渡していた。
このボウガンとやらの威力は素晴らしい。弓では出来なかった魔法効果の付与が出来ている。
そして、この【西門】への敵の誘引は成功した。あとはなるようなるだけだ。正直、勝てるかなんて分からない。だが、私は何があろうと堂々としてないといけない。私が動揺すれば、それが兵士に伝わってしまう。そうなれば、来るかも知れない勝機すら逃すかも知れないのだから……。
(【皇都】は、貴様らの手には渡さん)
魔王軍がこの【皇都】に到達するまでに、募兵で集まった志願兵により、こちらの総兵力は1500を越えた。地球の歴史上、10倍以上の戦力差をひっくり返すことはいくつかあった。中でも、関ヶ原の戦いと並行して行われた、長谷堂城の戦いは今の状況に似ているのかも知れない。最上家1千名が守る城に、上杉軍1万8千が押し寄せた。この戦いでは、最上家が十数日間の籠城に成功し、上杉軍が退却するまで持ちこたえたというものだ。しかし、この戦いで上杉軍(西軍)の退却の決め手になったのは、関ヶ原における西軍の敗北であり、今回はいくら時間を稼ごうがそれが期待できないと思われる。更に、右を見れば俺よりも10個は歳が違うような双子と思われる子供が剣を握り締め、左を見れば押せば倒れそうな爺さんが、弓を握り締めている。やっぱり、きついのかなって、思う。でも、総指揮官である、クリス子爵はすごい人のようだ。今も、自信満々で城壁の上に立っている。
クリス子爵は、魔王軍襲来までに出来る限りのことをやった。【皇都】は、【皇国】の平野の真ん中に位置している。ずっと見通しのいい平原が広がっているのだ。まずは、そこの草を刈った。そして、水を撒いた。これにより、ぬかるみが出来る。ここを普通の人が一人二人通る分には大したことは起きないだろう。しかし、大軍が通るとなれば、話は別だ。徐々にそのぬかるみは粘質を帯び、具足に纏わり付く。そして、足を取られ、下手をすれば身動きが取れなくないってしまう。
次に、カカシを大量に作った。それも数百体。それを、守備隊の主力を置く【西門】以外の南、北、東門にそれぞれに立てた。南、北、東門には兵士は極少数しか配置しないために、視覚的兵力の水増しである。というのは、僅かに1500程度の兵では、20万の民が暮らす【皇都】の城壁は守りきれないのだ。だから、一点にのみ兵力を集中させる。しかし、兵士を配置しなかったがために、そこを手薄と見られて敵がそっちに行ってしまっては終わりだ。そのためのカカシである。
そして、【皇都】の周りには、元々堀が作られていなかったため、【西門】の回りにのみ堀を掘った。時間がなかったために、浅いものしか掘れなかったが、この堀は効果的に作用してくれるはずだ。
最期に、敵の【西門】への誘引作戦だが、これはゲンジが引き受けた。
【皇都】【西門】より、300メートルほど西の平原。
「クフフ……。【皇都】の守備隊は、僅か。普通に戦っても面白く無いですよねぇ……。さて、どうしましょうか?」
魔王軍の陣営で、蒼い鎧を着た男が呟いた。そこへ【皇都】側より騎乗して来る男が見えた。
「おや? まさか、降伏の使者ですか? 使者なら、丁重に持てないてくださいね~」
だが、それを裏切り男が叫ぶ。
「拙者の名は、剣聖ゲンジなり! この首が欲しければ掛かってくるがいい!!」
そう言い放つと、直ぐに【西門】に向かって走りだすゲンジ。
「あれが、剣聖ゲンジですか。先の戦いには出て来なかったようですが……」
「クフフ、罠っぽいですね」、と思い、面白い、引っかかってあげましょうと、気色の悪い笑みを浮かべる魔王軍の司令官。
「では、予定通り街道の封鎖をしますよ」
オークとゴブリンの大隊に、東、北、南門の封鎖を命令する。もちろん、こちらから攻撃することはないようにと厳命する。この部隊の目的は、敵を逃さないことであり、戦うことではない。
「ゲンジ、お疲れ様ー。敵がこっちに来るぞ!」
城門の上から、門の前まで来たゲンジに労いの声をかける。
「あのくらい、なんでもないでござるよ」
城門に背を向け、刀を鞘から抜くゲンジ。
「何やってるんだ、早く城壁に上がってこい。敵が来たら、上がって来れなくなっちまうぞ?」
と、おっちゃんがゲンジに言う。おい、ゲンジまさか……。
「拙者は、ここでいい」
「ゲンジ、命令だ。城壁に上がって来なさい!」
ルシル隊長が強い口調で言う。しかし、ゲンジは大空を仰ぎそれを無視する。だが、ゲンジの背中が語っていた。「これが、自分の戦い方だ」と。
「チッ、総員弓を構えよ!」
すでに、ボウガンによる斉射が始まっている。直に敵が来てしまう。ゲンジに、いつまでもかまっている余裕はなかった。
今、俺は弓を持っている。自分のためにボウガンを作ったが、出来上がったのが魔力が必要な物であったために、俺には扱えなかったのだ。グスっ、設計者涙目。仕方がない。
弓を引き絞って、ぬかる地帯を抜けてきた魔王軍に対し、ルシル隊長の「放て!」の合図とともに放つ。
俺の矢は、目標とした者からは外れて、別のところに居たゴブリンの胸に当たった。まるで「なんじゃこりゃあ!」と、でも言いたそうなリアクションを取りながら、地面に倒れるゴブリン。あいつは、きっとこの世界に来たばっかりのころに俺を刺したやつに違いない、復讐完了と、俺は自己完結した。
戦闘は、苛烈だった。
即席でつくったであろう梯子を城壁にかけようと突進してくる、ゴブリンたち。それを城壁の上から狙撃する弓隊。仲間が矢で討たれようとも、近くにいたゴブリンがその代わりにと、梯子を持つ。それの繰り返しで、城壁に梯子がかけられた。そこを盾を構えながら登ってくるオークの重装歩兵。そこを、魔力の篭ったボウガンで狙撃される。すると、盾を貫いて後続にいたゴブリンにまでも、矢が突き抜けた。
しかし、城壁にかかっていく梯子が増えると、そうもいかなくなってきた。ある梯子を登ってきたオークが、一番乗りと言わんばかりに、梯子のてっぺんに到達。そこにすかさずハンマーを持ったおばさんが飛び出し、はしごを登ってきたオークの頭を兜ごとぶっ叩く。それにより昏倒したオークは、城壁より十数メートル下へ落下していった。そして、そのおばさんは、姿をゴブリンの弓兵隊に晒したことにより、弓の的なり絶命した。
「死ねばそれまでだ! 無謀なことはするな!! 生きていれば、私が治してやる!!」
ルシルが、兵士たちに檄を飛ばした。
城門前は、地獄であった。魔王軍にとっての。
巨木を削って、破城槌を作ってきたのであろうが、それを運んできたコボルトやゴブリンが全てゲンジにより切り伏せられる。弓により、ゲンジを討ち取ろうとするゴブリンの弓兵であったが、放った矢は叩き切られ、あっという間に距離を詰められて、切り伏せられた。血がついた刀を空振りして、血を払い落とすゲンジ。彼の視界に、黒い影が写った。あたりの気温が一気に低くなり、湿り気のあるものは凍り付く。
「強イ人間は、ドイツダ?」
古の知恵あるドラゴン、氷竜の来襲だ。
「は、ヒィ!?」
それに怯えた弓を持つ市民兵が矢を放つ。しかし、空を飛ぶ氷竜には簡単には当たらない。そして、それを煩わしく思った氷竜が“氷の息吹”を、【西門】全体に吐きかける。
ぐぉぉぉぉおおおおお!
魔法の心得があるものは、咄嗟に炎の魔法や防御魔法によりそれを防ごうとした。魔法が使えない者は、冷気が当たらない場所へと身を隠そうとした。しかし、戦闘に夢中で気が付かなかった者たちは、もろに冷気を浴び、凍傷程度なら良かったが運悪く全身が凍りついた者もいた。それらはには、梯子を登っていたゴブリンやオークたちも含まれる。
「アア、加減ガタリナカッタカ……」
ため息のように、凍てついた吐息を吐く氷竜。
「あんなもの、どうすればいいっていうんだ……」
ルシルの防壁魔法の内側にいた俺は、たまたま助かった。
周りはひどい有様だ……。凍えて動けなくなっている者、氷の彫像となっている者、腕だけが凍りつき無理に動かしたために、両腕が地面に落ちてしまった者……。見ていられなくなる。
「負傷した者は、直ぐに引っ込め! 邪魔になる!!」
ルシル隊長が、目尻に涙を浮かべているのが見えた。隊長も怖いのか。こんな戦場でもなければ、すごく色っぽく見えたかも知れない。
ボウガンを持った兵士が氷竜に向かって撃った。パスっという音を立てて、氷竜の左腕の鱗に穴が空き矢が刺さる。当然、それは決定打にはならない。竜の興味を引いただけで終わり、ボウガンを撃った顔見知りの兵士は、滑空してきた氷竜に右腕と下半身のみを残して、咀嚼された。
「うっ」
「吐くな! 馬鹿者!」
そこに、下からゲンジの怒声が聞こえた。
「そこの青蜥蜴!! 何故に羽など生やしているでござるか!! 降りてかかって来い!!」
「私ヲ挑発スルカ人間! ソノ自信ゴト噛ミ砕イテクレヨウ」
この青蜥蜴、結構短期だな。そして、城門前でゲンジと氷竜の戦いが始まった。これで目を剥いたのは、ゲンジを包囲していたゴブリンやオーク達であった。氷竜に踏みつぶされてはたまらないと、逃げ出す。そして、それらは体勢を整えなおすと、城壁にかけられた梯子へと向かってきた。すかさず、弓を撃つ。よし、当たった。狙ってない奴に。
ゲンジの援護をしたいが、弓矢程度では歯がたたないためにこちらからの援護はできない。どうすればいいのだろうか……。ボウガン隊は、先程から沈黙してしまっている。
うん? おっちゃんが大斧なんか持って、どこへ行く気だ?
「おお、シンイチ、まだ生きてたか! ガハハハハっ」
死んでたまりますかって。
「調度良かった、これを持って付いて来てくれ!」
「これは、重装鎧!? まさか、今頃これを?」
「いいから、黙ってついて来い! 俺一人では“全部”は、運べないんだ!!」
黙って付いていくことにする。って、重いわ……。行く前に、ルシル隊長はと見ると、城壁に背中を預けて、負傷したひとを治療しているのが見えた。俺みたいに、助かるといいなと、思った。
「ほら、こっちだ、さっさと上がってこい! ゲンジが死んじまうぞ!!」
「はい!」って、なんでここでゲンジが出てくる?
階段を上がって、城壁の最上階に出た。そこからは魔王軍の陣容が一望出来て、忙しなく弓が放たれている。
おっちゃんが、下をのぞき込んでいる。
「ゲンジのやつ、やべぇな……」
ここから、15メートルほど下では、ゲンジが氷竜と切り結んでいた。しかし、体格の差は歴然だ。ゲンジを咀嚼しようする氷竜の顎を避け、その脛に目掛けて刀を振るう。しかし、刀は鱗により弾かれてしまう。
「くっ」
そして、ゲンジは一撃でもまともに食らえば終わりなのだ。
「早く行ってやらねとな!」
「な、何をする気だよ、おっちゃん!!」
おっちゃんが、先程持ってきた鎧を背中に背負い、諸刃の大斧を城壁の上で構えて下を見下ろす。それは、さながらギロチンのようであった。いや、ギロチンをやるつもりなのであろう。ここは、城壁の最上部。地上より、およそ15メートル。駄目だ、そんなことをすれば死んでしまう!
「ここから、飛ぶ! そして、氷竜に一撃くれてやらあ! これをやって生き残れば、俺カッコイイだろ?」
どうだ? と、言わんばかりの笑みを浮かべるおっちゃん。……止められないな、俺じゃ。じゃあ、生き残って格好いいとこ見せてくれよって、思う。少し目頭が熱くなった。
「駄目だ、狙いが付けられん!」
下での攻防戦は、すでに機動戦となっている。当然だ。動きまわっていなくては、ゲンジがやられてしまう。どうすればいい? ……氷竜の周りは、あまりの寒さに霜が降りている。原因は、あの氷竜自身だ。ということは……。
「おっちゃん、まだ飛ばないで待っててくれ!」
シンイチの姿が見えません。まさか、城壁の下に落ちましたか?
それとも、負傷兵として後方に下がりましたか?
先ほどまで、横にいただけに心配になります。
そして、ゲンジ。貴方は……死ぬつもりなのですか? 私を悲しませないで下さい。この前、私を悲しませるものは許さないって、言っていたではありませんか。それなのに、私を悲しませるのですか? 貴方のやっていることは、蛮勇です。たった一人で、城門を守り、今は氷竜と戦っている。心配するものの身にもなって欲しいのです。私には、もう……。
「ルシル隊長! 水の魔法を使える人は居ますか!!? すぐにです」
「水? 貴様は、また何をするつもりだ?」
「あの青蜥蜴にぶっかけてやるんです! 多分、足止めにしかならないけど、少しだけ止められれば、あとはおっちゃんがやってくれます!!」
あの氷竜を、青蜥蜴ですか……。ああ、最初に言っていたのは、ゲンジでしたね。
「おっちゃんだと……? 分かった。……聞こえてるものだけ聞け! “水の魔法”を使えるものは、何も考えずに氷竜にぶっかけてやれ!! 奴を倒すぞ!!」
倒せるんですよね? しんいち。
ルシルの命令を聞いたへたり込んでいた二人組が立ち上がった。よく見れば、先ほどの双子だ。怖いのか寒いのか、震えている。
「水の魔法が使えるのか? 使えるのなら頼む!」
俺が激励すると、双子は頷き赤く充血した目を閉じて、魔力を練った。
二人分の魔力が混ざり合って、空中に小学校のプールほどの水が出現し、それが水竜に炸裂した。
「ぬっ!」
濡れては大変と、慌てて後ずさりをするゲンジ。
「コンナモノ、私ニハ効カヌぞ!!」
効かなくてもいい。氷竜にかかった水が、氷竜自身の体温で凍って動きが鈍る。氷は、強度だけで見ればコンクリートほどもある。竜《氷竜》相手では直ぐに砕かれるだろうが、今はその隙さえあれば十分だった。
「おっちゃぁぁぁぁあああん!!!」
「おおうよぉぉぉおおお!!」
城壁最上部より、鎧を着こんだおっちゃんが降ってくる。氷竜の真上、死角から降ってくるおっちゃんに、氷竜は気は付かない。
おっちゃんが手に持った大斧が、氷竜の肩口を捉え、鱗を叩き割り、肉を断ち、骨をへし折った。
「グギャアアアアアオオオオオオオオオオン!!」
氷竜の叫び声が、戦場全てに響きわたった。