その14 足掻く者たち
「シンイチ、ルシル殿は注意しないが、訓練に身が入っていないでござるよ?」
確かに、訓練に身が入らないな。身体が重く感じる。
「ああ……」
「アイ殿のことか、それともこちらに向かっている魔王軍のことか、それとも両方でござるか?」
「……」
どうなんだろうな?
「拙者は、怖いなら逃げてもいいと思う。今なら、この【皇都】から逃げ出す人たちと一緒に行けるでござる。だが、怯えて戦の直前でルシル殿を裏切るようなことをすれば、許さぬぞ?」
「……」
『許さぬぞ?』には、切るという意味が含めれているような語調だった。怖い。前線に引きぬかれて行った守備隊の仲間たちの顔が浮かぶ。誰も帰っては来なかった。でも、逃げてはいけないと思っている。
「シンイチは、事なかれ主義なのだな。実際、何がしたいのでござる?」
事なかれ主義? 俺が、目の前のことを避けてるってことか……。いや、俺には目標はある。
「俺は……元の世界に帰」
俺の発言が区切られた。
「違うでござる。そのような、漠然としたものではなく、もっと目の前にあるものでござるよ。逃げたいのか、戦いたいのか、アイ殿を探したいのかのどれか……」
「……」
分からない……。
「……拙者はな、戦いたいのでござる。あの悪鬼どもを、切って、切って切りまくりたいので御座る。ルシル殿は、この世界に召喚されて、訳がわからずに奇行に走る拙者を助けてくれたのでござる。シンイチ殿と違い、物覚えの悪い拙者に根気よく言葉を教えてくれたのでござる。その恩に報いることが拙者の本懐。それ故に、ルシル殿を悲しめる者は許さぬ」
「……」
ゲンジの本音なんて、初めて聞いたな……。
「それで、答えはどうなのでござるか?」
相手を射殺すような目をするゲンジ。
「俺は、元の世界ではいっつも普通であり続けた。凡人でいることが一番楽だったからな……。そして、呼ばれてもいないのにこっちの世界に来たって、被害者面してた。でも、もうそれが許される状況じゃないんだよな。分かってはいたけど、避けつづけてた。うん……」
日本で生活していた頃のことを思い出して言葉を紡ぐ。日本は、異端であるものを排斥しようとするきらいがある。普通でいて、凡人でいて、平凡に生きるのが平和な生き方だったのだ。でも、この世界はそうじゃない……。
「俺は……平凡以上の人間になりたいと、思っている。こっちは、500人だっけ? んで、向かって来る敵が1万5千……」
「うむ」
「これを倒せたら、英雄だよな? 平凡じゃなくなるよな?」
この世界は、勇者を英雄を異端である者を求めている。俺は、この世界にとって、異端なのだ。どれだけ、普通な人間であろうとも。ならば、いつまでも同じ視点を維持継続していくのは、召喚された者として恥になるのかも知れない。
「ふっ、拙者も当然協力するでござるよ」
「じゃあ、それが目標だ! ゲンジ、手合わせよろしく頼む!」
そうと決まれば、強くならなくてはいけない。目の前の戦いに勝てるくらいは。
「さっきよりは、いい目になったでござるな。でも、やるのは剣術ではなく弓の訓練でござる。今日中に、矢を放てるようになってもらわねば、困るでござるよ……」
そうだ、こちらは城壁の上から攻撃するのだから、剣はあまり役に立たないのだ。俺がしてきた訓練は、ほとんど剣術に偏っている。
魔法についてはからっきし、神殿に、魔法を教えてもらいにいったら、MP:0を宣告されて、神官に「貴方は、生きた人間ですか?」って、真顔で聞かれたな……。この世界では、MPが0になるってことは、死を意味するらしい。普通は、MPが0になる前に気絶するらしいが……。ちなみに、ゲンジもMP:0だ。多分、日本人は全員MP0だ。いや、地球人自体MPなど、持ってはいないんだろう……。
横道に逸れたが、弓については辛うじて矢が飛ぶ程度。せめて、まっすぐに飛ばせるボウガンでもないのかな? て、思う。あ、自分で思って気がついた。俺はボウガンの機構を知っている。なければ、作ればいいのだ。銃は無理だが、ボウガンならいけるかも知れない。
「ゲンジ、すまない。少し、ルシル隊長のとこに行ってくる!」
「う、うむ?」
――何か、思いついたでござるね。自分から動くのはいいことでござる。
お父様、お父様、お父様……グベルお父様。
魔王軍の侵攻以来、いくつもの貴族が滅んできましたが、ラ・トゥール家も、もう終わりなのですね。
女の身である私には、主家の再興は不可能。
ああ、私に残されたのは【皇都】の屋敷と、ラ・トゥール領から付き従っている現在の私の守備隊達のみ……。投げ出したいと思います。
でも、そんなことをすれば、先に逝ってしまわれた、母さまも兄様も、そしてお父様も私をお許しにはならないでしょうね……。
泣きたいですわ。でも、隊長である私は常に、気丈に振舞わなくてはいけない。
……なんか、ゲンジがシンイチに説教をしているのが聞こえてきます。そういえば、シンイチの動きが悪いですね。
そして、ゲンジ……日本語で話せば、回りが気づかないとでも思っているのですか?
私には、ある程度理解できてますよ……。しかも、なにやらちょっと恥ずかしいこと言ってるし……。
あれ? ゲンジが日本語を話してて、シンイチはこちらの言葉を話すって不自然じゃないですか。まぁ、別にいいですけど。
おや? シンイチがこっちに来ますね、なんでしょう?
「訓練はどうしたシンイチ!」
「お願いしたいことがります!」
「なんだ?」
「はい、“ボウガン”を作りたいんです!」
「『ボウガン』? なんだそれは?」
名前からは、全く想像できません。
「弓の矢をまっすぐに撃ち出すことが出来る武器であります!」
「まっすぐ? 弓じゃないのか?」
弓以外の物で、矢を撃ち出す武器ってことですか?
「自分の知識では、強力な物は相手が着ている鎧くらいは易易と撃ちぬくだけの威力がありました」
通常の弓では、鎧を着込んだ相手は倒せない。
「ふむ…………」
シンイチは、異世界から来た。こちらの世界の物とは、発想の違うものを持っているのかも知れませんね。いいでしょう、時間を上げます。
「では、半日だけ時間をやる。必要ならば、ラ・トゥールの職人を私の名前で使ってもいい。私を納得させるだけの物を作ってみせよ! 時間は大切に使え!!」
「ありがとうございます!」
半日後。
出来た物で、試射してみた。
バスゥゥゥン!!
俺がボウガンの設計をして、ラ・トゥールの職人にボウガンの試作品を作ってもらったのだ。そしたら、とんでもないものが出来上がった。これは、まるでバズーカだ。どうやら、発想がなかっただけで、技術的には簡単に作れるものだったらしい。
そしてこの職人「使用者の魔力を吸い取って、弦が加速するように作った」と、ドヤ顔で言っている。通常の弓でこれをやると、弦が強力になり過ぎて、腕力だけでは矢が引けなくなるらしい。だが、このボウガンは違った。弦を予め引いてある状態から、台座に矢を固定して撃ち出すことができるのだ。問題の弦は、足でもなんでも使って事前に引いておけばいいだけの話しなのだ。
弓よりかなり連射速度は下がるが、弓より直線射程距離が長く通常の魔法よりも貫通力のある、狙撃用の武器が誕生した瞬間であった。
でも、俺MP:0だよ。宝の持ち腐れだよ。普通のを作ってよ!
ルシル隊長に見せたら、顰めっ面で量産指示を出した。
この職人により、魔王軍侵攻までに10丁のボウガンが作られることになる。
「フン、フン!! ハァっ!!」
魔王軍の侵攻上にある村の衛兵達と戦う“隻腕”のガレアス。その腕は、先の戦いで“極光”が直撃したことにより失われている。というか、アレが直撃して生きてるってだけで、とんでもない怪物である。
「ガレアスちゃぁん、楽しそうねぇ……。レイスちゃんもぉ、そう思わなぁい?」
腰に、体型には合わない抜き身の大剣をぶら下げながらアイーダが話す。
「……」
レイスの姿は、どこにも見えない。
「っ! やめろ、刃がかける!!」
アイーダが、わざと大剣を引きずって歩こうとした。すると、その大剣からレイスの声が発せられる。
「ハァ、私たちの軍がぁ完全にぃ壊滅しちゃったからぁ、仕方がないんだろうけどぉ。ただの一般兵にされるとはねぇ……」
「処刑されなかっただけでも、ありがたいものだろう……。だが、せめて私の身体は頂きたかった……」
レイスの正体は、大剣に宿った“何者か”の魂である。日本風に言えば、付喪神だ。今は、あの時の戦いでの“極光”で身体としていた漆黒の鎧が失われてしまっている。
「うん、こうやってぇ持ち歩いてあげてるんだからぁ、私にぃ感謝しなさいよねぇ」
「チッ。って、引きずるなぁあ!!」
ここは、王宮。今日も、ここで貴族たちが粉叫する。しかし、武闘派やタカ派の貴族たちはほとんどがいない。席が、半数以上空いている。先の決戦で、皆死んでしまったのだ。
【皇都】を捨てて、遷都しようと言い出すものがいれば、この【皇都】での“死”を決意するものがいる。すでに、【皇都】を脱出してしまった貴族もいた。
【皇国】軍主力を全て失い、【皇国】の二大賢者両名が死亡した今、彼らに希望はなかった。いや、一人だけ剣聖ゲンジという英雄がいるにはいるが、魔王軍1万5千に対しては頼りようがなかった。
その中で一人だけ、魔王軍との【皇都】防衛戦を勝ちの形で終わらせようと画策している貴族がいた。
名を、クリス子爵といった。彼は、今入っている情報をまとめ上げる。
元からこちら側に配属されていた魔王軍6万は、大賢者の活躍により各方面の守備軍を残して壊滅。【皇都】に迫る魔王軍は、魔王軍本軍から増援のみ。それらは、後方の防御に5千を置き、【皇都】に向かって来る、その数は約1万5千。だが、魔王軍は攻城兵器を所持していない。【皇都】に城門は4つ。【皇国】軍は約500名(募兵等などで、これから多少は水増しされる)。問題は、突如として本陣を壊滅させたという氷竜。それらをまとめた上で、彼は発言する。
「【皇都】守備隊の指揮権を、私に預けて下さい」
彼には、まだ勝算はない。しかし、逃げや負けることを話し続ける会議にはうんざりしたのだ。そして、知っている。いくら逃げようが【皇国】の中央にある【皇都】が落ちれば、それは即ち【皇国】の滅亡に繋がる。彼は、そんなもの見たくはなかった。