その12 決戦1
「通信魔法兵、督戦隊に命じ奴隷兵1万のみを前進させよ。左翼と右翼には動かないように伝えろ」
ローブで顔を覆ったオークが反応し、通信魔法にて各部隊へと伝令を伝えていく。
「まずは、一当てだ。人間の相手は、人間にしてもらう」
結局、人間たちの侵攻には、太古の竜さまとやらは間に合わなかったか……と、ガレアスは魔王軍本陣の中で、つぶやいた。
・・・
「敵が動いたぞ!」
「総員弓を構え! 放てぇ!!」
「魔術師団は、まだ魔力を温存しろ!!」
――っあぁあああああああ!
敵の雄叫びが聞こえ、兵士たちがざわめいた。
「おい、あれって人間じゃないか?」
向かってくる敵兵が、人間だと気づいた一部の兵士が動揺する。
「だから何だというのだ、相手が人であれ魔族であれ魔物であれ、向かって来るものは敵だ! 我々の後ろには【皇都】が存在することを忘れるな!! 我らが【皇国】内でこれ以上、敵の好きなようには出来ない! そして、敵もこの戦場に出てくる以上相手も必死! 敵に捕まった哀れな人間だと、情けをかければこちらがやられるのだ! 兵士達よ、しっかりと正面見よ! 弓を射よ!!」
「ぉおおおおおおおおっ!!」
だが、グベル伯爵の鼓舞で、直ぐに士気を持ち直した。グベル伯爵にとって、これは自分の領地を取り戻す戦いだった。負けられはしない。と、同時にこちらに向かって来る奴隷たちは、元々自分の治めていた土地の人間なのではないかと思う。だとしたら、彼らは何を思いこのラ・トゥールの旗に向かって来るのであろうか? それを聞く時間はない。
・・・
――誘導……。
魔方陣の上に立ち、目を瞑むったまま空を見つめている大賢者マリアベール。
「皆様に、ほんの少し耐えるようにお伝え下さい」
「了解しました」
通信魔法兵二人にそれを全軍に伝えるように言う。ほんの少しという時間。それはマリアが操る衛星が、この草原を射程圏内に捉える時間である。
それを、身を伏せて遠巻きに様子を伺う魔将アイーダ。【皇国】軍のこの作戦の要となるのが大賢者である。事前にそれを予見したアイーダは、こうして【皇国】本陣の裏にまでやってきて大賢者マリアベールを探しだしたのだ。自身の持ち場である左翼は、影武者に任せてある。
しかし、その本陣を遠巻きに眺めることしかできない。なぜなら、マリアの周囲を固める近衛隊が頑強過ぎたため。【皇国】側とて、この作戦の弱点は理解している。精鋭兵を置くのは当たり前であった。
「空に魔力を放ってぇ、なにをやるつもりかしぃらねぇ……」
まだ、アイーダはマリアがしようとしていることは分からない。ただし、隙だけは確実に狙う。
・・・
「弓兵隊抜刀!」
弓兵隊長が敵の接近を許してしまったために、抜刀指示を出す。
「重装歩兵隊斬りこめ!!」
それを聞いた重装歩兵隊長が、弓兵隊を助けるために動く。
「いけぇ!」
「放て、放て!」
グベル伯爵が指揮する最前線。
そこには、人間たちの死体のみが積み重ねられていった。【皇国】軍の損害は軽微だが、魔王軍の損害は甚大であった。しかし、それは魔王軍にとってなんのダメージにもならない。なぜなら、現在最前線で死に続けているのは人間の奴隷たちだからだ。
奴隷たちにとっては、地獄であった。自分たちが向かうところで待ち受けているのは、長い間魔王軍と戦い続けた精強の兵であり、万全の装備をした兵士たちだ。奴隷たちは良くて剣1本。最悪素手。そして、彼らはみんなやせ細っていた。
「ひぃぃ!」
逃げだせば、【皇国】軍により背中を撃たれ、弓の射程外まで出ればゴブリンの督戦を受け、叩き切られる。だが、暫くしてゴブリンの特戦隊が根を上げた。奴隷たちの限界である。なんの攻撃力も持たなくなった数千の残存奴隷が、魔王軍側と【皇国】側に一斉に敗走する。だが、両軍とも甘くはない。
「弓兵隊、後列に後退。傭兵隊と入れ替われ! 重装歩兵、軽歩兵は隊形を密に! 奴隷は通すな! 後列に被害は出すなよっ」
そして、魔王軍側では、臨時に督戦隊となったオーク大隊が、恐慌状態で敗走してくる奴隷たちを叩ききった。
それを見て、震え上がる残存奴隷兵約5000。自分たちも捨て駒にされることを覚悟した。だが、その覚悟ですら吹き飛ぶような出来事が起きた。
魔王軍左翼の消滅である。
・・
――接続……。
マリアの魔力が、宇宙に浮かぶ衛星と繋がる。
――照準……。
マリアが戦場を見つめ、目標を定める。海でやったように、適当に撃つことはできない。
「目標、魔王軍本陣……。撃ちます。全軍の指揮官に、衝撃に備えるように伝えて下さい」
通信魔法兵に、それを伝える。
最前線では、「敵と密着した状態でどうしろと言うんだ!」という怒号が放たれるが、その声はここ本陣までは届かない。
そして。
――発射。
勘が鋭い異形達がその場から退避を始めたが、すでに時遅し。
キィィィイイイイイイン、という甲高い音を持って、それは来襲した。
雲を突き抜け戦場の北側に落ちた極光は、そこから草を焼き、大地を抉り、魔王軍左翼を薙ぎ払って消滅した。
僅かな時間、両軍すべての動きが止まり、戦場には似つかわしくない程の静寂が訪れた。
わぁぁああああああああっ!!
【皇国】軍から上がる歓声。何が起こるか聞かされていなかった兵士たちでさえ、目の前で行われた結果が、魔王軍の左翼を討ち滅ぼしたことが分かった。
・・・
――『再充填開始 0%…1%…2%』
マリアの頭の中に、わからない言葉でアナウンスが流れる。でも、なんとなく意味は分かっている。あと少半時《30分》もすれば、もう一度今のが撃てるようになるということだ。
「凄まじい威力だな、大賢者どの」
総司令の公爵閣下が話しかけてくるが、そんなものは雑音と一緒だ。私は、衛星の制御の反動で目眩を起こしながら、直撃を受けた魔王軍を見てみる。
「くくくく、アハハハハハハ……」
恐慌状態になっている魔王軍が見えて、可笑しくなってしまった。私の【皇国】の、子供たちに手を出した罰だ、ザマァ見ろ。あら、少し鼻血がでてる……。
「マリアベール様?」
駄目だ、回りの兵士たちが見ている。自重しなければ。
冷静になってみる。今の一撃は魔王軍の本陣を狙ったはずだったが、直撃したのは左翼だった。目標だった魔王軍の主力20000以上は未だ健在。【皇国】が完全に勝つためには、誤差を修正してもう一度撃たなければならない。いや、誤差が調整できたとしても敵が動いてしまっているかも知れない。
「やってやりますよ、雑魚ども……」
伊達に数百年は生きてはいない。誤差を修正し、かつ動く敵に直撃させてやる。それをやれば、どのくらい自分の身体に負荷がかかるんだろうか? フフン、どうせ多少のことでは死なない体だ。無理をしてやろう。
「もう一度撃ちます。前線の指揮官たちに少半時の間、時間を稼ぐように指示して下さい」
・・・
「くー…ちゃん? あの、年増ぁ……!」
自分の指揮下にあった魔王軍左翼部隊の消滅を見て、アイーダが怒り狂う。しかし、彼女は短慮になって跳びかかるようなことはしなかった。なぜなら、“彼”にここの場所を教えたのだから。直ぐに“彼”がここに来る。大空の覇者、アイスドラゴンがやってくる。
「マリアベール、お前はぁ私の手で殺してやるよぉ!」
ドラゴンが本陣を襲えば、マリアベールの護衛は薄くなるはずだ。そこを狙う。
期待しているからねん。とかげちゃん……。
・・・
「っ!!? なんだ、これは……」
ガレアスは、ただ単純に驚いた。光の奔流が、自分たちの横に居たはずの左翼部隊を飲み込み消滅させてしまったからだ。もしかしたら、狙われていたのは自分だったのかも知れない。しかし、そんな素振りは一瞬たりとも配下には見せなかった。
総司令官としての意地がある。
「アイーダ、死んだのか? ちっ! 残る全ての隊に伝えろ。全軍突撃! 全軍突撃だ!! もう一度撃たれる前に数で押しつぶしてくれるわ!!」
ガレアスが下した決断は、全軍突撃であった。被害の規模が全くわからない左翼を切り捨て、直ぐに右翼のレイスに対し全軍突撃命令を下し、自分が率いる本隊を前進させた。あれほどの大規模殲滅魔法なのだ、そう何度も撃てないはず。そして、【皇国】軍と肉薄していれば撃たれまい、という風に考えた。
これは正しい。
しかし、問題があった。魔王軍の士気の急落と【皇国】軍の士気の増大である。これが、大局にいかに影響を与えるのかは、まだ分からない。
両軍の継戦可能兵数。
皇国軍約10500。
魔王軍中央主力約25000。魔王軍右翼約13000。魔王軍左翼、壊滅(再編不可)。
魔方陣の上で、衛星の制御を完璧にしようと魔力を放つマリアベール。彼女がやるべきことは、魔王軍を壊滅させるだけの精密射撃。そこに、空から急襲してくる影があった。それは、10メートルの程の大きさでディープブルーの鱗をもち、冷気を纏った古代より生きる氷竜。
バサっバサッと羽を羽ばたかせ、ホバリングする氷竜は獲物を見定める。
「ド、ドラゴン?」
「まさか、こいつも魔王軍なのか?」
近衛の兵たちが動揺し、
「先程ノ極光ヲ放ッタノハ貴様カ、人間ヨ?」
そして、相手を威圧するように氷竜が訪ね。
「だとしたら、なんでしょうか?」
マリアが冷や汗を凍らせながら、ひょうひょうと答えた。
「面白イ! ナラバ私ヲタノシマセテミセロ!!」
地上より6メートル程の所で、氷竜より“氷の息吹”が吐き出された。それにより、凍りつく【皇国】軍本陣。正面からまともに直撃した者は凍りつき、氷の彫像となって絶命した。しかし、兵士たちも負けてはいない。それぞれに弓を放ち、炎系の魔法を氷竜に浴びせかける。だが、どれも有効打には成り得なかった。矢は鱗に弾かれ、火は冷気によりかき消される。
「フム、温イナ。デハ、ハンデダ。私モオマエタチと同ジヨウニ、地に這イツクバッテ戦オウ……」
この言葉に逆上したのが、剣や槍をメインに戦う騎士たちだ。氷竜が、地上に降りるや否や、四方八方から突いて斬りつけた。だが、ダメージは与えられない。そして、不用意に近づいた者たちは、ほとんどが死んでいった。頭から胴体を咀嚼されて手と足だけが大地に転がる者。背後から回りこもうとしたがために、尻尾により全身を鎧ごと叩き割られる者。尻尾を躱し背中によじ登ろうとして、その冷気で全身が凍りつき砕け散る者。それが続出した。数分のうちにグーデンハイム公爵とマリアベール直下の近衛部隊が数を減らしていく。
「我が名は、ブランドン。【皇国】軍総司令官ブランドン・グーデンハイム公爵だ。お相手願おうか、氷竜殿!」
兵たちの被害が拡大し、ついには総司令であるグーデンハイム公爵まで戦闘に参加し始めた。
マリアは、反撃をしない。いや、反撃が出来ないでいた。冷気を防ぐことくらいは出来る。しかし、攻撃に回せるだけの集中力が彼女には足りなかった。
(今、衛星との接続を切るわけにはいかない……)
そう、今衛星との接続を切ってしまえば、次に接続可能になるのがいつになるか分からない。そうなれば、この作戦は破綻だ。今、最前線で戦っている兵たちは、劣勢な兵力の中で、魔王軍を焼き尽くすことができる“空からの極光”のみを信じて戦っているのだ。
一人、また一人と、マリアの足元に肉片となった騎士が飛んでくる。彼女は、自分の可愛い子供たちが死んでいくのを見ているしかなかった。今や、彼女の近衛兵は数えるほどしか居ない。どう考えても、衛星の充電が終わるまでの時間は稼げない。ならば、どうすればいいのか?
「ドウシタ、ニンゲンヨ? 戦ワヌノカ? 先ホドノ光ハ使ワヌノカ?」
余裕なのか、氷竜がマリアを見下ろしながら訪ねてくる。そして、彼女は決断をした。
「太古より生きる氷竜よ、貴方の息吹など私は怖くはありません。あの“天を貫く極光”が無くても貴方など倒してみせましょう!」
「吹イタナニンゲン! 望ミ通リ、氷漬ケニシテクレヨウ!!」
あっさりと挑発に乗った氷竜。氷竜は、本陣全体を襲った息吹とは比べ物にならないほどの凝縮された冷気を吐き出し、それをマリアに叩きつけた。瞬時に氷漬けとなったマリアは、丘から戦場を見渡せる形で、呼吸と肺を停止させた。
いつの間にか討たれてしまった公爵と、凍りづけにされた大賢者を見て生き残りの兵達は逃走した。それを、ネズミを狩るネコのように追いかけ始める氷竜。ここにマリアベールの策は成功した。
彼女は、氷漬けにされて、心肺が停止する程度では死にはしない。彼女の不老不死の秘密は、胸の中に埋めこまれている“不死の石”にある。いろんな物語に登場し、絶大的な回復能力をもつ所謂、賢者の石だ。彼女は、これを砕かれない限り、死にはしない。
これで、衛星の充填までの時間を稼げると、彼女は思った。
――『充填率……98%』
あと少しだ。後は、誤差を修正しないといけない。見れば、【皇国】軍がかなり押し込まれている。当たり前だ、と思う。本陣がこの有様なのだから……。よく今まで持ちこたえてくれた、私の可愛い子供たち。今、助けてあげる……。ああ、やはり氷漬けにされたせいで、魔力の操作が大変ね。でもやり遂げなくてはいけない。
――『充填率……99%』
「ねぇねぇ貴方、氷漬けみたいだけどぉ死んでないでしょぉ? ねぇ、“不死の大賢者”マリアベール!!!」
そこに、魔将アイーダが姿を現し、
――『充填率……100%』
ガシャアァァァァァァァァァァァァン。
マリアベールの身体を打ち砕いた。
【死者たちの庭】
奴隷兵「実は私達、当初は捕虜役で出る予定でした。アレです。某指輪物語で、オークが『捕虜を開放してやれ』って、生首を投げつけるところ……」
くーちゃん「あべしっ」
グーデンハイム公爵「いつのまにか死んでた」