その11 憂鬱
魔王軍に対する大規模作戦が立案されてから、一ヶ月。準備を整えた皇国軍の主力が、城門から長蛇を成して西へ西へと進軍していく。街道や城門付近には、それを見送る市民たちが溢れていた。それを、俺は城壁の上からそれを見ていた。俺の配置は、【皇都】の守備だ。普段と変わりなし。まぁ、名目上新兵になっているし、そりゃそうだ。でも、この世界にいる限りは、いつか最前線で遣り合わないといけなくなるんだろうな、と思う。それを考えると、めちゃくちゃ憂鬱だ。この世界に来て、初っ端に腹をぶっ刺されたわけだし……。今はまだ平気だが、目の前にゴブリンが出た瞬間に発狂とかしないよな……。ハァ……。あ、なんか幸運が逃げた気がする。
そういえば、俺が所属している守備隊のラ・トゥール徴兵軍から、グベル伯爵のラ・トゥール常備軍に何人か引きぬかれて行った。彼らは、無事に生きて帰ってこれるのだろうか? この世界での2ヶ月間の生活は、この守備隊と共にあったと言ってもいい。一緒に訓練して、寝食を共にし、泥棒を追いかけたりした。みんな、すでに顔見知りだ。俺の見てない所で、露骨に恋人の話とかしてなければいいのだが。
実戦と言えば、一度だけ【皇都】に侵入しようとしていたコボルトの強行偵察隊と戦ったっけな……。あの時は、身体が震えた。体格に差があったから、力押しで勝てたが、おっちゃんに「慣れないと死ぬからな?」と、脅された。その日の夜は怖くて眠れなかった。自分が命を奪った生き物が、なぜか復讐に来るような気がして……。
ハァ……。
「何、黄昏てやがるのよ?」
アイだ。こいつ、最近は普通に壁の外に出てくるようになった。良い変化なのかな? 相変わらず、いい笑顔をしている。
「あんたは、私を壁の外に出してくれた恩人なんだから、こんなとこでしょぼくれてると気になるじゃないの」
「……みんな無事に帰ってこれるといいなって、思ってさ」
「それは、無理な話ね。戦争だもの、いっぱい死にやがるわよ」
「そうか……」
遠慮無いな、こいつ……。いや、割り切っているんだろう。アイは、10代のうちから元居た世界で神と戦っていたと聞いた。いろんなものを見てきたんだと思う。
「こんな所に居たのかシンイチ」
げげ、ルシルぐんs……いや、ルシル隊長だ。そして、おっちゃんが、後ろに続いている。
「なんだ、シンイチ。女など連れて。コレかコレか?」
ガハハと笑うおっちゃんが、小指を立てている。
「ま、まさか、貴様にそのような方がいたとは」
何、動揺してるんですか、隊長……。そういえば、ルシルはアイとは初対面だったはずだ。家(?)が隣同士なのに、奇妙な話でもある。
「こいつの名前は、アイ・オーブ。ただの友達ですよ、友達」
「ツッ!!」
と、言ったところでアイに視線を向けた。なんか、凄い複雑な笑顔を作っている……いや、どうした――しまっ!!!?
「おい、シンイチ。アイ・オーブと言ったら……勇者じゃないのか?」
「まさか、その方は5大勇者様か!?」
二人が驚愕する。10年も行方不明だった勇者が、なぜこんなところにと言いたそうだ。
やばい、やばい、これは俺達召喚者3人《ゲンジ シンイチ アイ》だけの秘密だったはずなのに。俺から、漏らしてしまった。どれくらいやばいかと言うと、アイが俺のことを凄まじい笑顔でドツキ回してるくらいやばい。
夕方、酒場にて。酒場は閑散としていて、客は少なかった。
「それじゃあ、まとめるとお前が勇者さまを救いだしたってわけだな」
そして、俺は酒場にて根掘り葉掘り事情を聞かれていた。おっちゃん流、飲ませて吐かせよう作戦だ。効果は抜群だ! ルシル軍曹が、しかめっ面でこっちを見ている。目が怖い。
アイは、「馬鹿野郎!」の一言を残して、城壁の中に消えてしまった。追いかけたかったが、まずは二人の追求をどうにかするのが先だった。
流石に、ラ・トゥール屋敷の裏の壁に住まいがあることは教えていない。
「で、貴様はこの一ヶ月、勇者様との親睦を深めていたわけだ」
「はい……」
ふーん、と胸の前で腕を組むルシル。
「まぁ、これだけ重要なことを秘密にしていたことはアレだが、情状酌量の余地はあるな」
初代魔王を討ち取った勇者の一人の存在を秘密にしていたのだ。こやって詰問されるのはおかしくない。
「それで、貴様はどうしたいんだ?」
「へ?」
俺は、突然の切り返しに驚いた。
「『へ?』では、ないだろう! 探しに行かなくていいのか、と言っているのだ」
「そうだぞシンイチ。お前は探しに行くべきだ、ガッハハハハ」
「最前線にいけなくて、ゲンジも暇そうだからあいつも使うといい」
「すまないが、俺は仕事があるからこれからは無理だ」
「まぁ、このことは、我々だけの秘密にしておいてやる。王宮には報告しないでおいてやるから、心配はいらないからな?」
そして「このことは、誰にも言うなよ?」と、おっちゃんに脅しかけるルシル軍曹。さらに「もう、口を滑らすような真似はするなよ?」と、俺に脅しかけるルシル軍曹。
俺は「ありがとうございます!」と、お礼を言うと、ゲンジに声をかけて、アイを探しに出かけた。なんて話せばいいか、謝ればいいかが頭の中を巡る。しかし、アイ自体がさっきの城壁にはおらず、壁の中にもいない。その日のうちに、アイに会うことは出来なかった。その次の日も、また次の日もアイは姿を現さなかった。
結果として、次にアイに会うのは、この【皇都】に魔王軍が押し寄せた時になる。
魔王軍との会戦場所。そこは、皇都より西へ55キロ。【南の大密林】から流れる大河を渡って直ぐにある平原。
【皇国】軍。その数、約12000。
内訳。騎兵約2000。重装歩兵約1000。軽歩兵、魔導歩兵、合わせて約3500。魔術師団約1500。その他、工兵隊、民兵、傭兵、輜重隊などなど約4000。
総司令官、グーデンハイム公爵。
副司令官、グベル伯爵。
以下、その他貴族たち。
陣形は、横隊で2列。前衛に歩兵を中心とした堅守部隊。後方に、魔術師団、工兵隊、予備隊などの後方支援部隊(これはあくまでも基本で、最前線で指揮をとる貴族たちによっては魔術師団が前衛にいたりもする)。そして、最後方の丘に本陣が設置され、そこに大賢者マリアベールが陣取った。この作戦の要であるマリアベールの近衛は、この作戦の中でも最精鋭の者たちであった。
魔王軍【皇国】方面軍。その数、約60000。
内訳、オーガ、オーク、ゴブリン、コボルトなどの変則混成部隊約40000。人間の奴隷兵約15000。その他、少数の獣人や裏切りの人間達約5000。
総司令官、魔将ガレアス。
参謀、魔将アイーダ。
副司令官、魔将レイス。
陣形は、部隊を横に大きく展開した鶴翼の陣。左翼約15000をアイーダ(影武者のコボルト、クーちゃん)。右翼約15000をレイス。そして、中央の主力約30000をガレアスが指揮を執る。
大賢者マリアベールが戦場全てを睨みつけ、魔将ガレアスは部下に鼓舞をした。
グベル伯爵が兵士たちを労い数の差から来る不安を取り除こうとし、魔将レイスは功をを焦って突撃しようとしたゴブリンを諌めた。
影武者のクーちゃんが不安そうな鳴き声を上げ、魔将アイーダが伏兵として戦場に潜伏した。
戦力比5:1、【皇国】の荒廃を賭けた戦いが、今始まる。