東京トマト
上京した女の子の、母へ手紙を送るその内容です。
前略 母殿
…いや違うな、母上殿か。
お元気ですか?
私は、元気ですから心配しないでくださいね風邪などもひいていませんし健康そのものですから
…いけないいけない、続けて書いちゃいました。
手紙を書くなんて久しぶりで…、妙に緊張してしまいます。
早速ですが、私の近況報告をしたいと思います。
相変わらずな日々です。
朝起きて、ごはんを食べて、アルバイトに行って、
帰ってきて、漫画を描いて、ごはんを食べて、漫画を描いて、お風呂に入って、
それから、寝ます。
ずっとこんな日々です。
もう、私が上京して半年になるのですね。
早いものです。
おうちで作ってるトマト、食べたいなぁ。
もちろん、東京にもトマトはありますし、おいしいですよ!
毎日食べています。私の元気の源です。
そろそろ暑くなってきましたし、母も体に気をつけて…では。
敬具 娘
前略 母様
…母上様かな?
私は元気です。
あ…最近報告しましたよね。
それとは別に、今日は重大な報告があります!
なんと、出版社に持ち込みをしたのです!
あいにく担当の方は留守で、明日もう一度伺うことになったのですが。
自分でも、なかなか勇気ある行動に出たと思います!
とても緊張しました。
その勢いでか、アパートに帰って東京のトマトを5個も食べてしまいました。
明日どんな評価がいただけるのか、楽しみです!
では今日は早く眠りにつこうかと思います。
敬具 婚
前略 母君殿
…殿はいりませんね。
今日、出版社で担当の方とお話をしました。
びっくりしました。
甘すぎると言われました。
話の内容じゃあありません。恋愛の話なんですけど。
こんなレベルのやつなんて、腐るほどいると言われました。
つまり、私の漫画はおもしろくなかったということです。
なんだこれはと。
全然ダメだと。
諦めろと。
考え直せと。
…言われているような気がしました。
でも、言葉の裏でそう言っていたのです。
とても驚きました。
今まで誰にも見せたことがなかったのですが、
ここまで自分の漫画が最低なものだとは思いませんでした。
向いていないのかもしれません。
あ、暗い話になってしまいましたね。
でも私は諦めませんよ!
東京のトマトを食べて、がんばりますよ!
敬具 娘
ごめんなさい。
突然ですが、謝らなくてはならないことがあります。
嘘をついてしまいました。
あなたにです、お母さんにです。
東京のトマトはおいしいと、以前手紙で書きました。
でもあれは嘘なんです。
本当はおいしくない。
おうちで作った、母さんのトマトのほうが、何千倍もおいしい。
私はトマトが大好きで、おいしいトマト無しには生きられません。
だから、一度帰ってもいいですか?
母さんのトマトを食べに、帰ってもいいですか───
前略 紗苗様
私ももう、何年振りかに手紙を書きます。
あなたが突然家出をした時は、とても驚いたし、心配しました。
昔からまじめで、あまりわがままも言う子じゃなかったし、
そんなことをするなんて、よほど固く決意したことなのだと思っていました。
でも、嬉しかったのですよ。
なにかひとつでも、親を捨ててでも夢中になれるものを見つけたこと。
誰にも譲れぬものができたこと。
だから私は、私にできることをして応援していようと思いました。
いつかあなたから連絡をしてくれるまで、待っていようと思ったのです。
私はずっと、待っていましたよ。
あなたの大好きなトマトを作って。
突然帰ってきても、いつでも食べられるように。
だからたまには、
トマトを食べに帰ってきてはどうですか。
敬具 母さん
追伸 お土産にはぜひ、東京のおいしいトマトをよろしくお願いします。
読んでくださって、ありがとうございます。手紙の2枚目の「敬具 婚」はわざとです。「もう眠りにつく」といっているので、眠くて間違えてしまったんです。