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オレンジな日

作者: 吉江 一樹
掲載日:2026/03/24

 秋も行きつくところまで深まり、並木の枯葉はすっかり落ちて色を失い、遠くの山々の頂もわずかに白かった。その向こうで秋の冷たい夕風にそよぐ、白い雲に映えたオレンジの夕陽がなだらかに揺れている。そんな景色の中に、駆け足で近づく冬の始まりを観ていた薫の心の中は孤独だった。そして薫は何となく部屋を出ると何時もの道を歩き始めた。

 

 目的などあるはずもなく、歩いているというのでもなく、昨日をただ彷徨っている様な感覚に包まれながら、心の中に何かしら贖罪の念すら覚え、薫は誰もいない路を一人で歩いていた。

 

 目的がないのだから当然することなど無く、冷たい秋風に心を曝し、一人で彼女は歩いていた。歩いていただけだから散歩だったのかもしれない。少し行った所で、枯葉が落ちて寒そうに並んでいる裸の並木を見つけ、立ちどまり、彼女は悲しげにその並木を見つめた。

 

 その時、彼女の頭上を、まるくオレンジ色に沈みかけた陽を横切ってかあかあと鳴きながら、黒いカラスが一羽で飛んで行った。その黒いカラスを苦々し気に見上げた彼女は、何故なのか悔しそうに枯葉の積もった茶色い路面に視線を移して再び歩き始めた。

 

 交差点を超えたところで犬を引いた知らないお年寄りが、

「こんにちは」薫に向かいにこやかに頭を下げた。知らない人だったので、彼女は何も言わずに通り過ぎた。

 

 近くの公園では子供達がうつむいたまま、お互いに話すこともなく、動き回ることもなく、何かを見つめながら黙ってベンチに座っていた。黙ったままうつむいて、足元の何かを見つめてベンチに座っていた。誰も乗らない赤茶色に錆付いたブランコも、無口な秋風に吹かれ何も言わずにぶらんぶらんとただ重たく揺れていた。

 

 暮れかけたオレンジの秋の陽は、地平線にほぼ平行に、細く長く走っていた。その落ちかけた陽の光は同じ間隔、同じ高さで建っているアパートメントの団地を弱々しく照らしだし、その影が細く長く団地の路面へと悲しげに伸びていた。それを見た薫の心の中には、アパートメントの中で暮らしている人々の愛のない生き様が、まざまざと浮かびあがってくるようだった。

 

 すると薫はこれから訪れる冬を、久しぶりに一人で過ごす自分にふと気が付き、そんな彼女の心は言われもせぬ寂寥感に満たされてきた。その寂寥感に満たされた心は、まるで鋭い冬風に曝されている様に冷たかった。

 

 そんな寂しい想いを拭おうと彼女は久し振りにちょっとお洒落をして、思い切って街中へ出かけてみることにした。戻って着替えて部屋を出た薫は、どうせバスは遅れてくるだろうと思っていたのだが、バスが時間通りにきたので、慌ててしまった。いつも混んでいて遅れるはずのバスがなぜか空いていたのだった。部屋を出て、交差点を曲がった瞬間にバスが見え、遅れそうになった彼女は、走ってそのバスに乗り込み、街に出かけていった。

 

 街までは5分もかからなかった。いつもは立っていたが、その日は彼女は窓側の席に座った。少し憂鬱そうに肘をついてぼんやりと窓の外を眺めていたが、その眼には何も映っていなかった。彼女の心はその時、まるで色の無い森の中にある様だった。街中でも結局、目的も何もなく薫にとってまるで迷路のなかを彷徨ようだった。その迷路の中では、疲れたようすの大勢の人々が、寂しげに、みんな何かを諦め切った表情で、少し斜め下を見つめながら彼女を追い越し、すれ違い、漂っていた。  

 

 ふと顔を上げて西の空を見ると、街中では秋の陽がビルディングの窓に踊るようにはじけ、広く開けた街中を輝くように鮮やかに照らし出していた。今日の薫は、わざと地味に、暗く装ってみたのだが、彼女にはその暗さが美しく思っていた。それは知的な臭いの漂う、女性らしい清潔な装い、彼女には今までどうしてもたどり着けない、手に入らない美しさに思えていた。


歩き続ける、夕暮れ時のオレンジの秋の街角。あの頃の輝きを失無い色を失った枯れ葉が、悲しげに舞い踊りながら、季節の変わりを告げている。踊り疲れた枯れ葉は、踏みつけられて地面に張り付きいずれ消えていく。もうすぐ冬。いずれ一面が冷たく汚れた白濁色の世界に包まれ、そして去年と同じ一年が過ぎていく。今年も、来年も、何一つ変わらない1年が過ぎ、無機質な時が流れていく。     


陽の光は地面に平行に沈み込み、欲望に狩り立てられた闇を呼び込んでいるようだ。

仕事が終わり帰宅する途中、路を急ぐいかにもサラリーマン風の人達のコートは重く、そして誰も表情がない。誰もが昨日と同じ今日を過ごし、やがて来る死に向かって足早に歩いていく。その虚しい群れの中、彼女はいつものベージュのコートを着て一人で歩いていた。

彼女の帰り道、地下鉄に乗る時間は短いが、その時間は気が重い。


そしてマンションについてから部屋の鍵を開け、寒く、冷たい部屋に入るとしなければならないことは何時もと同じ。

それを思うと一層気が重い。


寒く光の無い帰り道、彼女の心の中は重かった。

深く暗く大きな穴の底に心が落ち込んでいくようだ。

ため息をつくたびにその穴の底はより深まっていく、深く暗く冷たい穴だ。

そこに落ち込むと二度と這い上がれない気すらする。

彼女はそう感じた。

そして一つ、彼女は大きくため息をついた。


                              終わり


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!!

 もしよろしければ【☆☆☆☆】などもいただけると幸いです。

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