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5.ナンパかと思ったら魔物でした

 弾け飛んだ男性の体から現れた、どす黒い塊。


 見ているうちに、それは周囲に飛び散った男性の肉片を吸収し、不完全な人の形を取り始めた。


「ダメ、離れて!あれはきっともう、あなたの夫じゃない!」


(どう見ても危険だ、なんとしてでも逃げないと。)


 状況が飲み込めていないのか、その男性……彼女の夫「だったもの」に近づこうとする女性を、私はその足に飛びつき必死に引き止める。


「だって、だってさっきまでそこに……」

「まずは逃げて!死にたくないなら!」


(少なくとも私は死にたくないのでね!)


 ということで、呆然としている女性の手を引いて全力ダッシュ!


 ……しようと、思ったのだが。


「オ゙ま゙ぇ゙、め゙ガミ、の……こ、す……」


(しゃべった!?)


 間違いない。人の形をしたそいつの頭部分に、口のような裂け目ができたかと思うと、そこから禍々しい声が漏れ出ていた。


「ん?」

(てか、今なんか言いかけてなかった?)


 もしかしたら、会話して和解できるタイプの怪物さんなのかも!と思って、耳をそばだててみると。


「こ……」


こ??もしや「こんにちは」かな?これは期待できる。


「ろ……」


 ろ?ん?コロニアグエル教会地下聖堂かな?


「す……」


 うん。


「やっぱ逃げよう!これはやばい!!逃げよう!!」


 あ、全ッ然和解できないタイプでした!殺意マシマシじゃん!どこかのたけのこときのこのお菓子くらいには相容れない感じだったわこれ!


「はぁ、はぁ……。」


 全力疾走し、路地裏を一気に通り抜けて大通りに出る。


「ん?そんなに息切らしてどうしたんだい?

……って、うわぁぁぁ!!」


 ゼエゼエ言ってる私と女性を見て、心配そうに近づいてきた気の良さそうなおじさん。


 しかし、突然なにかに気づき、怯えるように顔を歪めて尻もちをついてしまった。


(まずい、まさかもうさっきのやつに追いつかれた…!?)


 そう思い、焦って後ろを振り返るが、怪物らしき姿は見えない。


 不思議に思っておじさんの方に向き直るが、いつの間にか周囲からは人が離れ、ぽっかりと空いた穴のような空間が出来ている。


 その中心で、人々の目線を浴びるのは女性……ではなく。


(っまさか……!!)


 慌てて頭上に手をやると。


「……ない!!」


 そこにあったはずのフードはなく、代わりに感じるのはふわふわとした私の髪の触感。随分と深く被っていたつもりなのだが、必死に走っているうちに後ろに脱げてしまっていたらしい。


 要するに、ここの全員が今恐れ、奇異の目で見つめ、距離を置いているその相手と言うのは。


(私、か)


 黒髪。精霊に忌み嫌われ、それが故にこの国では禁忌とされる最悪の色。単に嫌われるだけならまだしも、黒髪という理由だけで殺されかねない、それがこの国だ。


(さて、どうするかな。このまま民衆の中を突っ切って行くよりも、憲兵に捕まって処刑される方が早いか…?)


 かといって。


「ま゙テ、コろ゙ス……め゙ガミ………」

「きゃああああ!!魔物よ!!!」

「なぜだ、この国には女神の加護が!!」

「逃げろ、早く!!」

「黒髪に魔物、ああ、この国は終わりだ……」


(追いついてきたか、困ったな)


 背後から迫る不気味な気配、突然人々が逃げ始めた原因はあの怪物……先程の言葉を借りるなら、「魔物」だろう。


(まさに前門の虎、後門の狼!四面楚歌!絶体絶命の大ピンチ!)


 振り返ってみると、心なしか先ほどよりも精緻な人の形をした「魔物」。

左右の足を交互に出し、おぼつかないながらも着実にこちらに近づいてくる。


(体の使い方もわかってきた、って感じですかい?)


「産まれたばかりの赤子みたいだな、やけにでかいけど」


 そう、でかいのだ。身長は優に2mはあろうかというその魔物は、しかしまだ膨張を続けている。


 当然その足のリーチもかなりのものであり、全力で走ったとしても、おそらく小柄な私では軽く追いつかれてしまうだろう。


「万事休す、ですかね。お世辞にもいい人生だったとは言い難いけど、最後に外に出られたので良しとしようかな」


 早くも生を諦めかけ、走馬灯の準備をし始める私だったが。


「……まえは?」


 頭上からの声。見ると、先程まで変わり果てた夫の姿に呆然としていたあのお姉さんである。


 まだ涙の跡が残り、目元の腫れもくっきりと見える彼女。だが、なぜか笑っていた。


「私、リスタ。あなた、名前は?」

「あ、リーナです」


 脊髄反射で名乗ってしまった。よくよく考えたらこの状況で名乗るというのは、後々「いきなり現れた黒髪」として通報されかねないので危険なのだが。


(あ、でもどうせ死ぬし別にいっか。はは)


 死体に口無し。死後の自分の体がどうなろうが、別に知ったことではない。いくらでも火あぶりにでもなんでもかけてくれ。


 なんだか逆に強強マインドになった私だが、ふと我に返る。


(これ、お姉さんだけなら逃げ切れるんじゃ)


 10歳、いや体年齢的には6歳らしい私の体では無理かもしれないが、お姉さん……リスタさんなら不可能ではないだろう。


「あの、この体では逃げ切れないから……!

お姉さん、リスタさんだけでも逃げてください!」


 必死の私の説得。だが、返ってきたのは。


「嫌よ!」


 ふぁ?


「だから、嫌よ!」

「死にたいんですか!?だからあの怪物はもう、あなたの夫では」

「わかってるわよ!だってあいつ、さっきからリーナちゃんばっかり見てるんだもの!」


(はい?)


 数秒の沈黙。そして私は理解する。


(私、嫉妬されてます?今際の際で、女性に?それも怪物の代わりに!?)


 なぜだろう。流石に20+10歳生きてきて、これは人生初の経験である。


「いや違いますよ!?私は決してああいうのがタイプではなくてですね……!!」


 とりあえず弁明する。前世のとある経験から、私は「女の嫉妬は怖い」と身を持って知っているのだ。


 いや、だがよくよく考えたら「タイプではない」どころの話ではない。なんなら初対面どころか、お相手は(今は)人ですら無いだろう!!


「ふふっ、わかっているわ。別に私もアレが好きなわけじゃないのよ。」


 と、言って怪物を指差すリスタさん。自分で「アレはあなたの夫じゃない」とか叫んでおいてなんだが、ここまで切り捨てられてしまうと少し怪物が可哀想に思えてきた。


「でもね、リーナちゃん。」


 なぜか面白そうに笑ったリスタさんは、少し屈んで私と目線を合わせる。


「娼館に居た頃、私は死んでいたも同然だったの。毎日、好きでもない男に色々されて、自分の人生ってなんだろうって思ってた。」


 懐かしむように目を細めるリスタさん。でもなんだか、その顔には見えない、けれど消えない傷が見えた気がした。

 

「そんな私を、あの人は生き返らせてくれたのよ。たとえ借金して、そのせいでこんなことになったとしても。それでもあの人は私の恩人で、いちばん大切な人なの。」


 そしてリスタさんは、立ち上がって私の頭をぽんぽんっと数回優しく叩いた後に、怪物の方へ歩み寄っていく。


「リスタさん、ダメ!」

「わかってるのよ。アレはもう、彼じゃないの。多分さっき、彼……夫は、死んだのよね。」


 さっき、というのはあの男性の体が爆ぜた時か。


 なんと言えば良いか分からずに私が固まっている間も、まだおぼつかない足取りの怪物と、リスタさんはお互いに歩み寄っていく。


 奇妙だけど、その二人の姿は、結婚式のバージンロードを歩む仲の良い夫と、妻の姿に重なった。


「リーナちゃん、あのペンダントが見えるかしら。」

「え……?」


 ペンダント?と思い、怪物の首元を見ると。


(あれかな?)


 確かに、銀色のペンダントと思わしきものが、首元にかかっていた。


「あれはね、彼が私に贈ってくれたものなの。二つで一つ、ハート形になるのよ。」


 そう言って、服の胸元からペンダントを取り出すリスタさん。


 確かに、不完全な三日月のような、半円のようなそれは怪物がかけているものと同じだった。


 「あれを私につけてくれた時にね、彼は言ったの。

『どんな時も、たとえ最期の時であっても一緒にいよう。

この2つのハートは、僕達だ。2つあってようやく、1つの何かになれる。』ってね」

「あ、それはちょっと怖いな。メンヘラってやつかな。愛が重そうだな。」


 いかんいかん、つい心の声が出てしまった。悪い癖である。


 まあ確かによくよく考えたら、一目惚れした女のために数年身を粉にして働き続けられるんだから、まともな神経をした男性とは言い難いかもしれない。


「めん……へら?は良くわからないけど、とにかく私は彼に文句を言ってから死にたいのよ」

「文句……?」


 いつの間にか、周囲から人が消えていた。


 不気味な静けさの中で、リーナさんは怪物に歩み寄り、ついにその胸元のペンダントを怪物のものと合わせた。


「……ふふ、あなた。先に逝っちゃうなんてひどいじゃない。

でも大丈夫。今、行くわ。」


 真っ黒な瘴気の中で出来たそのハートは、まるで彼女の命の輝きのようで。


「リスタさん、だめ……!」


 絞り出した声も虚しく、目の前でリスタさんはその瘴気に包みこまれていく。


 苦しそうな、それでいて笑っているような声が聞こえた。


「そうだ、リーナちゃん。あなたの髪、とっても綺麗な色だと思うわ。

誰がなんと言おうと、私は好きよ。」


 崩れ落ちてゆくリスタさん。

最後に、その綺麗に紅のひかれた口元が動き。


『生きて』


 と言っていた気がした。


3/12 タイトルのみ変更いたしました

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