4.ナンパされたら恋愛相談でした
「ねえねえ、お嬢ちゃんこんなトコでどうしたの〜?もしかして、迷子?」
頭上から聞こえてきたねっとりとした声に見上げると、20台後半くらいであろう白髪の女の姿。
(ナンパ、じゃないよなそりゃ。そんなことより……)
「……酒くさ」
「あぁ゙ん?」
おっといけない、心の声が漏れてしまったようだ。10歳にもなって「おもらし」、これは恥ずかしい。
「あーっと、なんでもないです。おばさ…お姉さん、私に何か用ですか?」
危ない危ない。つい「おばさん」と言いかけてしまったが、よくよく考えたら前世+今世の私とほぼ同じくらいである。
そんな私が「おばさん」とか言われたら凹む。人にされて嫌なことは人にしない、これ大事。
心のなかで自分に道徳教育を施していると、そのお姉さんは一瞬面食らったような顔をした後、気を取り直したように私に再度話しかけてきた。
「あなた、何か今失礼なこと言いかけなかったかしら?
……まあいい、迷子なんでしょ。私についてきなよ、助けてあげる」
なんとも甘いお誘いだ。こんな真っ昼間に酒の匂いをさせて路地裏を徘徊するお姉さんの誘いでなければ、今すぐにでも乗りたいのだが。
年齢から見たところ、別に歳のせいで白髪になっているわけでもあるまい。この国での白髪の扱いにこの酒臭さ、そしてそれなりに整った容姿を鑑みれば、自ずとこの女の境遇も見えてくる。
(まあ普通に考えたら、このまま一緒に娼館に連れて行かれるか、どこぞに売られてこの人のポケットマネーの足しになるか、だよねえ……。)
とすれば、答えは決まってくる。
「お断りします。それに、私には連れがおりますので」
きっぱりとお断り、これが最適解だろう。ちなみに連れというのは無論、ハクのことである。
(厳密には、『ついさっきまで連れだった』なんだけどね。ああ、早く合流しないと)
女性の手を振りほどき、足早にその場を去ろうとしたのだが。
「待って!」
とまたも呼び止められてしまった。
「なんですか?連れがいるのは本当ですよ、あと私を売ろうとしたってそんなに……」
お金にならないと思います、と言いかけてやめた。
(……泣いてるの?)
俯いていたが、背が低く見上げる形になっている私にはわかる。
(え、そんなに私を売りたかったの?私そんなに魅力的な顔だったか?ってかそもそもフード被ってるからほとんど顔見えないはずだよな)
いきなり彼女が泣き始めた理由が全くわからず、戸惑って動けずにいると。
「っごめんなさい!」
「……はへ?」
女性がいきなり謝ってきた。酒臭いのは相変わらずだが、その表情からは先程までの怪しさや、虐げられてきた者特有の卑屈さが消え、年相応の可憐さすら見える。
「あなたを売ろうとしていたのは事実です、お金に困っていて、それと……」
と、そこで彼女は一度言い淀み、迷うように目を伏せてから続けた。
「それと、最近主人がその……
なんだか、おかしくて」
ほほう、旦那さんがおかしいとな?
一体どういうことなのだろうと気になった私は、その場にちょこんと座り話を続けるよう促す。
「……私は、元は名のある男爵家に産まれたのです。でも、こんな髪色ですから産まれてすぐに娼館に売られてしまって。そこからはずっと働き続けて、なんとか生活していたのですが……」
ある日、店に一人の男が尋ねてきたという。
「その方も私と同じ白髪の生まれで、色々苦労なさったようです。でも、数年前に私の姿を見た瞬間、一目惚れしたと仰ってくださったのです」
そして惚れた女を自分のものに(身請け)するため、数年の間文字通り身を粉にして働き、ようやくお金が溜まったので迎えに来たと、そういうことらしい。
もちろん彼女に断る理由はなく、天にも昇るような気持ちで誘いを受け、そこからは男と幸せに暮らしていたという。
なんて感動的なお話、リーナは泣いてしまいますよ。
しかし、現実はそう簡単にはいかないものらしい。
「……でも、良く考えたらおかしいのです。売れっ子というほどではないにしても、私にはそれなりにお客がついていました。その分を加味しても、お店が私の身請けを許可するくらいの金額。それを、稼ぎ口の少ない彼が簡単に、数年働いたところで工面できるのでしょうか。」
白髪というからには、当然精霊と契約など出来ようはずもなく、まず精霊術を使用する職に就くことは叶わない。
なんならその他の多くの職場でも、「白髪がいると評判が落ちる」やら「精霊が寄ってこなくなる」という(本当かもわからない)理由で忌避されてしまい、まともな稼ぎ口を得ることはほぼ不可能と言ってよいだろう。
(いや、その10倍嫌われている私って一体どうなっちゃうんだ?もはや精霊に殺される勢いなのでは…!?)
勝手に悲しくなっている私をよそに、彼女の話は続く。
「嫌な予感は、当たりました。ある日、私達の小さな家の玄関を乱暴に叩く音がしたのです。」
恐る恐る女性が見に行くと、そこには数人の屈強な男が立ちふさがっていたという。
「怖くて動けない私に、その方々は怒鳴るように、こう言ったのです。
『あぁ゙?今月分の金、まだ返してもらってねえんだが?』」
(なるほど、そういうことか。)
まともに働くことすら難しい彼が、一体どうやって巨額を用意したのか。
「借金、ですか。」
「はい、彼は私に内緒で、私の身請けのためのお金を借りていたのです。」
それも、かなり良くない連中から。だが担保にするものなど持ち合わせていないだろうから、返せなければ体の一部でも切り取って売る約束でもしたのだろう、と彼女は言った。
「その日は、何度も謝って帰ってもらうことに成功したのですが……。
それからです、彼は始終なにかに怯えるような表情で、私が話しかけてもうわの空、という感じでした。」
だが、数日前から彼の様子がいきなり変わった。
「何故か、異様にウキウキと興奮するようになって。
良いことのはずなのに、それは以前の彼ではないみたいで……その様子が、恐ろしかったのです。」
そして、心配になった彼女は一度、昼間に仕事と言って出かける夫の後をつけてみたのだという。
「そしたら、彼は職場には行っていませんでした。代わりに着いたのが、ここだったのです。」
この路地裏に入っていくのを目撃した彼女だが、肝心のどの建物に彼が入ったかが分からず、なんだか怖くなってその日は引き返したのだという。
「でも今日の朝、興奮した様子の彼が朝食の時、呟くのを聞いてしまったのです。」
ついに、この時が来た…!
想像して、全身の鳥肌が立つ感覚がした。様子のおかしくなった夫、異様に興奮しおかしなことを口走る。
(異常だ。)
何か、尋常ならざることが行われている。そんな気がした。
「なるほど、それで今日、勇気を出してまた路地裏に来た、と。」
「はい、すみません。こんなに関係のないことを、無関係な……それもまだ年端もいかない子供のあなたに話してしまって。」
「あ、大丈夫ですよ。一応今年で10になります。」
カッコで、「10(+20)です」と付け加えたい気持ちもあるが、流石にこの見た目で30というのは無理があるだろう。
「えっ、じゅ、じゅう……!?てっきり6くらいかと……」
10でも無理があったらしい。いや本当に10歳なのだが……どうも私は成長が遅いようだ。
「大丈夫ですよ、これからまだまだ伸びる予定です。あと育つ予定です。」
前世いわゆる「ぺちゃ……」の私、今世こそは育ってほしい。どことは言わないが。
「……ふふっ、お話聞いてくださってありがとうございます。なんだか元気が出てきました。」
「それは良かったです、ところでお姉さん今笑いましたね?失礼なこと思いましたね?」
先程までの自分のことは棚に上げ、笑っている女性に詰め寄る。
ほっぺたを膨らませ、抗議しようとしたその時。
「……あ、あなたっ!!!」
急に緊張したような声を発した彼女の目線の先を追うと。
「はは、ははははっ……!これで、これで俺もあいつらを……!!」
何かに酔っているのか、おぼつかない足取りの若い男性が向かいの建物から出てきた。
(あ、さっきヒソヒソ話してたのと同じ声だ。ダメだなー、怪しい薬の勧誘に負けてしまいましたか。)
定まらない目線と、口の端に泡まで浮かべたその男性を見て同情にも憐れみにも似た感情を抱き、女性の手を引いて逃げようとしたのだが。
「ん?さっき、『あなた』って言いました?」
嫌な予感がする。猛烈に。
「あれが、あの人が……
私の、夫なのです。」
あの口の端から泡出して明らかにイッちゃってる男性が!?というセリフを寸前で飲み込み、主に一方のせいで全く目線の合わない二人を交互に見る。
すると突然。
「俺も、オ゙れ……オ゙レも゙……ぁ゙ィ゙ツラ゙みタィ゙二…」
男性の首が変な方向に曲がり始め、言葉にも何か雑音のようなものが混じり始めた。
様子が変だ、と思う間もなく、こちらに向かってくる彼の体に光る「亀裂」が走る。
「な、なに…!?」
その亀裂は彼の全身を覆いつくし、次の瞬間。
ドォォォォォォン
凄まじい音と光と共に、男性の体が爆ぜた。
そして、その中から現れたのは。
「あな、た……?」
全身からどす黒い「瘴気」としか言えないものを発した、赤黒い塊だった。
3/12 タイトルのみ変更いたしました




