17.七色に揺れる真実
「ノワ、ノワ……!?」
塀にもたれ掛かり、目を瞑って苦しげに息をするノワ。
(なんで、どうして……!?)
必死に揺すってみるも、その目は開かない。
「ノワ、起きて――」
『リーナちゃん』
突然聞こえてくる声。藁にもすがるような思いで、私は彼女に訴えかける。
「助けて妖精さん、ノワが!!」
『落ち着いて、あなたが焦っても仕方ないわ。
はい、すーはーすーはー……』
妖精さんの掛け声に合わせ、ゆっくりと深呼吸する。
「……ありがとう、落ち着いてきた」
『ふふ、それはよかったわ。
いい?リーナちゃん。その子……いえ、ノワはあなたが救いなさい』
真剣な声で、そう告げる声。
「救うって、まさかノワこのまま死――」
『だから落ち着きなさい。
大丈夫よ。おそらくこのままにしても、明日には元に戻るわ』
「よ、良かった……!良く、はないけど良かった……!」
苦しそうな様子のノワに不安にはなれども、ひとまず命に支障はないと聞いて安心する。
しかし、そんな私に妖精さんは真剣な声のまま言った。
『良くないわ。思い出してリーナちゃん、あなたの命も明日までなのよ』
(……あ)
固まる私。
「そ、そうだった全く良くないじゃん!!私このままだと死ぬじゃん!!」
『だから、よ』
テンパる私。対照的に冷静な声で、彼女は続ける。
『ノワなら、この魔法の空間を容易く打ち破れる。
だからリーナちゃん、あなたがその子を助けなさい』
「……私に、出来るの?」
思い返せば、私はノワに助けられてばかりだ。
(……また、迷惑かけちゃったし)
そんな私が、本当にノワを助けることなんか出来るのか。
『あなたにしか、出来ないわ』
ふわっ、と緩まる空気。
(……ああ)
きっと彼女は今、とても優しく微笑んでるんだろうなと。そう、思った。
「……よし」
両手でガッツポーズ。こんな小さなことでは、受けた恩は到底返しきれないだろうけど。
「やってやろうじゃないの!!」
心は、決まった。
『その意気よ、リーナちゃん!』
「ふふん!それで何をすれば!?なんでも――」
『キスしなさい!!』
(……は?)
「……は?」
思わず心の声が漏れた。いや、よく考えたらこの妖精さんにはどっちも聞こえてるのか。
『だからキス。キッスよ!』
「聞こえてるわ!!あと言い方変えないでよろしい!」
(いや。
……聞き間違いで、合ってほしかった)
みるみる赤面する私。妖精さんは続ける。
『そんなに照れちゃって、うふふっ。
しょうがないわね、じゃあ譲歩して額で良いわよ』
「譲歩して!?一体もとの想定はどこだったんですか!?」
『そりゃ――』
「言わなくて良いですやっぱり!!」
(はー……)
一旦気持ちを落ち着けよう。深呼吸深呼吸。
『リーナちゃん、ノワの苦しみだけじゃなくあなたの命もかかってるのよ。安いものよ!大特価出血大サービスよ!』
「……それは、そうだけど……」
(き、きす……)
どこの部位だろうが、一回たりともしたことはない。前世含めて一度も!
(……そういえば、ノワにはこの前してもらったな)
思い出して、またも赤面する私。
『あらそうなの?うふふふふそれは見たかった……じゃなくて、ならお返しだとでも思えば良いじゃない』
「心の声聞くのやめてください!!プライバシーの侵害です!!」
「っう……」
うめき声。ノワだ。
(……苦しそう)
その様子を見て、一度私はぎゅっと目を瞑り。
「妖精さん、ホントにそれじゃないとダメですかね……」
『ダメよ。一番力のやり取りには効率が良いわ、ほんとは額じゃなくて――』
「わかりました!わかりましたしますよ!」
(……うー)
数秒の沈黙。
意を決して私は目を開け――
(……ノワ)
祈りをこめて、ノワの額に口づけをした。
ふわり。風が舞う。
『ふふっ。
……上出来よ、リーナちゃん』
その瞬間鈴のなるような彼女の声と共に、ふわっと美しい香りが広がった。
(な、なにこれ……!?)
体の奥から、力が湧いてくる。
その力は私の全身を満たし……そして、ノワの方へと流れ込んでいく。
思わずノワから離れ、彼の額――私が触れていたところを見ると。
「金の、」
(薔薇……?)
それは一瞬だけ光り、すぐに闇に消えていった。
呆然としていると、ノワの口が動く。
「……セレ、ネ……?」
「っノワ!」
彼の目が、開く。美しい、赤い――
「虹、色?」
ありえない色だ。思わず、呟いてしまう。
そう、彼の瞳は七色に輝きを帯びていた。まるで、満月に輝く星のように。
(綺麗、だけど)
少しだけ。……怖かった。
「っ来るな!」
するとそんな私の様子を見たノワが、目を片手で覆い後ずさった。
「この目は、誰にも――」
「っ良かったぁぁぁぁ……!!」
思わず私は、その場にへたりこんでしまった。
「リーナ、どうし」
「だって、だってノワ」
(このまま、死んじゃうかと)
安心から、涙さえも出てくる。
死にはしない、と言われていても、これだけ弱った彼の姿を見るのは初めてで。
(また、私のせいで誰かを不幸にするんじゃないかって)
「……怖かった」
ぼろぼろと大粒の涙をこぼす私を、戸惑ったようにノワは抱き寄せる。
「……すまないリーナ、ありがとう」
「ノワの、バカ。バカ魔王っ」
「あぁ。心配をかけたな」
ぽんぽん、と撫でられる。
その手の暖かみのお陰で、少し涙も引いてきたころ。
「……裏切った、というのは正確ではないな」
ぽつりぽつり、ノワが話し始めた。
「俺の魔力は、月が満ちるほど弱まっていく」
少しだけ、目を伏せるノワ。
「……精霊と、逆?」
「あぁ。どこまでも俺は、女神に嫌われてるらしい」
ははっ、と力なく笑う。
「そして、完全に月が満ちた……満月の夜」
言葉を選ぶような、一瞬の静寂。
「見ての通り、俺は。
……悪夢の中に、引きずり込まれるんだ」
「悪夢、って?」
「この国が、魔国が。
――滅びるんだ」
彼がもっとも、恐れること。それこそがその夢の内容なのだろうと、そう感じた。
「滅びるって、どうやって」
「燃え盛る炎に、魔王城が飲まれて――その時決まって、女の声が聞こえてくるんだ」
焼け落ちる建物。壊れゆく魔国。
その中心で呆然とする彼に、声は呼び掛ける。
「何て言っているのかはわからない。必死なような、なにかを訴えるような声。
……もしかしたらあれは、女神なのかもな」
「女神?」
「あぁ。英雄を瀕死に追い込んだ俺に怒って、魔国を滅ぼそうと。
……まぁ、女神の姿はおろか、声すら誰も聞いたことはないのだがな」
女神。フォルテを守護する、光の存在。
「そして」
暗い表情で、ノワは続ける。
「……あの時も、満月だったのだ」
「あの時って」
「数百年前。
……英雄と、俺との戦いだ」
(…… ああ)
ノワが「逃げた」とされる戦い。
その「裏切り」によって、魔王軍は多くの同胞とその長……魔王を失った。
「でも、それならノワは裏切ったんじゃなくて。
今みたいになっちゃって、しょうがなかったんじゃ」
暗い顔のノワをなんとか励まそうと、私は必死に訴える。
しかし、ノワの表情から影は消えない。
「……いや。俺を英雄の元へ向かわせたのは、フォンセだ」
「どういうこと……?
フォンセが派遣したけど、ノワが動けなくなるっていう予想外の事態が起こって」
その結果、本来そこで倒せていたはずの英雄は魔王のところへ――
「違う」
強い否定の言葉。思わずノワの方を見ると。
(震えて……?)
ノワの膝の上の手が、ぎゅっと握られ……わずかに、震えていた。
痛みに、いや理不尽に堪えるような声で彼は続ける。
「あの男は。フォンセは、俺がこうなることを」
一瞬の間、そして。
「――知って、いたのだ」




