16.再会、その直後に
「ち、ちょっと待ったぁ!……って、ノワ?」
空をバンジージャンプしながら私は叫ぶ。無論、紐などないため命が飛びかけているが。
『リーナちゃん!思いっきり腕を広げなさい!』
「ふぇ!?なんで!?!?」
『死にたくないでしょ!早く!』
(はい、死にたくありません!!)
命は何よりも大事、ということで妖精さんの指示通りばっ!と勢いよく両手を開く。
「んぉぉぉぉぉ!!」
(全然効果無さそうですけどぉぉ!?)
もちろん、私の腕には翼もなにもない。落下速度になんの違いも感じられないまま地面に近づいていき――
ボフッ!
「あ、死んだ!!死ん……」
(……で、ない?)
地面に激突したはずの身体に伝わってくるのは、柔らかい感触。
恐怖のあまり瞑っていた目を、恐る恐る開けると――
「!ノワ……!」
「あぁ。すまない、遅くなったな。
――無事で、良かった」
そう言って、抱き締めてくれるノワ。少し照れ臭いような、けれど安心と嬉しさが混じったような気持ちで抱き締め返していると……
『ん~尊い推せる……!!可愛いわぁ二人ともうふふぅ……!!』
ゾワッッ。
全身の毛が逆立つ声が聞こえてきた。妖精さんである。
「助かったのは良かったけど!!そんなにじろじろ見な――」
「リーナ?」
叫んでしまってから、ノワの不思議そうな顔を前にして気づく。
(あそうじゃんーー!!私にしか聞こえないんやんーー!!)
『うふふっ、そうよ。あぁ可愛い……』
いやぁぁぁぁぁ!!やってしまった!!
焦りに焦って、なんとか言い訳しようとするも。
「あ、いや違……な、なにが違うんだいや見ないでってそういうことじゃうぁぁぁ」
「……」
焦りすぎて言語かすら怪しい文章が口からついてでる。
それを聞きながらぽかん、とした顔でフリーズしているノワ。
(あ、これ完全にやらかした)
頭おかしいやつ、ということで捨てられても文句は言えまい。
(あぁ、さよなら私の魔国生活――)
「っ……はははっ!」
絶望の表情を浮かべる私の耳に聞こえてきたのは、心底愉快そうな笑い声。
「……ノワ?」
「ははっ、お前……はははっ」
まさか私が狂ったと思い、合わせてくれているのだろうか。
(それはなんか……優しいけどもちょっとずれてる気が)
反応に困っていると、ノワが話し出す。
「なんだ、あれだけ心配したというのにお前は……ははっ」
「なぬっ……!!」
「お怒りのあまりもはや笑えてくる」パターンだったか。これはまずい。
「も、申し訳ございませんノワ様ご迷惑をお掛け致しました全てわたくしの責任に」
「違う、怒っているわけではない」
ふー、と息を吐くノワ。笑いは収まったらしい。
「ここは敵地のど真ん中だぞ?命も危うい状況だ。そんな中で……ふふっ、お前というやつは」
再び笑いの波が襲ってきたらしい。なんだか忙しそうだ。
(よくわからないけど、怒って……はいないっぽい?)
ひとまず捨てられはしなさそうな安心で、ずるずるとノワの体から落ちかける私。
「おっと」
それを両手で支えて、ノワは私に微笑みかける。
「……お帰り、リーナ。
――無事で、本当に良かった」
心底私のことを心配していたのだ、と伝わる目。
(あぁ、私の居場所は)
「……ただいま、ノワ」
帰る居場所がある。無事を願ってくれる人がいる。
(……ああ、あったかい)
ぼんやりと幸せを噛み締めていると。
「っ、まだ喜ぶには、……早い、よ?」
聞こえてくるのは、苦しげなネロの声。
「なんだお前、まだ生きていたのか」
不快そうに返すノワ。私をその場に下ろし、ネロに歩み寄る。
(そういえばさっき、ネロに止め指そうとしてた気が――)
「さて、一応聞いておいてやろう。
最後に言い残すことは?」
あ、気のせいじゃなかった!バリバリ殺そうとしてるわこれ!
「ノワ、だめ!!ネロを殺したらこの城の魔法を使ってる人がわからなくなる!」
「この城の魔法……?あぁ、それならこいつで合ってるぞ」
そう言ってネロを指差すノワ。
「え?ネロの固有魔法って炎じゃ」
「いや、こいつの異名は『時の番人』。時を操る古き魔族だ。
……というかリーナ、いつの間に固有魔法なんて言葉を覚えたんだ?」
ぎくぅぅぅっ!!
(私にだけ聞こえる自称妖精さんが教えてくれました!とか言ったら……)
うん、完全に頭がおかしいやつだ。捨てられるまで行かずとも、最低でも心配はされるだろう。
(よし!妖精さんの存在は隠して……)
「あー、ハクが教えてくれまして!この前!はい!」
「……またあいつか」
少し不機嫌そうなノワ。何故かわからないが誤魔化せたっぽいので良しとしよう。
「まぁとにかく、これでこいつを殺しても問題はあるまい」
「はっ!望むところ、だ」
息も絶え絶えに答えるネロ。
殺す希望の人と……殺される希望の人?
(いや、それはもはやドMの領域超えてない?)
命大事に、を信念とする私には理解できない点で通じ合うお二人。
「最後の言葉は、それでいいのか?」
ノワは静かに指を向ける。
先端に現れるは、燃える小さな炎。
「はっ!うらぎり、もの、め……僕は、認め、ないからなっ……!
っ……フォンセ様、いま……まいり、ます」
そう言って、目を瞑るネロ。
(……あれ?)
ネロに向けられた炎が、ほんの僅かに。
(揺らいだ……?)
気のせいかもしれない。ほんの一瞬の出来事。
「……『炎の《フレア》――」
「待って!!!!」
気がついたときには、私は駆け出していた。
(止めなきゃ!!)
何故かわからない。それでも。
(ノワに、ネロを殺させちゃいけない)
そう、思った。
「……リーナ。こいつはお前を殺そうとした」
ぜえぜえ言いながらも必死にノワの前に立って止める私に、ノワは少し低い声で言う。
「だからって、そんなことで」
「そんなこと?」
ぴくり、とノワの眉が動く。
瞬時に重みを増す空気。
(息が、できないっ……!)
何かに上から押しつぶされるような、そんな圧迫感。
(……怖い)
だけど。
ここで目を逸らしたら、きっと後悔する。
それは、私も。そして――
「ノワ!」
一瞬だけ見えた揺らぎ。それは彼自身の、躊躇いにも見えたから。
「……過去に何があったかは知らない、ノワが先代――フォンセを裏切ったのだって、本当かはわからない」
「っリーナ、なぜそれを――」
「でも!!」
ノワの瞳を、正面から見つめる。
(……真っ赤なのは、瞳だけで十分)
「ネロを、殺したくないのでしょう?」
「なっ……!」
否定しようと、言葉を探すように揺れ動く瞳。
(……やっぱり)
しかし、その口からはどんな言葉も出ては来ない。
「過去に縛られていたのは、俺も同じ……か」
やがて、ノワが静かに手をおろした。
「……わかった」
短く、小さく息を吐く。
「処刑はやめだ」
「よ、よかった……!!」
安心する私。しかし――
「よっと」
パチン
(んぉぉぉぉい!!!)
安心したのもつかの間、再びノワが素早い動きでネロの額に指を弾いた。
「えっ、えっ?わかったって言って、え?」
騙されたような、ショックを受けたような顔でフリーズする私。
それを見て、ノワは再び笑い出す。
「ははっ、安心しろ。眠らせただけだ」
「ん?
あ、ほんとだ……」
ネロをよく見ると、確かにその胸は小さく上下していた。
(……ほんとに、よかった)
安堵から胸を撫で下ろしていると、私の目の前に差し出される優しい手。
「……ノワ」
「さて、リーナ。これで万事解決だ。
俺達の家に。魔王城に――」
当たり前のように。
本当に、なんでもないことのように彼は言う。
「……帰ろう」
そう言ってこちらを振り向いたノワは、しかし突然一点を見つめて静止した。
「ん、ノワ?どうしたの?」
私もその方角を見ると、そこには昇り始める――
「……満月」
思わず、その美しい光に魅入ってしまう。
「きれいだね、ノワ――」
ドサッ
背後で、何かが崩れ落ちるような音。
(……?)
再び振り返ると、そこには苦しげに胸を押さえ、倒れこむ――
「っえ?
……ノ、ワ?」




