15.揺れる王国と動き出す白
「魔国の使者様、改めてお礼を申し上げます。
私はこの町の管理を任されております、ドルクと申します」
そう言ってハクの前で恭しく膝を付くのは、赤髪をした風格のある男。
(赤……といえばこの国での身分はそこまで高くはないはずですね)
「その若さでその地位とは、よほど優秀でいらっしゃるのでしょう。そのようなお方に出向いていただけたこと、我々は大変嬉しく思います」
そんな男――ドルクにハクは優しく微笑みかけ、楽な姿勢になるよう促す。
では失礼して、と言ってハクの前の椅子に、机を挟んで座るドルク。
「それでその、王家の方が聖女様のお子……黒髪の王女様の存在を隠し、虐げていたというのは」
躊躇うような様子の青年に、ハクはゆっくりとうなずき返す。
「ええ、本当です。お怒りになった女神様はここ、王都に魔物を派遣なさいました」
そこでハクは、憂いを帯びた瞳を伏せる。
「しかし心優しい黒髪の王女様は、民を救うためその魔物の前に現れたのです」
「そ、それが数週間前に起こった魔物騒動……!王家の顔立ちをした黒髪の少女と、人型の魔物が現れたと報告を受けて討伐に向かいましたところ、すでにどちらの姿もなく」
「そう!その王女様が魔物を討伐なさったのです!!」
語尾強めに盛り上げていくハク。その声音は、疑う余地を一切与えない。
ハクの言動に飲まれ、ドルクはごくりと唾を飲み込んだ。
「しかし当の王家は、あろうことか保身のために王女様を処刑しようとしたのです。そしてついにお怒りが頂点に達した女神様は、この国の加護の要である壁を破壊なさいました……」
「な、なんと……!それでこんなに沢山の魔物が、全て王家の責任ではありませんか!!」
「えぇ、その通りです。あぁ、なんとおかわいそうな王女様、そして皆様フォルテの民よ……」
目に涙まで浮かべて言い募るハク。つい先ほどまで太った男を氷漬けにしていた人物とは思えない。
「ですが!!」
ハクの急な大声。びくっと飛び上がるドルク。
「我々は皆さんのためにも、王女様を救出し我が魔国の保護下としました」
「では王女様は生きておられるのですね……!!でも、もしもそのまま王家が処刑を実行していたら」
「この国は、既に。
……消滅、していたかもしれません」
恐怖と、そして王家への怒りに顔をひきつらせるドルク。
そんな彼へ、ハクはとても優しい微笑みを向ける。
「大丈夫ですよ、ドルク様。
お優しい王女様のご命令により、こうして我々魔国の者が皆様をお守りすべく派遣されたのです」
背中の白き翼も相まって、本物の天使のようなその様に思わず涙を流して拝むドルク。
「な、なんと……!!ありがたい、本当にありがとうございます……!!」
ばっ!と深く平伏するドルク。ハクは優しく語りかける。
「皆様の安全は、私どもが全力でお守りいたしますからね」
「は、ははーーっ!!我々は今、魔王様の傘下に加わることをお誓いします!!
おい、お前ら聞いたか!今すぐこの事を皆に伝えよ!」
「はっ!!すでに使者を――」
ドルクが配下の者を伴い、急ぎ足で部屋から出て行った。
それを確認すると、ハクの顔に浮かんでいた微笑みはすぐに消え去る。
「ふぅ。これで、同じ轍を踏むことは避けられましたね」
冷静沈着な『魔王の右腕』は、自らの策略の成果に静かな満足感を感じていた。
(……まぁ、全て作り話なのですけれど)
魔王城にて、彼がノワから聞かされた計画は驚くべきものであった。
『女神の壁の崩壊、そしてリーナの存在、魔物の襲撃。
全てを公表し、原因のわからないこれらを王家の責任とする』
(リスクが高すぎる、と思いましたが。案外うまく行ったものですね)
安堵からか、ため息が漏れる。
「ですが。
……火のない所に、煙は立ちませんから」
贅沢の限りをつくす側妃、その力を元に王宮を牛耳る父公爵。
それらの浪費を賄うため、上がっていく税と広がる格差に苦しむ民。
五年間。ハクはそんなフォルテの状況を、間近で見てきた。
(……所詮、王家が王家であれたのはその先祖。
――大英雄への、信頼だけ)
だからこそ、王家はリーナの存在を執拗に隠し続けた。
王家の、英雄の、精霊の象徴たる金が……失われたと知られては、権威の失墜どころでは済まない。
(元々、王家への不満は積もり続けていたのでしょう。私がここに来ずとも、あるいはすぐに──
崩れていた)
そんなことを考えていたハクは、ふとなにかに気がついたように目を上げる。
「……おや、始まりましたか」
外から、怒号が響く。
その中には金属の擦れる音も、かすかに混じっていた。
そして、それらが向かう先は――王家。
「さて、と」
静かに椅子から降りて、立ち上がるハク。
窓に歩みより目線を向けるは、魔国の方角。
「あとはそちらだけ。
……頼みましたよ、ノワ」




