13.時を喰らう炎
ドドーン!
激しい炎の応酬。あっという間に周囲は焼け野原となり、そこに生の気配は一切感じられない。
自身の身を守ろうと、ネロは周囲に炎の壁を展開するも。
グルワァァァァ!
ノワから放たれた炎が龍の形となり、壁に喰らいついた。
ピキピキ、ピキッ
竜の牙から、炎の壁に無数の亀裂が走る。
――そして、次の瞬間。
バキッ
壁は、内側から崩壊した。
「っぁあ……!!」
爆風に吹き飛ばされ、城の壁に叩きつけられたネロ。
衣服はところどころ焦げて、ボロボロの姿。しかしそれでも、目に宿る憎悪の光は弱まらない。
「いい加減に、負けを認めたらどうだ」
声をかけ見下ろすのは、魔王ノワ。その姿に傷は一つもなく、表情には同情の色すら見える。
「それなら僕を殺せ!!今度こそ、僕の命をお前の手で絶ってみせろ!」
「それは出来ない」
「なぜだ!!直接手を下すのが怖いのか!?」
答えないノワに、ネロはなおも続ける。
「裏切り者で、卑怯者。お前はそうやって、あの方も――
フォンセ様も、殺したんだな!」
ぴく、とノワの眉が動く。一瞬、空気が止まった。
その様子を見たネロは、口を三日月型に歪めて言い募る。
「あははっ、この城は僕の魔法で出来ている。数百年、魔力を込め続けた……ね」
心底楽しそうに笑うネロ。それを見下ろし、ノワは問いかける。
「……何が言いたい」
「だからね」
城が、歪んだ。
「その中にいるすべての生き物は、僕の手のひらの上で踊らされる駒でしか無い」
そう言うと、彼は片手を前に出す。
「僕の思う通りに動く駒。あははっ!
……そんな中にいる、君の大事な大事な妹はどうなるかな」
そして、その手を握りしめた。
まるでその中にいる何かを握りつぶすかのように、強く、強く。
「……お前」
途端、周囲の空気が燃え上がった。
「おっと」
素早く距離を取るネロ。その表情は興奮に溢れていた。
「そう、それだよ!!そうこなくっちゃ!!あはははっ!」
対象的に、地を這うように低く、殺気立った声が辺りに響く。
「良かろう。
その望み、叶えてやる」
そう言うとノワは、片手を天に向かって突き出した。
「旧神たる魔王の名のもとに命ずる。我が怒りを以てその理を砕け」
その詠唱は、神話にのみ語り継がれる伝説のもの。
「ははっ……先代を弑し、あまつさえそれを超えるか!!
ならば僕も、僕自身の全力を以て――
お前を、殺す!!」
そう叫び両手を広げるネロの手に、今や炎はない。
彼の背後に無数の黒い時計が現れ、あっという間に空を覆い尽くした。
「怒れ、叫べ、貫け。
――『大罪・憤怒』」
「遡行せよ!
――『旧時の指針』!!」
赤と黒。2つの光が、衝突した。
「……『時の番人』ネロ」
火花を散らす光に照らされ、ノワは静かに告げる。
魔法の維持に精一杯のネロに、答える余裕はない。
「俺は、お前の魔法が好きだった。
――そして」
徐々に光の筋は、赤く染まってゆく。
「あの男も」
ネロの眼前に迫る赤。必死に押し戻そうと魔法を展開するも、間に合わない。
「……フォンセも。
お前の魔法を『美しい』と、そう言っていた」
光が、弾けた。
「っあぁぁぁぁぁ!!!」
吹き飛ばされるネロ。なんとか受け身を取ろうとするも、限界に近い彼の体はそのまま塀へと叩きつけられる。
「確かにこの場所は、お前の魔力で満たされている。
だからきっと俺は、負けていたはずだ」
倒れたネロへ、歩み寄るノワ。
「あの時と。
……お前とここで決闘をしたときと、同じ実力差だったなら」
ずっと前。彼がまだ「魔王」となるよりも、さらに前。
『なぜ殺さない!!お前は、お前まで僕をバカにするのか!!』
彼の前で膝を付いた少年は、その時もそう叫んでいた。
「お前の固有魔法は、『時』だ。
古きものを大切に、未来へと刻んでいく。
……本当に美しい、魔法だ」
彼の脳裏に浮かぶ、優しい顔。
(ふさわしいか否かで言ったら、あいつが一番魔王らしくなかっただろうな)
思い出したように、ふっと笑うノワ。
「……フォンセは、そんなお前の魔法を。いや、お前自身を評価していた」
『彼はね、頑張り屋さんなんだよ』
まだ幼い彼に、魔王はそう言った。
大切な子の成長を願う、父親のような顔で。
「なぜお前が負けたかわかるか?ネロ」
荒い呼吸のネロに向けて、静かに問う。
「お前は、過去に縛られた。
……未来に向けて、時を刻むことをやめたのだ」
敬愛する魔王――フォンセの死。
その日から、彼の「時」は止まった。悲しみと憎悪とに、縛り付けられたのだ。
自身の憧れで、同時に自身を焼き尽くした最も憎む存在。
そんな魔法を、無理やり自身のものにしようとするほどに。
「……くだらない炎なんぞに、時間を費やさず。
自らの魔法と、『時』と向き合っていたなら」
沈みかけの空の下、ノワはどこか悲しそうな目をして言う。
「今、そこにいるのは。
……お前では、なかったかもしれないのに」
ボウッ
小さな炎が、ノワの指先に灯った。
その指を、光をネロに向けノワは呟く。
「さらばだ、時の番人よ」
一瞬、指先の光が揺らいだ。
(お前の守りたかったものは、俺が守り継ごう)
炎が、燃え上がり。
ネロを貫――
「ち、ちょっと待ったぁぁぁぁぁ!!
……って、ノワ!?」




