11.黒の激昂と白の謀略
「なんとも、趣味の悪い」
巨大な門を前に、ノワは呟く。
その奥に見えるのは、己が城……魔王城にそっくりな、巨大な建造物。
(やはり、ここか)
「……歪んでいる」
魔力を見るノワの目には、その城は明らかに湾曲して映った。
(かなり濃い魔力だ。
……厄介な)
数百年前、最後に剣を交えた時からは考えられないほどに強大な力。しかし、ノワはそれを恐れるどころか忌々しげに舌打ちをする。
「魔力探知が効かん、これではリーナの居場所が掴めない」
ひとまずは中に入ろうと軽く門に触れ、押して開けようとするも。
バチッ
「っ!」
触れた瞬間、反発するように散る火花。同時に流れ込む電流のような衝撃に、思わず手を離してしまう。
「やはりこの門にも、何かしらの仕掛けが施されているようだな」
一瞬、門を破壊して中に入ろうかと考える。
(……下手に暴れて、中にいるリーナに危害が及んでは困る)
ため息をついて、他の入り口を探そうと門に背を向けようとしたその時。
「……ノワ!!」
門の中より聞こえる、幼い声。
思わず身を乗り出すと、そこには。
「リーナ……!?無事だったか!」
そう、ノワの目的である、小さな少女の姿があった。
少女は門から少し出たところで、ノワに向けて叫ぶ。
「ノワ、ここから出られない!!その門は、この魔王城に向けて跪けば開くの!!
お願い、早く!!」
助けを求める少女の姿。しかし、ノワは動こうとしない。
「ねえ、ノワ!!助けて!跪いてよ!」
助けて、助けて。連呼するその様子に、やっとノワは静かに答えた。
「……その必要はない」
右手を前に出し、軽く握るノワ。
グシャッ
「ぇ゙」
何かが潰れるような音とともに、少女の形が崩れる。
しかしその血も肉も、一切何も周囲には飛び散らない。
「な゙ン゙、デ」
それどころか、それはまるで粘土でできているかのようにぐにゃぐにゃと形を変えながら、『リーナ』へと戻ろうとする。
「なんで、だと?」
問いかけに、ノワは静かな怒りをはらんだ声で答える。
「リーナは……俺の妹は。
そんなことは、決して言わないからだ」
門に向けて、一歩を踏み出すノワ。
その瞬間、周囲の空気がまるで石のように重く変わった。
パキッ
声に呼応するように、門に小さなヒビが入る。
「10年、リーナは耐えた。助けも呼べず、あんな扱いを受けながら!
人にとっての10年……この重さがお前に、わかるのか!?」
バキッ……バキバキッ
「それでも……!見ず知らずの誰かのために、あの子は戦った!!」
ピキッ
「魔王城に来ても、あの子はいつも遠慮して。俺に迷惑をかけまいと精一杯だった!」
ガラガラガラッ
遂に完全に崩壊した門。土埃が舞う中、緋色の双眸が光る。
「そんなリーナが、俺に躊躇いもなく『跪け』だと?
……笑わせてくれる」
門の中へ、躊躇なく足を踏み入れる。
空間は彼を拒むかのように歪むも、膨大な魔力でねじ伏せるノワの歩みは止まらない。
「相変わらずお前の魔法は、上辺だけで中身も何もない。
この数百年、お前はこんな『虚像』のために時間を費やしてきたのか?」
ノワの周囲に、無数の火球が現れた。
一つ一つがまるで地獄の業火のように煮えたぎり、周囲は瞬時に真っ赤に染まる。
「出てこい、ネロ」
歪む城をまっすぐに見据え、ノワは告げる。
「今、ここで。
……あの日の決着を、つけてやろう」
◇◇
「きゃぁぁぁぁぁ!」
「う、うわぁぁ!!助けてくれ!!」
「王国の兵は何をしているんだ!!まさか王は俺たちをお見捨てに…!?」
そこかしこで起こる悲鳴と、逃げ惑う人々。それを静かに上空から見下ろす影があった。
「……どうやら、本当だったようですね」
その人影は、真っ白な翼を背に呟く。
ここはフォルテ王国の中心、その首都。大陸一とも称されるその美しき都は、今や突如襲撃してきた魔人たちの手により破壊されつつあった。
「さて、早めに終わらせて――」
「い、いやだ!!来るなぁぁぁ!!」
下から聞こえる叫び声。ハクが気だるげにその方向を見下ろすと。
「グルァアァ!!」
「ひぃぃぃ!!か、金でもなんでもやる!!だから命だけは……」
裕福そうな格好をした一人の銀髪の男が、路地の端で魔人に追い詰められていた。
その様子を見て、愉快そうに笑うハク。
「おやおや、そんなに丸々としたお体では逃げるのも一苦労でしょう。あぁ、お可哀想に……」
「ガアァァ!!」
禍々しい瘴気をまとう魔人はおぼつかない足取りで男に近づいて行き、ついに口を開けて噛みつこうとする。
「たすけ――」
「ガぁッ!!」
恐怖からか、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で命乞いをするその男。
不愉快そうにため息をついたハクは、小さく唱える。
「……はぁ、仕方ありませんね。
『氷檻』」
即座に周囲に鋭い氷の檻が形成され、魔人はその中に閉じ込められてしまった。
「……た、たす、かった」
ブルブルと震えながらも脱力したようにその場に尻餅をついた男は、上空から苦々しげな表情で舞い降りてくるハクを見て、慌てて居住まいを正す。
「おい、そこの白髪の下民。こいつを止めたのはお前か?」
「ええ、そうなのでしょうね」
「なんだその態度は!!この俺に向かって!!
……いや、今回のことに免じて許してやろう。汚らわしいお前ら白髪に――」
「黙れ」
ピキッ
その場の空気が、文字通り凍った。
「勘違いするな、別にお前を助けたわけではない。お嬢様をあのように扱ったお前らの罪、この程度で許されると思うなよ?」
「あ、ぁ……」
「お前ら全員を殺して、この国ごと滅ぼして――
それでも、お釣りが来るくらいだ」
足から徐々に凍って行き、動きが取れずにその場に縫い止められる男。
「……ブラン様、それ以上は」
全身から殺気と冷気を放つハクを背後から止める、一人の声。
それに答えるように後ろを向いたハクの殺気が緩まり、その場の重苦しい空気も柔らかに溶けた。
「あぁ、あなたは確か」
「リスタと申します。白の当主様、ノワ様よりお手伝い申し上げるようにと仰せつかっております」
「ええ、知っていますよ。止めてくれてありがとうございます、ここで殺してしまっては計画に支障が出るところでした」
先ほどとは一転して、柔らかな笑顔で語るハク。
すると突然、男がなにかに気づいたように叫んだ。
「リスタ……!?お前、リスタか!?」
「おや、リスタさん。このゴミとお知り合いなのですか?それは失礼なことをしてしまいましたね、申し訳ありません」
全く失礼とは思っていない顔でそう尋ねるハク。
しかし、リスタは静かに、首を横に振りながら答える。
「……いえ、知り合いなどでは」
「お前、やはりリスタなのだな!おい、何をやっている、早く助けろ!
出来損ないのお前を、この父が生かしてやっただけでも十分ありがたいと思え!」
ぺっ、とその場につばを吐く銀髪の男。何かを察したようにハクが、リスタと男の間に立つ。
「リスタさん、やはりこの男殺してしまったほうが」
「いえ、本当に良いのです。
……確かに、その人は私の父です。でも」
そう言うと、リスタは俯いて小さく唇を噛む。
「白髪がゆえに生まれてすぐに捨てらた私は、その人と……たった、一度しか会ったことはありません」
6つくらいの時、突然に娼館に訪ねてきた父の姿。
「迎えに来てくれたのかと、思いました。でも……違った」
『汚い、近寄るな』と言って、姿を見るなり去ったその男。
そう語る彼女の声には、消えない傷跡が感じられた。
「だからもう、いいのです。その方……いえ、この国のことすら既に、私にとっては過去。
……それに、リーナちゃんのお陰で私、救われましたから!」
無理に明るく笑う彼女を見て、ハクもそれに答えるように微笑み返す。
「そうですね、私達は前に進みましょう。
私達自身のためにも、そして、お嬢様のためにも」
「……はいっ!」
そう言うと、ハクは男の方へ向き直った。
「それで、あなた」
「な、なんだお前。俺にこんなことをしてただで済むと思って――」
「……人の話を遮るのはお行儀が悪い、と習いませんでしたか?」
突然氷の塊が、男の頬をかすめて背後の壁に突き刺さった。
「ひ、ひいっっっ……!!!!」
小さな傷口から滲む自身の血に怯え、後ずさる男。
すると何かを思いついたように、ハクはそちらに向き直った。
「ちょうどいい、あなたにやってもらいたいことがあります」
唇に指を当て、黒い笑顔で彼は囁く。
「くれぐれも、内密に……ね」




