10.時のない城と死の刻限
「ノワ!お嬢様が……!!」
魔王城に到着したノワの元へ、青い顔のハクが駆け寄る。
焦った様子で説明を始めようとする彼を、ノワは手で制して告げた。
「リーナがいないのだろう?分かっている」
「な、なぜそれを?」
「魔王城の結界に昨夜、反応があった。急いで戻ってきたのもそれが理由だ」
「ノワ、あなたいつの間に結界なんて……」
「万が一、だ。結界に触れられるのはお前とリーナだけ。……なら、答えは一つだろう」
その言葉を聞き、後悔からかハクは奥歯を強く噛みしめる。
「私が気づいたのは今日の朝、気づいたときにはお嬢様はいらっしゃいませんでした。
……これは私の責任です。本当に申し訳――」
「いや、いい。結界の反応は内側からだ、リーナが自分の意志で出たのだろう。お前の責任ではあるまい。
それに」
と、そこでノワはほんの僅かに口元を緩める。
「この俺の結界ですら、防ぎきれなかったのだ。他の誰が止められようか」
「……ふふっ。それも、そうでしたね」
その不器用な励ましを受け、ハクも微笑する。
そしてそのまま顔を上げ……一瞬にして笑顔が凍りついた。
「……ところでノワ、その黒焦げの物体は一体」
「ん?ああ、魔人を作り出した魔族らしいぞ」
その言葉を聞いて驚くハク。
「つ、作り出す!?そんなことが」
「俺も初めて聞いた、やはり魔人というのはわからないことが多すぎるな。だからこその脅威とも言えるのだろうが」
「ええ、警戒すべき存在に違いはありません。
……ところで、なぜそれをご存知なのです?」
「随分とお喋り好きなやつみたいでな、積極的に色々と話してくれた」
お喋り好きなやつ、と言われた黒焦げの魔族を見て、ハクは少し顔を引き攣らせる。
「……話してくれた、というより『口を割らせた』のほうが正しい気がするのですが……」
「いや、聞くとどうやら焼かれるのが趣味みたいでな。話してくれた礼だ」
ハハッ、というノワの笑い声。目が全く笑っていない。
ハクがその魔族だったものを気の毒そうに見つめていると、気を取り直したようにノワが問いかける。
「それでブラン、一体リーナに何が?」
その途端にハクの表情が、「魔王の右腕」たる冷静沈着な魔族のものへと変化した。
「お嬢様の寝室にて、窓の一つが空いているのを確認しました。近くを軽く捜索したところ、木の枝が折れ、その下の地面には不自然なくぼみが。
……おそらく、何かを受け止めた形跡かと」
「なるほど、それで」
そこでハクは一拍置く。
「……ここからは、あまり考えたくないことなのですが。窓を開ける、なんてことをお眠りになる直前に、それも引きこもり気味のお嬢様がなさるとは考え難い。つまり」
「……おびき寄せられた、か。要するにリーナは、罠にかかり誘拐されたと?」
「その可能性が最も高いでしょう。現在捜索中ですが、おそらく馬車などの跡がどこかに残っているのではと思います。その後をつければ――」
「いや、その必要はない。この一連の騒動、黒幕はネロだろう」
その一言に、ハクは目を見開く。
「なんと……!ネロ様が、なぜ」
「さてな。この魔族曰く、ネロに指示されて魔人を作ったらしい。
……これほど同時期に、俺の周辺でここまでの異変が起こったのだ。全くの無関係ではあるまいよ」
断定を避けつつも、ノワの表情にはすでに確信が浮かんでいた。
「やつの居場所なら一箇所、心当たりがある。俺はそこへ行ってリーナを救い出す」
「私も参ります、お嬢様に万が一のことがあっては……!」
「これは俺が巻いた種、そして因果だ。
……俺が、この手で終止符を打つべきだろう」
そう呟くノワの顔には、どこか暗い影が落ちているようにも見えた。
そんな彼の様子を見て、不安からか食い下がるハク。
「いくらあなたとは言え、あの方相手に無傷とはいかないでしょう!ここ数百年、どれほどの鍛錬を積んでいることか……!あまりにも危険です、私も」
しかし、その言葉は途中でノワに遮られた。なおも続けようとするハクに、彼は告げる。
「それに、お前にはやってもらわねばならんことがある」
こそこそ。何かを耳打ちした。
目を丸くするハク。
「まさか、しかしそれでは……!」
そんなハクをよそに、「そういえば」とノワは手に持っていた魔族を彼に向けて放り出した。
「まだ話足りないことがありそうだから、そこらへんにでも縛り付けておいてやってくれ。変態には嬉しい処遇だろう」
そして、静かに宙へと浮かび上がる。リーナのところへ行くようだ。
「あの悲劇を、また繰り返すことなど決して許されん。
……頼んだぞ」
次の瞬間、その姿は消えていた。
「……ふふっ」
(それは、こちらのセリフです)
ノワの飛び去った方向を向き、ハクもまた少し微笑んで応える。
「お任せください、ノワ。
いえ、……我が君」
◇◇
『このままだとあなた。明日にでも、死ぬわ』
(……え?)
突如として告げられたタイムリミット。わけも分からず呆然としていると、妖精さんが説明してくれる。
『さっきも言った通り、このお城は数百年前……おそらくフォンセの死の時点からずっと、時が止まっているわ』
フォンセ、確か先代魔王の名前だったか。さすがは魔王城の妖精さん、城の主の名前は覚えているらしい。
(いや、待って。……時が、止まってる?)
訳が分からなくなってきた。先程の説明だと「数百年前の魔王城」だったと思うのだが……なぜそれが時が止まっていることになるのだろうか。
『うーん、表現が難しいわね……このお城は、数百年前の魔王城。その瞬間を切り取った、写真のようなものなのだと思うわ』
(……なるほど。だからお城全体が魔法で出来てるのか)
数百年前の魔王城そのもの、というよりその再現に近いのだろう。
『ええ、魔族というのは高位であれば永世に近い時を生きるわ。だからここにいたとしても、それほど時間にずれは生じない』
(確かに、ハクがそんなことを言ってたような)
しかし、なぜそれが私の死に繋がるのだろうか。首をひねっていると、声は静かに答える。
『……でもねリーナちゃん、あなたは違うのよ。あなたの体は人のもの、成長し変化を繰り返すわ』
その少し悲しそうな言葉を聞いて、私はハッとする。
『このお城は、時の進みを決して許さない。あなたの体は、直にこのお城の止まった時との差に耐えられなくなる。そして』
(死に至る、と)
それが明日、ということか。
(……時間が、ない)
先程窓から見た日の位置から推測するに、おそらくあと半日も残されていないだろう。
(妖精さん、この城から抜け出す方法は?)
ダメ元で聞いてみる。しかし、返ってきたのは意外な答えだった。
『無くはないわよ。このお城を構成する魔法を破ればいいわ』
(つ、つまり……!?)
脱出への道が見えてきた、期待を込めて尋ねると。
『魔法をかけた魔族を倒せばいけるわ!』
元気たっぷりで答えてくれる妖精さん。なんだか嫌な予感が……
(……ちなみに、その魔族というのは)
『わからないわ!』
(ですよね……)
そんな気がしていた。がっくりと肩を落とす私。
『なんかそういう固有魔法を持ってそうな魔族よ!知らない!?』
(そんな元気よく聞かれましても)
ネロの配下の誰かなのか?フォルテにも信頼できる者を派遣した、とか言ってたし。
(ネロ自身……はないだろうな、固有魔法は炎っぽかったし)
もしかして、さっきネロが首チョンパしちゃった配下のどっちかだったり。どちらにせよ、全く手がかりは無いらしい。
(……そっか。明日……死ぬ、のか)
正直なところ、今の私には実感が湧かない。
(処刑みたいに、現実味のある未来のほうが……よほど、怖かったから)
少しだけ、胸の奥に残るずしりとしたものを感じていると。
『あら?……でも』
突然、妖精さんが何かに気づいたように声を上げる。
何かあったのかと思い耳を傾けると、かすかな微笑の気配と、そして。
『ふふ、リーナちゃん。案外、大丈夫そうね。
……もうすぐ、来るから』




