9.深淵の呼び声
「ちょっと待って引っ張らないで痛い、ああ引っ張らないからって押すの辞めて!?」
「黙ってろ、焼くぞ」
「ふえぇん……」
魔国の上空を高速で横切る影。リーナが見ていたのなら、「ジェット機かロケットでも飛んでいるかのよう」と表現したことだろう。
「魔王ノワ、まさかそこまで薄情なやつだとは思っていませんでしたよ!王都を見捨て魔王城に帰るだなんて!!」
「まさか本当に焼かれたいのかお前、気持ちが悪いな……」
先程まで屋根の上で、「王都に魔人を放った!」と叫んでいた魔族の服を「むんず」と掴んで高速飛行しているのは、言わずもがな魔王ノワ。
なおも騒ぎ立てるその魔族を、ノワは心底軽蔑した目で一瞥する。
そして――
「ぁぁぁぁぁ、待って!!本当に待って!!二本の指で『ちょん』ってつまむのやめて怖い!!すごく揺れて怖い!!」
「知らん、俺には変態に触れる趣味はない。リーナに嫌われそうだからな」
しかし、とノワは考える。
(この強風の中、平気で喚けるとは。防御魔法を、それも無意識に常時張れるほどの魔力量か……単なる雇われではなさそうだ)
必死の形相でジタバタする魔族を見下ろし、ノワは問いかける。
「おい、お前」
「なんですか魔王ノワ!言っておきますけどわたくしは決して、ネロ様に言われて王都に魔人を放ってフォルテを滅ぼそうとした、なんて口は割りませんからね!」
「……そうか、どうやらお前の口はガラスで出来ているみたいだな」
「は?ガラス?何を言っているのです魔王ノワ!ついに頭がおかしく……」
急に静かになる魔族。
「うわぁぁぁぁぁめっちゃ言っちゃった、言いまくっちゃったどうしよう!」
「感謝するぞ。ちなみに他にも壊れ物を所持しているなら、ぜひとも俺に割らせてくれ」
「うぎゃぁぁぁぁぁぁ!!ネロ様のところ戻っても殺されるし多分この魔王にも殺されるぅぅ!!」
ますます泣きわめく魔族を、ノワは残忍に笑って見下ろした。
(拷問の手間が省けるとはな、時間もなかったものでありがたい。
……しかし、そうか。あやつが関わっていたのか)
ノワの脳裏に、苦い思い出が一瞬よぎる。
『ノワ、僕は認めない。裏切り者のお前を、フォンセ様を殺したお前を――
僕が必ず、この手で殺してみせる』
泣き腫らした、それでも憎悪で狂ってしまったような目で紡がれたその言葉は、今でもノワの心に小さなささくれとして残っている。
(……あれは、即位式の日の夜だったか)
それ以来、姿を消した少年。何百年とその動きは無かったというのに。
沈む月を背景に、魔王城へ向けて飛びながら呟く。
「今更、何をする気だ?ネロ……
……いや、『時の番人』」
◇◇
『リーナちゃん!!』
「はいっ!!」
脊髄反射で元気良くお返事。広い空間を反響する私の声のみを聞きながら思う。
(……え、誰??)
本当にどなたでしょうか。というかそもそも人間ではないですよね大前提。それか死霊ですか?私何か祟られるようなことしましたか??
『んー……と、んー…………と……
こ、このお城の妖精さんよ!!守り神、的な!』
(いや今すごく言い淀んで無かったか!?ってか私の心読んでる!?)
『いやねえ、読んでるって言ったらリーナちゃんもじゃない。ほら、てれぱしー?ってやつよ。以心伝心?』
この世界でテレパシーとか以心伝心という言葉を初めて聞いた気がする。というかこの世界に妖精っているんだ……
(えーっと、妖精さん?私に何か御用ですか?)
低姿勢、私には危害を加えるつもりはございませんという態度を全面に押し出していこう。
『ないわ!全く!』
(ないんかい!!!!)
この妖精さん(仮)に守護されているらしいこのお城、本当に大丈夫でしょうか。リーナは不安でたまりません。
『久しぶりに人とおしゃべりできて嬉しくてつい……うふふ、それにリーナちゃんとこんな風にお話しできる日が来るだなんて』
(そうですか、それはうれし)
……いや、この言い方まるで。
(……え、なんで私のこと知ってるんですか?そういえば)
ストーカーか!?まさかストーカーなのか!?いや、でも実態なさそうだしそもそもストーキングできるのか!?
『あ、決して怪しいものではないわ!いつも見ていたわけではないし……110番しちゃだめよ!』
(いつもってことは結構定期的にご覧になってたってことですね!?)
『……てへっ!』
てへっ!とは。結構おちゃめな妖精さんもいたものだ。
『んー、逆にリーナちゃんには私に何か聞きたいこととか無いのかしら?私このお城のことなら大体わかるわよ!』
(あ、それじゃあ……私まず誘拐されてきたんですけど)
『ゆうか……!?』
かくかくしかじか。私が本物の魔王城からこちらへ誘拐されてきて云々を、妖精さんにお話する。
『……え?ここ魔王城じゃないの……?』
(……え???)
絶句した様子の妖精さん。いや、絶句したいのはこちらである。
『……んあー、言われてみればそうね。このお城……おかしい……気がする……』
(言われてみれば!?そして曖昧だな!?)
この守り神さん、職務怠慢すぎやしないだろうか。妖精っていうくらいだから、人と感覚はズレているのだろうけどそれにしても……。
『あ、リーナちゃん』
(ん?)
『このお城、やばいわよ!』
(……やばいの!?)
咄嗟のノリで返してしまった。何もわからない。
(……え、どこが?確かに怪しいけど……)
『このお城、厳密にはお城じゃないのよ。これだけは間違いないわ』
(ふぁ?)
うん、まだわからない。
『お城全体が、魔力で出来ているの。石で作られていると思ってるところも、壁も、床も実はぜーんぶ魔力。そういう魔法ね、凄まじいわ……』
(魔法で出来てるって、じゃあこのお城幻覚ってこと……!?)
なんと、ならばむしろラッキーではないか。実質監禁も誘拐もされてないようなものだろう。
『いえ、幻覚とは少し違うの。実体はあるけど、それでもない。
このお城……数百年前の魔王城なのよ』
数百年前の、魔王城……!?
(え!?……うーん)
うーん……
(……どゆこと??)
考えてもわからないことは聞く、これ大事。
『うーん……わかんないわ!』
自信満々にそう答える妖精さん。もはやこれは守り神と言うより、貧乏神かそこらなのではと疑ってしまう。
『まあ、これほど大規模で専門的な魔法だもの……魔族の誰かの固有魔法なのは間違いないわね!』
(誰かの!?誰かのってところ大事じゃない!?)
というか、今知らない単語が出てきたような。
(固有魔法、というのは?)
『んーと、厳密には固有という表現は正しくないわね。生来の得意、といったほうが近いかしら』
得意、なるほど。それなら少しわかる気がする。
(それぞれの魔族には、生まれながらにして適正のある魔法が存在する……みたいな?)
『そのとおりよ、偉いわリーナちゃん!よしよししたいけどそういえば私、今実体がないんだったわ!』
(……実体がない?)
ということは実体の時もあるのか?だが精霊がそうであったように、妖精もまた実体がないのが普通なのでは。
そんな私の疑いの眼差しを感じ取ったのか、妖精さんは焦ったように咳払いをする。
『……ゴホン。まあとにかく、そういう得意魔法というのはその魔族の生まれとか、考え方とかそういうものが反映されやすいわね』
(んじゃ、私もいつかその固有魔法が判明したら使えるように……!?)
半魔らしいし、使えちゃったり。ワクワク。
『あ、無理よ。リーナちゃん魔力完全にゼロだから』
(……無理なんかい……)
一瞬にして打ち砕かれた期待と希望。この妖精さん、なかなかに容赦がない。
『今は、ね。うふふ、それに大丈夫よ。固有魔法以外もすっごく頑張れば習得できたりするわ』
(なら、固有魔法以外も沢山習得していけば)
完全無欠、オールマイティな魔族になれるのでは。
『それは難しいわね、どれだけ頑張っても自分の得意魔法を超すことは出来ないから……基本的に魔族は、自らの固有魔法を極めに極めまくるわ』
なるほど、固有魔法以外をわざわざ習得するというのは色々と効率が悪いわけか。
(んー……知ってる固有魔法って言ったら)
多分ノワは炎なんだろうな、ハクは氷。
(あ、ネロも炎か。なんかさっき見せてたし)
そんなことを色々考えていると。
『あ、リーナちゃん。このお城本当にやばいわよ』
(さっきも聞きましたよ妖精さん。あれでしょ、このお城が数百年前の魔王城なんでしょう?)
理由はわからないけど。
『あ、そこじゃないわ。まだあるのよ』
(まだあるの??)
まあこの妖精さんのことだし、結構どうでもいいことを『やばい』と形容してそうだ。
そう思い、冗談半分で聞き流すつもりで居たのだが。
『あのね、リーナちゃん』
その声は、これまで聞いたことのないほど緊迫感をはらんでいた。
一瞬にして変わった空気に、思わずたじろいでしまう。
(一体、何が)
答えるかのように聞こえてきたのは、深呼吸の音。
そして。
『このままだとあなた――
明日にでも、死ぬわよ』




