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4.もう一人の魔王

※軽い流血描写あり


「おやすみなさいませ、お嬢様」


パタン


 小さな主の休息を妨げないよう、その魔族――「ハク」は静かに扉を締める。


 そしてその隣の執務室に入り、奥の机に置かれた書類の山に手を伸ばした。


 探るように取り出したのは、他のものと比べ一段と古びた1枚の紙。かつて彼が書いたものだ。


「もう、五年になるのですね」


 懐かしむようにしてその紙を撫でながら、彼は静かに呟く。


 今朝方――魔王ノワが出立した直後。


 魔国とフォルテ王国の国境付近に派遣していた部下たちから、魔王城に「とある報告」が届いた。


 ノワは既にいない。代わりに受け取ったハクは、その報告を聞いて愕然とした。


『女神の壁の、完全なる崩壊を確認した』


 報告書には、そう書かれていたのだ。


 魔王の討伐後からずっと、魔族の侵略からフォルテ王国を守り続けてきたとされる「女神の壁」。


 そして、光の精霊術によってその壁を築いたという女神ルナ。


(伝説で、神話で、魔族の物語にすら語り継がれる。それほどに、強大な存在のはずなのに)


 実際に、彼女の姿を見たものはいない。


 それでも「壁」は、確かに存在するのだ。


(……いえ。より正確に言うなら……


()()()()」なのでしょうね)


 静けさの中で、彼は考える。


 魔族の中でも最高位に近しい力を持つ彼ですら、長年その壁を通り抜けることは叶わなかった。


 フォルテ王国に入ろうとした途端に、見えない壁に阻まれたように体が動かなくなる。


 そう、壁は見えない。「誰にも見えない」壁と、それを築いた「誰も見たことのない」女神。


(ですが、10年前……異変は突然、現れました)


 それまで完全に閉ざされていたはずの壁。


 だが10年前、魔力がわずかにフォルテ王国へ流れ込んだことが確認された。


 本当に、微々たる量。ごく一部の高位魔族にしかわからないほどに。


 それでも報告を受けた彼らは、雷にでも打たれたように衝撃を受けた。


『何百年と、フォルテ王国に魔力は……いや、それだけではない。


 魔国内のすべてのものは、()()()()()()()()のに』


 もちろん、これは「女神の壁」によって王国が完全に閉じられていたからだろう。ゆえに彼らはこの事態について、こう結論づけた。


『女神の壁が、崩壊を始めている』


(それから私達は、注意深く魔力の流れを観測し続けました。壁の崩壊が更に進むのではないか、と警戒したのです)


 だが、しばらくの間大きな変化は見られなかった。やがてこの変化は「偶然」として処理されかけるまでになった。

 

(……正直に言えば。

私は、少し安心していたのです)


 自らを阻むものであるはずの壁。彼はその存在を最も願い、そして()()()()()


 しかし、その願いは届かなかった。


(ちょうど5年前、壁の崩壊は一気に加速しました。ある程度の高位魔族ならば、もう問題なく通り抜けられるほどに)


 原因は今回もわからなかった。だから、彼はフォルテ王国へと調査に向かったのだ。


(そこで私は、出会ったのです)


 「お嬢様」と呼ぶ、今の彼……「ハク」にとって最も大切な存在。


 その少女は、金髪の王家と聖女の間に生まれた最も「()()()()()」存在のはずで。


 それなのに、黒髪で半魔で。


 そんな彼女が生まれた時に――


 壁は、崩壊を始めた。


 そして、今この時。


(フォルテ王国を去った途端に、壁は……完全に、崩壊した)


 暗い部屋に差し込む青白い月光に照らされながら、彼は静かに呟く。


「……お嬢様。


 あなたは一体、何者なのですか」




◇◇





「僕の名前はネロ、この魔国の――本当の、魔王さ」


 ゾッとするような笑顔で、その少年……「ネロ」は言い放つ。


 酷使されすぎた私の頭は、それを聞いて一瞬フリーズし。


(……)


「………は??」


 時間が経ってフリーズから解凍されてもなお、その言葉を理解できなかった。


(いやいやいや、何いってんのコイツ。魔王ってノワじゃないの?)


 部下と思われる二人に「陛下」と呼ばせたり、魔王城そっくりの城に住んで。


(おまけに、自分が魔王だと??)


 正気の沙汰とは思えない。よくよく考えたら私をいきなり誘拐までしているヤツだ、どっかしらイカれちゃってるのは確かだろう。


 私がドン引きしていると、どうやらそれは表情に結構出ていたらしい。


「あははっ、そんな目で見ないでよ。悲しいなぁ」


(いや、すっごい笑顔ですけど。全然悲しそうな顔じゃないだろそれ)


 内心でツッコミを入れつつも、その場の異様な空気とネロの不気味な笑顔に圧倒されていると。


「陛下、俺達はどうすれば」


 背後から聞こえる声。誘拐の実行犯の二人のうち、「隊長」と呼ばれていたほうだろう。


「ん?だからご苦労さま、連れてきてくれてありがとう」


 少し首を傾げ、そう答えるネロ。「同じことを言わせるな、要件は済んだのだから帰れ」と暗に伝えたいのだろう。


(普通に言ったらいいのに、気取りすぎじゃない?)


 誘拐を指示したというだけでマイナスからスタートし、これまでの態度を経てマイナス100くらいにはなっているネロへの好感度。


 このペースで行くと、かなり早くそこに到達しそうである。


「承知いたしました、失礼します」


 だがそんなネロの態度は気にもとめず、少し恐怖の色すら見える顔で男は恭しく一礼し扉へと向かっていく。


 そして、扉の取っ手に手をかけた次の瞬間。


ザシュッ


 何かに切られたような音ともに、男の首が落ちた。


「……え?」


 呆然とするもう一人。状況が理解できていないのか、首のない「隊長」の体に手を伸ばし懸命に揺すりはじめる。


「隊長、隊長ってば!起きてくださいっす、俺こういう畏まった場だとどうすればいいのかわかんなくて、何かやらかしちゃうかもしれないっすだから!」

「うるさい」


ドサッ


 ネロの一声。戸惑ったような表情をしたその顔も、次の瞬間には落ちていた。


「ひっ……!」


 思わず声を上げて後ずさる。


(何、何なのこれ)


 魔法、魔法なのは間違いない。ネロがやった、多分それもそう。だけど。


「な、なんで」


 なんで、どうして。


「どうして、殺したの?」


 漂ってくる血の匂いに吐きそうになりながら、椅子に座り笑顔を浮かべるネロに問う。


「なんでって……出ていこうとしたでしょ?」


 そう言って、ネロは血まみれになった扉を指差す。


「で、でも」


(出ていけって、あなたが指示したんじゃ)


 わけも分からず、この目の前の少年が理解できず、私は混乱する。


 そんな私に、まるで赤子に教え込むようにネロは言う。


「僕、あのゴミどもに退出は許可してないけど」

「……は?」


(……ふざけないで)


 この少年は……こいつは一体。


(人の命を、なんだと思ってるの!?)


 あの態度なら、誰だって退出を指示されたと感じる。けれど、ネロはそんなこと分かっているとでも言うかのように、笑顔のまま続けた。


「僕はね、魔王なんだよ?


魔王っていうのはね、何してもいいんだ」


 そして急にうっとりとした表情になり、天を仰ぎ見るようにして叫ぶ。


「ああ、見ていてくださいフォンセ様。今こそ証明してみせます。


 僕のほうが……僕のほうがずっと。


 ノワなんかよりも、ずっとずっとあなたの後継者に相応しい、と!!」





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