10.黒髪王女の罪
「きゃははは、噂通りホントに黒髪なのね!こんなのが私達のお姉様だなんて……ああ、認められないわ。王家の恥ね、ホント!うふふっ」
「やめろフィオナ、もっと王族としての自覚を持て。……しかし、よくもその見た目でおめおめと生きてこられたものだな。僕なら恥ずかしくて首をくくっているだろうに」
金髪の兄妹が、玉座の両脇から私を見下ろし嘲笑う。
ここは謁見の間。今朝方届いた伝達の通り、私は王城へと参内した。
「……黙れ。儂は今日、そのような醜態を晒すためにお前たちを同席させているわけではない」
「っ!は、はいお父様」
「申し訳ございません、お許しを」
その中央の玉座に座り、先程まで傲慢な態度で騒いでいた兄妹をたった一言で萎縮させるほどの、圧倒的な存在感を放つのはもちろん。
「……ご命令に従い、参上しました。
ご要件をお聞かせ願えますでしょうか、国王陛下」
このフォルテ王国の現国王にして、私の父。ゲオルグ=フォルテである。
「うむ。先ずは急に呼び出したこと、そして我が息子たちの非礼を詫びよう。母は違えど、これもお前の弟たちでもあるのだ。
どうか、許してやってほしい」
「んなっ……!お父様、どうしてこんなやつに謝罪などなさるのです!?王家の汚点、野垂れ死ぬに任せておけば」
「フィオナ!父上のお言葉に従え!」
しかし、そう言って妹を諌める兄も内心納得がいかないのだろう。年相応に不満の感情が顔に現れている。
(えーっと……兄のほうが第一王子であるルーグ=フォルテ、妹のほうが第一王女フィオナ=フォルテか。本来は第二王女だけど、私生まれてないことにされてるからなー……)
二人とも、確か6歳くらいだったはずだ。
直接会ったのは今回が初めてなのだが、この歳にしてこれほどまでに傲慢な態度とは。
(うーん……なんか、大人びてるなあ。良くない方向に。)
まあ、髪色差別真っ只中の王宮で育ったのだ。仕方がないことではあるのだろう。
「許すも何も。お気遣いなく、慣れておりますので」
「……そうか」
私としては特に恨みを込めていったつもりもないのだが、国王は違う意味に受け取ったらしい。ひげをたくわえたその顔に、少し陰りが見えた。
(あれ、そういえば……)
「側妃様は、本日はご不在なのですね。仲がよろしいとお聞きしたので、てっきり本日もいらっしゃるのかと」
側妃。そう、私の母親である正妃が亡くなった後に国王が娶り、目の前のこの兄弟を産んだ銀髪の女性。
国王がどこに行くにもついて行き、自身の権力ときらびやかに飾り立てた姿を誇示するその様子は、王宮内外問わず有名である。
もちろん、悪い意味で。
「側妃とは何だ!!金髪の聖女というだけで慣習に従って正妃となったものの、出来損ないのお前を産むことしか出来なかったお前の母より、余程母上のほうが正妃にふさわしい!!」
怒りに顔を真っ赤に染めたルーグ王子の顔。どうやら知らずに地雷を踏んでしまったようだ。
(んー、そういうつもりじゃなかったんだけどな……聖女とか金髪とか言われても、私母に会ったこと無いし)
王子の言う通り、この国では数十年に一度、極稀に王家以外で金髪の女性が誕生する。その女性は女神の声を聞く「聖女」とされ、時には女神の生まれ変わりとすら称される。
もちろん金髪に命をかける王家がこの存在を逃がすはずはなく、聖女は王宮で大切に保護され、成長すると国王の正妃となり、金髪の跡継ぎを産むために……まあ、言葉を選ばず言えば利用されるわけだ。
(そんな正妃にふさわしいって、私だったら絶対になりたくないけどな……。王宮ってきっと、色々権力とかあって大変なんだろうな)
他人事である。10年前、塔に閉じ込められてから半強制引きこもりライフを送っていた私にとっては、正直心底どうでも良いことなのだが。
「お兄様のおっしゃるとおりだわ!
……ふふ、そういえば正妃様って、正妃のくせに黒髪の出来損ないを産んだことへの陰口や嫌がらせに心を病んで、自ら命を絶たれたのですって?
実の母親にすら不幸を運ぶだなんて……本当にお姉様、呪われてるんじゃないかしら」
(……え?)
聞いていない、そんな話は一切。私は母の死因について、ハクから「病死」とだけ聞かされていた。
「黙れフィオナ!いい加減に……」
(どっちが真実かなんて
……国王の焦り具合を見れば一目瞭然、か)
「……ははっ」
「んなっ、なんで笑ってるのよアンタ……!」
(ああ、そうだったんだな)
『生きてたら、きっと母は私のことを愛してくれていたに違いない』
さみしくて、孤独で仕方ないときに私が想像していたその世界は、しかし。
(私が、自分で壊してたんじゃないか)
ハクは真実を知らなかったのか、はたまた知っていて隠したのか。追求したところで、きっとあの笑みで曖昧に誤魔化してしまうのだろう。
「いえ。たしかに私は、呪われた子かもしれないと思いまして」
「っ!?」
薄ら笑いでそう言ってやれば、先程までの威勢はどこへやら。二人は何かに押さえつけられたように、冷や汗をかいて動けないでいるらしい。
(ああ、私に幸せを望む権利なんてない。周りを不幸にしか出来ないだから)
前世でだって……
(『それは、違うわ!』)
「……え?」
「すまない、儂の子どもたちが。お前に罪はないのに」
国王の謝罪の声が、遠くに感じられる。
(なんか今、声が聞こえた気が……)
そんな私の様子を不審に思ったのか、国王は心配そうに声をかけてくる。
「どうした、大丈夫か?気分が悪いようなら……」
「いえ、大丈夫です。
……お話を、お続けください」
心配されているはずなのに、その表情を見ると全身の毛が逆立つような……何か気持ち悪い、違和感のようなものを感じた。
(一刻も早く、この場から去りたい。……ハクのもとへ、戻りたい)
しかしその思いとは正反対に、国王はその表情を崩さずに続ける。
「そうか、なら良いが。
思えば、お前が生まれてからもう10年か。……大きくなったな」
「っ!!」
(何を言うか、私を捨てたのはそっちだろう!!今更……!)
そう叫び出したい気持ちをぐっと堪え、平静を保っている間にも国王の話は続く。
「元気にしておったか、体が小さいようだが……儂の贈ったものは、ちゃんと食べておるのか?」
どこか焦ったように、私をいたわる言葉を言い連ねる国王。形容しがたい気持ち悪さに襲われつつも、なんとか跪いて必死に表情を隠していると。
「そういえば、お前の世話は今は誰が……」
「あなた!!」
突然、国王の話を、場をつんざくような高い金切り声が遮った。
「何をなさっておいでですの!?今日はあの黒髪のガキとお話になると言って出ていったきり!探すのに苦労いたしましたわ!」
「……シルビア、お前は呼んでいない」
「まあ!何をおっしゃいますの、私は貴方様のお!う!ひ!なのですよ、そばにいて何が悪いのです!」
(なるほど、これが側妃……シルビア公爵令嬢か)
そのドレスに着いている重たい宝石と、後ろに従えるメイドの生気のない、何かに引っかかれたような跡のある顔を見れば大体の予測はつく。
(お噂に違わぬご様子、ってわけね。さてはこの兄妹……ルーグとフィオナの態度も、母親を見て育ったものか)
そんなことを考えながら見つめていると……
(やべ、目があった)
「あら?黒髪……さてはこのガキが、噂の!
キャア!!汚らしいわ、このような者を神聖なる我らが王城に入れないでくださいまし、あなた!」
噂なのはお互い様だったらしい。大げさに額に手をやり、今にも倒れ込みそうな動作をする側妃を、ルーグとフィオナが支える。
「父上!母上が苦しんでおられます、早くこの者を連れ出してください!」
「そうよ!こんなやつ、この王家にふさわしくないわ!」
一緒になって叫ぶ兄妹と母親を、しかし国王は苦々しげにため息をつくだけで注意もしない。
(なるほどね、金髪の兄妹……特に時期国王であるルーグを産んだことで、側妃とその父である公爵の権力は格段に増し、今や国王ですらそのご機嫌は無視できない、と)
見れば見るほど、王宮というのは面倒くさそうである。塔に閉じ込められてハクとのんびり暮らすほうが、案外合っているかもしれないなんて思い始めていた、その時。
「あああなた、でも今日は許して差し上げるわ。
だってこれでもう、あのガキはこの王城のみならずこの国、いえこの世界からもいなくなるのでしょう?
うふふふふ、なんていい日なのかしら!」
「……え?」
私が、この世界から……
(いなく、なる?)
「そ、それは一体どういうことですか、陛下!!」
高らかに嗤う側妃の言葉が理解できず、思わず語調を強めて国王に詰め寄ると。
「……すまない」
これまでのやけに優しい……まるで私を気遣うかのような、それでいて焦っているような。
言うなれば、罪悪感を抱いているような、そんな国王の態度。
そして、今の謝罪の一言。
(……まさかそんな、だって)
すべてが繋がってしまう、けれど受け入れられない。
呆然とする私に、国王……いや、父は告げる。
「……リーナ=フォルテ。」
決して口にすることのなかった、娘の名前とともに。
「今日をもってお前を王室から除名し……
国家反逆の罪により、極刑とする」
3/12 タイトル変更いたしました。




