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魔法を愛しすぎる令嬢、毒舌魔導書に恋愛黒歴史を暴かれ教育される~恋愛補習は期間限定~  作者: 水主町あき


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恋愛補習は期間限定

「十五分経ったよ」カールの苦笑いで、私は我に返った。やってしまった――。


「エリナ、いつも研究熱心だね」


 騎士科のカール・アルノルトが、爽やかな笑顔でそう声をかけてくれた時のこと。


「は、はい! 私の研究は魔導障壁マギシェバリエーレの――」


 カールは微笑みながら相槌を打つ。


「つまり第二位相の崩壊は外縁の魔力流路の――」


「……え、っと、エリナ?」


 気づいたら、カールの笑顔が引きつっていた。

 私は止まれなかった。――十五分間も。


 私はいつもこうだ。

 気づけば、研究の話を最後まで聞いてくれる異性は、カールしかいなかった。


 彼の焦げ茶の髪と瞳は地味という人もいるけど、私はあの温かい色を見ると落ち着く。

 窓に映るのは、ハシバミ色の髪に琥珀の瞳。

「可愛いよ」なんて言葉も、時々、慰めみたいに聞こえてしまう。


 再来月は学院祭だ。

 創立百周年――廊下の装飾も、掲示板の告知も、いつもより騒がしい。

 私は学院の最終学年。今年を逃すと、もう後がない。

 昨年まで一緒だった友人も、今年は恋人と祭りを巡るという。


「……やるしかない」


 月明かりが差し込む学院の図書館で、私――エリナ・フォンブルームは、人生最大の決断をしようとしていた。

 学問は得意だが、恋愛は専門外。ならば、知識を増やすまで……。


 赤い革表紙の一冊を机に置く。『魔導精霊マギッシャーガイスト召喚の書』――魔法科創設者が著した基本書。

 様々な問いに答えてくれる――恋を問えば、恋を学び、恋が成就するという学院の伝説。


 古代語で刻まれた文字が、月光を受けて浮かび上がる。

 契約は一ヶ月。魔導精霊は契約者の心に入る。すべての帰結は召喚者が負う――。


 知識を悪用しようとする者を防ぐ護りの言葉。

 その文字を目にして身がすくむ。でも――。


 構わない。覗かれても構わない。私の心など、魔法陣より単純なのだから。


「魔導精霊召喚!」


 魔法陣が閃光を放ち、図書館が光で満たされる。魔力の圧が空気を震わせ、本棚が軋んだ。


『――エリナ・フォンブルーム、あなたが求める知識は?』


「恋です! 恋を学びたいんです!」


 光の中から、声が響く。


『了解。恋愛魔導リーベスツァウバー全書グリモア、起動――』


 次の瞬間、眩い閃光。そして――。


「……は?」


 私の目の前に立っていたのは、銀髪碧眼の青年だった。長身、整った顔立ち、魔法文様が浮かぶ黒い外套。


「召喚完了、っと」


 男は欠伸を噛み殺しながら首筋を軽く押さえた。


「俺を呼んだのはお前か?」


「え、あ、あの……魔導書は……?」


「俺だよ」


「……は?」


「だから、『恋愛魔導全書』。お前が召喚した魔導精霊かつ魔導書。人間の姿になって出てきたわけ」


 男――いや、魔導書は、冷静な目で私を見つめた。


「名前はローナン。これから契約期間中、お前に恋の手ほどきをしてやる」


「え、ちょっと、待って――」


「待たない」


 ローナンは私の周りを一周して立ち止まり、横目で見た。


「契約成立の時点で、俺はお前の記憶と感情に入ることができる。つまり――」


 彼は不敵に笑った。


「お前の恋に関する記憶は――丸見えだ」


「まさか……」


「そのまさかだ」


 ローナンは指を折りながら数え始めた。


 十歳――魔法陣の書き方を三回講義して引かれた。

 十二歳――誕生日に魔法薬の調合法を贈って困惑させた。

 十四歳――魔導障壁改良案を手紙に書き連ね返事が来なくなった。

 そして今日――カール・アルノルトへの十五分間連続魔導理論講座。


「やめてええええ!」


「ま、心を読まれて困るような奴は、最初から魔導書なんて触らないことだな」


 顔から火が出そうだった。


「お前、本当に恋の才能がゼロだな」


「ゼ、ゼロ!?」


「いや、マイナスかも」


 ローナンは小さく溜め息をついた。


「まあいい。俺の仕事はお前を恋愛上手に仕立て直すことだ。カール・アルノルト攻略、請け負った」


「こ、攻略って……戦ではありませんけど……」


「お前の場合、戦より難しいけどな」


 言い切られて、反論できなかった。


「で、どうする? やる気はあるのか?」


 ローナンは腕を組んで私を見下ろしてくる。腹が立つ。すごく腹が立つ。でも――。


「……お願いします」


 私は頭を下げた。


「みんな恋人と学院祭を回るんです。私も……そういう相手がいたら、少しは普通に見えるかなって」


 ローナンは一瞬、意外そうな顔をした。それからふっと笑った。


「よし。じゃあ地獄の特訓開始だ」


 こうして、私の恋の修行が始まった。


 翌日、ローナンの特訓は、放課後、誰も来ない魔導研究室の片隅で行われた。魔導理論研究部の部室でもある。部長は私、部員はゼロ……。


「まず基本。会話は三十秒以内にまとめろ」


「三十秒!? 無理です! 魔導理論は複雑で、前提知識の説明だけで五分は――」


「だから駄目なんだよ」


 ローナンは容赦なく言い切った。


「お前の専門知識は、興味のない人にはどうでもいい。カールは魔法使いじゃなくて騎士だろ?」


「……そうですけど」


「なら、彼に関する話題を出せ。騎士の訓練とか」


 確かに、それは正論だった。でも――。


「そういう話、できません……何を話していいか分からなくて……」


「お前なあ……。会話は情報じゃない。気持ちだ」


「気持ち……?」


 私は無意識に胸に手を当てた。鼓動が少し速い。


「そう。『最近どう?』『疲れてない?』『この前の訓練、大変だったね』――相手を気遣う言葉が大事なんだ」


 ローナンはいったん言葉を切り、私の瞳を見つめた。


「お前は頭が良すぎるから、つい『正確に伝えよう』としすぎる。でも恋に必要なのは、正確さじゃなくて温もりだ」


「温もり……」


「じゃあ特訓するぞ」


 ローナンは突然、カールの真似をし始めた。


「やあエリナ、今日も研究?」


「え、あ、は、はい……」


「不正解。三十秒以内で、彼を気遣う言葉を入れろ」


「う……『はい、でもカールこそ、訓練お疲れ様です』……?」


「四十点。もっと自然に」


 何度も何度も練習させられた。指導は厳しい。けれど、魔法陣を組み上げるように的確だった。


 * * *


 ――久々の授業は疲れる。

 なのに、特訓が終わってもエリナは帰ろうとせず、何か言いたげだった。


「なんだ? まだ特訓が足りないのか?」


「……ローナンはどこで休んでるんですか? 食事は?」


 何かと思えば、そんなことか。


「気にするな。魔法で適当にやってる」


「どんな魔法なんですか! 教えてください!!」


 瞳が輝いている。ノートを取り出して、メモを取ろうとしている。


「お前な……、それくらいの熱意で特訓しろよ」


「でも!」


「うまく行ったら教えてやる。それまで頑張れ」


 エリナはしょんぼりした。


「魔法のことになると、こんな風になっちゃって……」


「カールが嫌がってないのは救いだがな」


 俺にはエリナの心の映像が見える。

 カールは人が良い。入学直後、彼女に学生証を拾ってもらったことに対して、いまだに事あるごとに礼を言う。

 それと――いつも隣にいる赤髪の同級生。

 ……面倒な匂いがする。


「カールは私に恩があるって言ってくれて。だから、話を聞いてくれてるんだと思います」


「恩……?」


 記憶の奥に触れる。――あの学生証の一件か。

 お人好しだな。

 魔法科の友人たちには、テストの予想問題を作ってあげたりしている。

 彼女が手にしている菓子は、その礼に友人の一人が手作りしたものだった。


「お前、女性同士だったら魔法以外の話もしてるじゃないか」


「また私の心は筒抜けなんですね……」


「酸っぱい林檎をかじったような顔をするなよ」


 俺はエリナが持っていた林檎焼菓子アプフェルクーヘンをひょいと取り上げた。


「授業料だ」


 * * *


 特訓も三日目。廊下でカールに会った。


「エリナ、おはよう」


 いつもの清々しい笑顔。心臓が跳ねる。――深呼吸。ローナンの言葉を思い出す。


「おはようございます、カール。朝の訓練、終わったところですか?」


「うん、そうだよ。君も早いね」


「研究の準備で……でも、カールはいつも朝早くて尊敬します」

(やった。今の三十秒以内……!)


 カールの目が少し丸くなった。


「え、尊敬?」


「はい。毎日訓練を欠かさないのって、すごいことだと思います」


 カールの頬が、朝焼けみたいに色づいた。


「あ、ありがとう……そんな風に言われたの初めてかも」


 会話が続く。魔導理論の話をせずに、三分も会話が続いた。


「じゃあ、また」


 カールは笑顔で去っていった。私は――。


「やった……やったああああ!」


 研究室に戻ると、ローナンが待っていた。


「どうだった?」


「上手くいきました! 魔法の話抜きで三分も会話できました!」


「ああ、上出来だ」


 ローナンが笑った。その表情が、優しくて――少しだけ、胸が温かくなった。


 特訓八日目。


「ローナン、聞いてください! カールが新しい剣術の話をしてくれたんです!」


 私は興奮して研究室に駆け込んだ。


「それで、その剣術の理論が、魔導障壁の第五位相展開と類似していて――」


「待て待て」


 ローナンは私の顔の前に手をかざした。


「お前、またやっただろ」


「え?」


「カールの話を自分の研究に繋げて、一人で盛り上がった」


 図星だった。


「彼が話を終える前に、『それって魔導理論で言うと』って言い出しただろ」


「……言いました」


 ローナンはこめかみを押さえた。


「いいか、エリナ。相手が話している時――お前は何を見ている?」


「え……話の内容を理解しないといけないし、見る余裕は……」


「違う。相手の顔を見るんだ。目が輝いているか、声が弾んでいるか――それを見ろ」


 私は――どれだけ自分勝手だったか、初めて理解した。


「……ごめんなさい」


「謝るな。直せばいいだけだ」


 ローナンは柔らかく笑った。


「お前、本当に魔法が好きなんだな」


「え……はい、でも、それが恋の邪魔になるんですよね……」


「邪魔じゃないよ」


 ローナンは私の肩をぽんと叩いた。


「お前の魔法の話、好きだよ。理屈で喋ってるのに、目が楽しそうだから」


 その言葉が、不思議と胸に沁みた。

 カールは私の研究を褒めてくれたことはなかった。いや、理解してくれなかっただけかもしれない。

 でもローナンは――私の魔法愛好家な部分を、否定しなかった。


 ある日の特訓の合間、ローナンが窓の外を見つめていた。


「ローナン、何を見てるんですか?」


「……星だよ」


「星、ですか?」


「……百年、本の中にいてな」


 ローナンはそれだけ言って、空を見上げた。その横顔が、どこか寂しそうで――私は何も聞けなかった。


 

「エリナ、学院祭、良かったら一緒に行かない?」


 数日後。カールに誘われた。


「え……!」


 嬉しい。すごく嬉しい。でも――怖い。


「返事は、すぐしなくていいから」


 私が考え込んでいると、カールが言葉を続けた。


「エリナ、君って本当に真面目だね」


 その一言で、胸の奥が冷えた。褒め言葉なのに、距離だけが残った。


「どうしよう、ローナン……!」


 研究室に戻って相談すると、ローナンは珍しく真剣な顔をしていた。


「……なあ、エリナ」


「はい?」


「お前、本当にカールのこと好きなのか?」

※本作は前後編です。

次話で完結します。

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