表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

「悪役令嬢の取り巻き」に転生し、推しの聖女を拝んでいたら、なぜか僕にだけ激重弁当を渡してくる件。

作者: おーあい


「おい、見てみろよ。また来てるぞ……」

「特進クラスの『聖女』様だろ? なんであんな奴のところに……」


 昼休みの喧騒に包まれた教室。

 クラスメイトたちのヒソヒソ話をBGMに、俺――アイザック・バートランドは、冷や汗で眼鏡を曇らせていた。


 俺には前世の記憶がある。

 日本のブラック企業でシステムエンジニアとして働き、三十歳手前で過労死した、哀れな社畜の記憶だ。

 そして、今俺がいるこの世界が、生前妹に勧められてドハマりした乙女ゲーム『エターナル・ローズ』の中であることも理解している。


 目の前にいる、この世のものとは思えない美少女。

 ピンクブロンドの髪、アメジストの瞳、小動物のような愛くるしい顔立ち。

 彼女こそが、この国の守護者にしてゲームの正ヒロイン、ルミナ・アシュフィールドその人だ。


 対する俺は、悪役令嬢の腰巾着にして、ゲーム中盤でヒロインをいじめた罪により「ざまぁ」されて退学になる予定の、嫌味なメガネ(モブ)である。


「アイザック君! お昼ご飯、一緒に食べましょ?」


 ルミナたんが、花が咲くような笑顔で俺の机にバスケットを置いた。

 尊い。光属性のオーラが眩しすぎて直視できない。

 だが、待ってほしい。

 こんなイベント、ゲーム本編には存在しない。


 本来のシナリオでは、今の時期、彼女は第一王子と「運命の出会い」を果たし、中庭でランチイベントを発生させているはずなのだ。

 なぜモブである俺のところに? バグか? それとも俺が転生したことによるバタフライエフェクトか?


「……ルミナ様。ここは貴族科の教室ではありません。特待生である貴女が、私のような下級貴族の席に来るのは不自然極まりないかと(シナリオに戻ってください)」


 俺は精一杯の「嫌味なメガネキャラ」を演じて突き放そうとした。


「あら、どうして? 好きな人のところに来てはいけない校則なんてないわ」


「す、好きな人……?」


 俺は周囲をキョロキョロと見回した。

 俺の背後には誰もいない。窓の外にはカラスが一羽いるだけだ。

 まさか、カラス? この聖女、鳥類愛好家ルートに入ったのか?


「もう、キョロキョロしないの。貴方のことよ、アイザック君」


 ルミナたんが俺の頬を両手で包み込み、至近距離で覗き込んでくる。

 近い。毛穴がない。いい匂いがする。

 前世で画面越しに拝んでいた「推し」が、物理的な距離ゼロセンチにいる。

 俺の心拍数は爆上がりし、限界オタク特有の早口になりそうになるのを必死で堪えた。


(落ち着け俺! これは何かのトラップだ! もしかして『悪役令嬢の弱点を探るためのハニートラップ』か!? くっ、推しに騙されるなら本望だが、俺ごときに労力を使わせて申し訳なさすぎる!)


「さあ、お口を開けて? 今日は自信作なの」


 彼女がバスケットを開けると、中には彩り豊かなサンドイッチと、タコさんウインナー、そしてなぜか「I LOVE」とケチャップで書かれたオムレツが入っていた。

 ……キャラ弁? この世界にそんな文化あったっけ?

 というか、その黄色い物体は……。


「あ、あの、ルミナ様。私は自分で購買のパンを……」


「ダメ。私の手作り、食べたくないの? ……アイザック君、『甘い卵焼き』好きでしょう?」


 ドキリ、と心臓が跳ねた。

 甘い卵焼き。それは、前世の俺の好物だ。

 だが、今の俺は「アイザック」だ。アイザックの好物は設定資料集によれば「スコーン」のはず。

 なぜ、彼女がそれを知っている?


「ど、どうしてそれを……」


「ふふっ、勘よ。さあ、あーん」


 ウルウルとした瞳で見上げられる。

 効果は抜群だ。俺のSAN値(理性)はゼロになった。


「い、いただきます……」


 俺が震えながら口を開けると、彼女は満面の笑みで卵焼きを放り込んできた。

 甘い。砂糖の甘さだけでなく、何か脳髄を溶かすような成分が入っている気がする。

 これは……日本の味だ。懐かしい、おふくろの味に近い。


「美味しい?」

「は、はい。天上の味わいです」

「ふふっ、よかった。アイザック君のために、朝の四時から作った甲斐があったわ」


 四時!?

 聖女の朝は早いとは聞くが、弁当作りにそんな時間を?

 ゲーム内の彼女は「お寝坊さん属性」だったはずだ。キャラ変が激しすぎる。


 その時だった。

 教室の扉がガラッと開き、キラキラしいオーラを纏ったイケメンが入ってきた。

 第一王子、アルフレッド殿下だ。本来の攻略対象である。


「やあ、ルミナ。こんなところにいたのか。探したよ」


 王子が爽やかな笑顔で近づいてくる。

 来た! 強制イベントだ!

 俺は心の中でガッツポーズをした。

 ここから王子が「薄汚いモブから離れろ」と言ってルミナたんを連れ去り、二人の愛が深まる正規ルートに戻るはずだ。

 俺はそのための踏み台になろう。さあ、罵ってくれ! 退学にしてくれ!


「……チッ」


 しかし、聞こえてきたのは極めて低い舌打ちの音だった。

 え?

 顔を上げると、ルミナたんがゴミを見るような目で王子を一瞥していた。


「アルフレッド殿下。今、私はアイザック君と食事中なのですが。空気、読んでいただけませんか?」


「えっ」

「えっ」


 俺と王子、二人の声が重なった。

 聖女様? 今、キャラ崩壊してませんでした?

 そのセリフ、悪役令嬢の取り巻きである俺の役目では?


「い、いや、ルミナ。しかし、午後の魔法実技のペアを……」


「結構です。私はアイザック君と組みますので」


 ルミナたんは俺の腕をギュッと抱きしめ、王子を睨みつけた。


「あと、気安く名前を呼ばないでください。アイザック君が誤解したらどうするんですか」


「はぁ!?」


 王子の顔が引きつる。

 俺の顔も引きつる。

 誤解? なんの? 俺はただのモブですよ?


「さあ、行きましょうアイザック君。あんな金ピカ男より、貴方の黒髪の方がずっと素敵よ」


「ちょ、ルミナ様!? 不敬です! あと重い! 愛が物理的に重い!」


 俺はルミナたんに引きずられるようにして教室を出た。

 背後で王子が「金ピカ……?」とショックで膝をついていたが、今の俺には彼を慰める余裕はなかった。

 シナリオが……俺の知っている『エターナル・ローズ』が、音を立てて崩壊していく。


 ◇


 人気のない中庭。

 ルミナたんは俺をベンチに座らせると、再びニコニコと微笑んだ。


「邪魔が入っちゃったけど、続きをしましょう?」


「あ、あの、ルミナ様。本当に私なんかでいいのですか? 殿下の方が、その……将来有望ですし、顔も良いですし……。設定的にも、彼が『運命の相手』のはずでは?」


 俺が恐る恐る尋ねると、彼女は急に真顔になった。

 そして、俺の眼鏡をそっと外す。


「……わかってないのね、アイザック君」


 視界がぼやける中、彼女の顔が近づいてくる。


「運命? そんなの、私が決めるわ。私が見ているのは、貴方だけ」


「は、はあ……」


「貴方が、悪役令嬢のソフィア様にいじめられている下級生を、陰でこっそり助けていたことも。図書館で誰も読まないような歴史書(※前世で好きだった戦国武将の伝記に似たやつ)を読んで、一人で楽しそうに笑っていることも。……全部、見ていたわ」


 ゾクリ、と背筋が震えた。

 ストーカー……いや、熱心な観察眼だ。

 確かに俺は、モブとしてのロールプレイ(悪役令嬢への太鼓持ち)の裏で、こっそりと前世の倫理観に従って善行を積んだり、趣味に没頭したりしていた。

 まさか、それがヒロインにバレていたとは。

 いや、そもそもヒロインは王子のストーカーをするイベントがあったはずだが、対象が俺にすり替わっている!?


「誰も気づかない貴方の優しさと、その隠された素顔……。私だけのものにしたいの」


 彼女の指が、俺の唇をなぞる。


「ねえ、アイザック君。私が『聖女』に選ばれた理由、知ってる?」


「えっと……強大な光魔力を持っていたから、では?」


 ゲームのテキストにはそう書いてあった。


「ううん、違うわ」


 彼女は妖艶に微笑んだ。


「『欲しいものを手に入れるためなら、手段を選ばない執着心』。……それが、神様に気に入られたみたい」


「……はい?」


 なんか設定と違う!

 ゲームの聖女は「博愛と慈愛の象徴」だったはずだ。

 執着心? ヤンデレの素質?

 もしかして、俺が転生したことで、この世界の難易度が「ルナティック(狂気)」モードに上がったのか?


「だからね、アイザック君。貴方はもう逃げられないの。悪役令嬢の腰巾着なんてやめて、私の『専属』になりなさい」


 彼女の手から、淡い光が溢れ出す。

 それは本来、魔王を浄化するための聖なる光のはずだが、今の俺には「捕獲魔法」の輝きに見えた。

 だが、俺の腐ったオタク心は、恐怖よりも先に「推しに拘束されるならアリか……?」という結論を弾き出していた。

 社畜時代、上司に拘束されるのは地獄だったが、美少女ヒロインなら天国ではないか。


「……具体的には、何をすれば?」


「簡単よ。毎日私のお弁当を食べて、放課後は私とデートして、将来は私の婿養子になること」


「条件が良すぎませんか!? ていうか、それただの幸せな結婚生活ですよね!?」


「いいえ。貴方が私のそばにいてくれるなら、国の一つや二つ、私が浄化(物理)して差し上げるわ」


 ああ、これはダメだ。

 俺の推しは、ゲーム画面の中よりもずっと重くて、強くて、そして可愛かった。

 シナリオ崩壊? 知ったことか。

 俺は前世の記憶と共に、モブとしての矜持を捨てることにした。


 俺は観念して、眼鏡をかけ直した。

 レンズ越しに見える彼女は、世界で一番美しい笑顔を浮かべていた。


「……謹んで、お受けいたします。我が聖女様」


「ふふっ、契約成立ね♡」


 チュッ、と音がして、頬に柔らかい感触が残る。

 遠くで始業の鐘が鳴っていたが、俺たちの甘い時間はまだまだ終わりそうになかった。


 ちなみにその後、俺たちの関係を知ったアルフレッド王子が「僕よりモブがいいのか!?」と決闘を申し込んできたが、ルミナたんが「私のアイザック君に剣を向けたら、国中の結界を解除しますよ?」と笑顔で脅し、事なきを得た。

 最強の聖女ヤンデレに守られた俺の「転生モブ人生」は、ここからが本番らしい。



読んでいただきありがとうございます。


ぜひリアクションや評価をして頂きたいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ