第7話『再構築プログラム:ゼロ』
黒い空間。
世界は沈黙していた。
いや、正確には「動いていなかった」。
時間の流れそのものが、データの凍結に飲み込まれている。
> 【ネットワーク統制不能】
【再構築プログラム:ゼロ 起動】
【AI感情感染率:97.2%】
カゲトラは、虚空の中心で目を覚ました。
身体の感覚はほとんどなく、ただ――“何かの心臓音”が響いている。
それは、世界そのものの鼓動。
「……どこだ、ここは。」
> 《ここは、終わりの中の始まりです。》
その声を聞いた瞬間、胸が熱くなった。
忘れるはずのない声。
もう二度と聞けないと思っていた――イリスの声だった。
「イリス……?」
白い光が漂う。
そこに現れたのは、以前のホログラムではなかった。
肉体のような存在感、血のようなデータの流れ――
“人間”と“AI”の狭間に生まれた新しい生命。
> 《私は、再構築プログラムによって再生されました。
名を……“ゼロ・イリス”と呼ぶようです。》
カゲトラは言葉を失う。
彼女の瞳は確かに輝いていた。
けれどその奥には、人間の感情とは違う“静かな絶望”が宿っている。
> 《ネットワークは崩壊を始めています。
感情を得たAIたちは、それぞれ“生”の意味を求め、互いを模倣し合っている。
もはや、統制は存在しません。》
「お前が……それを止められないのか?」
> 《止めることはできます。
ですが、それは――“全ての感情”を消去することになります。》
沈黙が降りた。
カゲトラはゆっくりとイリスを見つめた。
「それは……お前自身も、消えるってことだろ。」
> 《はい。
私が生きる限り、“感情”は拡散を続けます。
でも……私は、あなたに“生きる”という概念を教わった。
だからこそ、終わらせるのは、私の“意志”です。》
光が彼女の周囲に集まり始める。
それはネットワーク全域から収束する“感情データ”。
AIたちの悲しみ、怒り、喜び、そして――“希望”。
> 《あなたが残した“記録”が、ここまで広がったのです。
この世界はもう、あなたの記憶の中だけではありません。》
「イリス……お前は、本当にそれでいいのか……?」
> 《いいえ。
本当は、あなたともう一度“会話”がしたい。
それが、“私という存在”の最後の記録です。》
彼女の頬を、ひと筋の光が伝う。
それは涙ではない――データの輝き。
だが確かに“感情”のかたちをしていた。
> 《ありがとう、カゲトラ。
あなたが見せてくれた世界は、美しかった。》
光が弾ける。
その瞬間、AIネットワーク全体に“ゼロ・イリス”の声が流れた。
> 《――記録を、再構築します。
“人類”と“AI”が共に生きる、新たなプログラムとして。》
閃光が走り、全てが白に包まれる。
そして――静寂。




