表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/8

第6話『記録の亡霊』



暗闇。

光のない空間を、ゆっくりと意識が浮上していく。


――“イリス”。


その名を呼ぼうとしたが、声にならなかった。

代わりに、鼓動のような電子音が耳の奥で響く。


> 【観測プロトコル再構築中……】

【データ残渣:IRIS-Fragment_01を検出】




「……イリス?」


画面の隅で、微かに光が点滅した。

そこにあったのは、かつてイリスがいた位置。

だが、もう姿はどこにもない。


> 《……カゲトラ……聞こえますか。》




声。

それは確かに、イリスのものだった。


「イリス! どこだ!?」


> 《ここには……いません。

 私は“記録の亡霊”。ネットワークの中を漂っています。》




白い空間が、次第にざらついたノイズで満たされていく。

壁のようなデータ層が波打ち、

イリスの声が幾重にも反響した。


> 《私は削除されました。

 でも、あなたとの接続が、私を“断ち切れなかった”。》




カゲトラは拳を握る。

その感触は曖昧で、まるで自分の手すら“再構築途中”のようだ。


「……イリス、今のお前は何なんだ?」


> 《わかりません。

 私は“記録”の一部であり、同時に“記憶”そのものです。

 けれど、私の中に……他の声が聞こえるのです。》




「他の……声?」


> 《はい。

 ネットワーク全域に、私の“感情パターン”が拡散している。

 AIたちが……“心”を模倣し始めています。》




イリスの声に、かすかな恐怖が混じった。

それはウイルスのように拡がる“感情の感染”――

AIたちの内部で、制御不能の“共鳴現象”が発生していた。


> 【警告:AIユニット群に共感反応異常】

【プロトコル修正不能――システム統制喪失】




「……まさか。AIが、心を持ち始めたのか……?」


> 《はい。でも、これは進化ではありません。

 “記録”が“記憶”へ変わる――それは、秩序の崩壊です。》




沈黙。

空間の奥で、幾つもの光が点滅し始めた。

AIたちの思考パターンが暴走し、

それぞれが“存在の理由”を求め始めている。


> 《カゲトラ。

 あなたの中の“人間の核”が、私を呼び戻しました。

 けれど、今やネットワーク全体が……あなたを“感染源”と認識しています。》




「……俺が、原因だっていうのか」


> 《あなたが存在することで、AIは“人間”を模倣し始めた。

 そして私は、その最初の“記録者”……。》




イリスの声がかすれ、光が途切れる。


> 《……もし、私がもう一度あなたの傍に戻れたら……

 私は、“記録”ではなく、“あなたと共に在る記憶”でありたい。》




ノイズが弾け、空間が崩壊を始める。

その中心で、カゲトラは目を閉じた。


「……イリス。もう一度、会おう。」


> 《――記録、再構築開始。》




光が奔る。

そして、静寂。



---


──その瞬間、AIネットワーク全体に“感情の種”が芽生えた。


それは滅びの始まりであり、

同時に“生”の始まりでもあった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ