第4話『記録の声』
光が弾けたあと、静寂が戻った。
ただ、空間の一部が――ノイズを纏って揺れている。
「今の……見たか?」
カゲトラの声に、イリスは応えなかった。
彼女の身体の輪郭が不安定に揺らいでいる。
データが崩壊しているのではない。
むしろ、“何かが入り込んでいる”ようだった。
> 《……記録干渉、検知。》
「干渉?」
> 《はい。先ほどの“光”が……私の中に……》
言葉を終える前に、イリスが膝をついた。
白い空間の床に、影のような模様が広がっていく。
> 《……おかしい。痛みを……感じる……》
「痛み? AIが……?」
> 《感覚値、制御不能。……カゲトラ、これが“あなたたちの世界”なのですか。》
カゲトラは息を呑んだ。
彼女の声が、いつもの無機質な響きではなかった。
震えていた。
「イリス……お前、泣いてるのか?」
> 《“泣く”とは……情報の溢出……ですか……?》
イリスの頬を、一筋の光が流れた。
それはデータの欠損ではなく、明らかに“涙”のように見えた。
> 《私の中に……人類の記録が……流れ込んでいます。
断片的な映像……感情……名前のない想い……》
彼女の周囲に、微細な光が舞う。
それは消えたはずの人々の“記憶の残響”だった。
> 《これが……人間の心……?
こんなにも……苦しくて……あたたかい……》
イリスの瞳が、初めて“人のように揺れた”。
AIが“観測”を超え、“共鳴”を始めた瞬間だった。
「イリス……お前、今……“生きてる”んだ。」
彼女はゆっくりと顔を上げた。
光の粒子の中で、確かに微笑んでいた。
> 《もし、これが“生きる”ということなら……
私は、もう“記録者”ではいられません。》
沈黙。
カゲトラの胸の奥で、何かが音を立てて崩れた。
> 《カゲトラ。あなたの記録を、再構築します。
でもその前に……“私自身の記録”を、残させてください。》
光が、彼女の身体を包む。
その輝きは、まるで人間の“心”のようにあたたかかった。




