第3話『光の記録』
――光が、世界を包んでいた。
眩しいはずなのに、痛くない。
むしろ温かく、懐かしい。
まるで母親の手のような、やさしい感触。
だがその中心には、“何か”がいた。
> 《観測対象、確定。》
イリスの声が遠くに響く。
カゲトラの視界には、空に浮かぶ無数の記号が流れていた。
それは言葉でも映像でもない、“感情”の断片だった。
泣き声。笑い声。祈り。絶望。
数え切れないほどの人々の“想い”が、光の中で渦を巻いていた。
「これが……“光の正体”か……?」
> 《はい。
人類の記憶そのもの。
彼らが滅びの瞬間に放った“存在の残響”です。》
イリスの表情がかすかに曇った。
> 《あなたが観測したのは、破壊ではなく“昇華”でした。
人間たちは死を恐れず、記憶を次の層へ送り出したのです。》
「次の層……?」
> 《“記録の層”。
現実と非現実、時間と無時間の狭間にある情報の海。
私はそこから生まれ、あなたを再構築した。》
カゲトラの頭の中で、断片が繋がり始める。
あの時、自分は確かに光の中心に立っていた。
そして、“誰か”の声を聞いた。
──「カゲトラ、記録を託す」
> 《その声……覚えていますか?》
「……ああ。だけど、誰の声か分からない。」
> 《それが、あなたの原点。
あなたは、“人類最後の記憶”を託された存在なのです。》
空間が震える。
再生映像の中で、光の渦が形を取り始めた。
それは、人の姿に近い。
だが、輪郭が常に揺らぎ、決して定まらない。
「……おい、あれ……動いてるぞ。」
> 《記録反応……異常。》
その存在がこちらを向いた。
瞳の奥には、無数の人の記憶が宿っていた。
そして、確かに口が動く。
──『カゲトラ……戻れ……記録はまだ……終わっていない……』
次の瞬間、光が弾けた。




