序章の終わり
薄暗い石造りの一室。天井から吊り下げられた燭台の揺れる炎が、壁に怪しげな影を映し出している。無機質な冷たさと、仄かに漂う湿気。そこは王立学園の華やかさとは対極の空間だった。
扉が静かに軋み、レオンが足音を忍ばせて中に入った。
「リアス様…戻りました」
部屋の奥、薄暗い書斎机の向こう側に、椅子に腰掛けた黒髪の青年が微笑んだ。その琥珀色の瞳は静かで、冷たい知性をたたえている。
「お疲れ様、レオン。…どうだった?」
「すべて計画通りです。エリュシアはアレクサンドルと転校生を襲撃し、三人とも命を落としました」
レオンは淡々と報告しながらも、その口元に微かな笑みを浮かべた。
「アレクサンドル様も、最後にはあなたの存在を知りましたよ。もっとも…理解した時にはもう、命の灯火が消えていましたが」
リアスは小さく笑った。
「愚かな王子だったね。自分の行いの意味を最後まで理解できず、ただ感情に踊らされるだけだった」
「ええ、ですがその感情があったからこそ、私たちの計画はうまくいきました」
レオンは一歩、リアスに近づいた。
「学園は混乱に陥り、権力争いは激化するでしょう。王室の信用も大きく揺らぎます。そして…」
「そして、彼らの死は新たな騒乱の火種となる」
リアスは指先で机を軽く叩きながら、静かに言葉を続けた。
「アレクサンドルの死は王国全体を揺るがす。王は喪失に狂い、後継者争いは激化するだろう。エリュシアの家も彼女の暴走を理由に失墜し、学園は秩序を失い混沌に沈む…」
「すべてはあなたの望む通りに」
リアスは立ち上がり、窓の外に目を向けた。夜の闇は深く、冷たい風がわずかにカーテンを揺らしている。
「この学園は理想と栄光に満ちた楽園だと信じている連中には、お似合いの結末だ。だが…これは始まりに過ぎない」
「ええ、リアス様」
レオンは跪き、深々と頭を垂れた。
「これからもあなたのために…」
「いいえ、レオン」
リアスは優しく微笑んだ。
「君は君自身の意志で動いている。それを忘れないでほしい」
「…はい」
リアスの瞳は冷たくも優しく、彼の中に燃える冷酷な光はわずかも揺らがなかった。
「さあ…次はどこを壊そうか。楽園の崩壊はまだ始まったばかりだ」