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シャンデリアは光ってる

結局状況は平行線のまま学園は重大なイベントに直面していた。


煌びやかなシャンデリアが天井を彩り、豪華な絨毯が広がる広間には、絢爛たるドレスと礼服を身にまとった貴族たちが優雅に談笑している。


国王を始めとする王族や貴族たちが集うこのダンスパーティーは、アルカディア王立学園の伝統行事。生徒たちも招かれ、華やかな夜を楽しんでいた。


エリュシアはその中心に立っていた。純白のドレスに身を包み、黄金の髪は繊細に編み込まれ、王家の婚約者としての風格を纏っている。


だが、その心は冷たく沈んでいた。


(今日こそ…はっきりさせる)


視線の先、笑顔で談笑するアレクサンドル。そしてその隣には――転校生。艶やかな薄紅色のドレスに身を包み、無邪気に笑っている。


アレクサンドルは彼女の手を取り、楽しげに踊り始めた。彼の真紅の髪が華やかに揺れ、その瞳は転校生だけを映している。


「…っ」


エリュシアは拳を強く握りしめた。


(私の…私は彼の婚約者なのに…!)


音楽が一段と高らかに響き、踊りがひとまず終了すると、アレクサンドルは微笑みながら中央に進み出た。


「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます!」


その明るい声が広間に響き渡り、注目が彼に集まる。アレクサンドルは優雅に一礼し、そしてエリュシアに視線を向けた。


「そして――今日は大事な報告があります」


エリュシアの胸が高鳴った。周囲の貴族たちが囁き合う。


「エリュシア・ティサリーシュとの婚約を、ここに正式に破棄いたします!」


一瞬、会場が静まり返った。次の瞬間、ざわめきが広がり、貴族たちの驚愕の声が飛び交う。


「…嘘…」


エリュシアの顔から血の気が引いた。彼は、皆の前で、自分を捨てた。


「アレクサンドル…どうして…?」


震える声で問いかけたエリュシアに、アレクサンドルは冷ややかに笑った。


「君はもう僕にふさわしくない。僕は…彼女と共に歩むことを決めたんだ」


彼が示したのは転校生。彼女は困惑した表情で周囲を見回していたが、アレクサンドルは彼女の手をしっかりと握りしめた。


(ふさわしく…ない…?)


エリュシアの視界が滲んでいく。周囲の視線が痛い。嘲笑、哀れみ、好奇の目。


(私が…ふさわしくない…?)


怒りが、悲しみが、嫉妬が、全てが彼女を飲み込んだ。


「…ふさわしく…ない?」


冷たく、そしてかすれた声が漏れる。次の瞬間――


「いいえ!あんたなんか…!あんたたちなんか…!」


エリュシアの周囲に膨大な魔力が渦巻いた。空気が震え、会場のシャンデリアが微かに軋んだ。


「エリュシア様!?やめてください!」


悲鳴が上がり、貴族たちが後ずさる。国王が立ち上がり、護衛たちが動き出そうとする。


「消えろ…あんたたちなんて…消えてしまえぇぇぇ!」


エリュシアの叫びと共に、眩い光の奔流がアレクサンドルと転校生を襲った。

広間を満たしていた美しい音楽は消え去り、代わりに恐怖と悲鳴が響き渡る。


「何事だ!?」

「護衛を!護衛を呼べ!」


貴族たちは逃げ惑い、侍女や執事たちは慌てて出口に駆け寄る。煌びやかだったシャンデリアは落下し、床はひび割れ、豪奢な壁画は崩れ落ちた。


その中心で――エリュシアは虚ろな瞳で、燃え上がる残骸を見つめていた。


(消えた…あの二人は…消えた…)


まるで悪夢のような光景だ。だが、それは現実。自分の放った魔力がアレクサンドルと転校生を飲み込み、光に呑まれたのだ。


「エリュシア様!」


誰かの叫び声が響く。彼女はそちらを振り返るが、視界はかすんでいる。


(何…私は何を…?)


「無事か?誰かエリュシア様を守れ!」


護衛たちが駆け寄り、エリュシアを囲むように立ち塞がった。彼女はぼんやりと周囲を見渡し、逃げ惑う貴族たち、崩れた会場、そして――アレクサンドルの姿はもうどこにもなかった。


「…私が…私がやった…?」


呆然と立ち尽くすエリュシア。だが次の瞬間、彼女の意識は急速に薄れていく。


「エリュシア様!しっかりしてください!」


手を伸ばしてきた護衛の姿が、次第に闇に溶けていった。


静かな薄暗い部屋。重厚なカーテンに遮られた窓からは、かすかな月明かりが漏れている。


「ここは…?」


エリュシアはゆっくりと目を開けた。柔らかなベッド、上質なシーツ。だが、冷たく沈んだ空気は、彼女の心をさらに重くした。


「目覚められましたか、エリュシア様」


ドアの向こうから、丁寧な口調で声がかけられる。その声を聞き、エリュシアははっと身体を起こした。


「レオン…?」


扉を静かに開けて現れたのは、整った顔立ちに落ち着いた表情の少年――レオンだった。彼はゆっくりとエリュシアに近づき、深々と一礼した。


「ご無事で何よりです。魔力が暴走してしまわれた後、護衛たちがなんとかエリュシア様を救出し、私も同行させていただきました」


「…アレクサンドル…あの女は…」


エリュシアの言葉は震えていた。記憶が、怒りが、後悔が胸を締め付ける。


「ご安心ください。彼らは無事のようです。少し負傷はしたものの、命に別状はありません」


「そう…なの…」


安堵と失望が同時に胸を駆け抜けた。自分は何も壊せなかった。


「それにしても…大変なことになりましたね。エリュシア様はご自分で状況を把握されていますか?」


レオンの落ち着いた声が耳に心地よい。エリュシアは震える手を強く握りしめた。


「…私…あの二人を…消し去ろうと…」


「ええ、拝見しました」


レオンは冷静に言葉を続ける。


「エリュシア様は己の感情に突き動かされ、貴族たちの前で魔力を暴走させた。これは…王家にも多大な影響を与える問題です」


「そ、そんな…!私は…!」


エリュシアは絶望に顔を歪めた。自分がしでかしたことは、取り返しがつかない。


「ですが…」


レオンはそっとエリュシアの震える肩に手を置いた。


「それは…エリュシア様にとっての『真実』です。ご自分の感情に素直に従い、偽りの関係に終止符を打とうとした…そうではありませんか?」


「真実…?」


「はい。エリュシア様は欺かれ、傷つけられた。その怒りは正当なものです。そして、その怒りを見事に示された」


レオンの優しい声は、どこか冷たく、理性的だった。


「しかし、これで終わりではありません。エリュシア様。これからどうするかが重要なのです」


「どう…する…?」


「アレクサンドル様と転校生を許しますか?それとも…」


エリュシアは目を見開いた。レオンの瞳には、冷ややかな光が宿っている。


「…許せるわけ、ない…」


「では、その思いをどう示すべきか…考えるべきでしょう」


レオンは微笑んだ。その微笑みは、どこか冷たく、底知れないものだった。


「私はエリュシア様の味方です。どうか、お忘れなく」


エリュシアはその言葉に縋りつくように頷いた。彼の言葉は、自分を支えてくれる唯一の救いだった。


(私は…許せない…あの二人を…あの女を…!)


エリュシアの中で再び燃え上がる感情。その炎は、より暗く、冷たく、彼女の心を蝕んでいく。

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