波乱の予兆
放課後、広間の片隅でレオンは静かに腕を組み、遠くで談笑する生徒会メンバーの様子を見つめていた。
「転校生が生徒会に絡んでくるとは……少々厄介なことになりそうですね」
レオンは穏やかな笑みを浮かべつつ、その瞳には冷静な観察の光が宿っている。
まるで見えない糸を手繰るように、学園の裏側を見透かそうとしていた。
その時、不意に視界に黒い影が差し込む。
「レオン、何を見ている?」
声の主は、レオンの友人であり同じく生徒会メンバーのひとりだった。
レオンは微笑みを保ったまま振り返った。
「いえ、ただ……少し気になることがありまして」
「気になること?」
「ええ。学園はいつも穏やかに見えますが、その裏側では絶えず力が渦巻いているものですから」
その穏やかな口調とは裏腹に、レオンの瞳は鋭さを帯びていた。
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一方、転校生は自室で日記を開いていた。
「今日から新しい生活が始まった。誰よりも輝きたい。けれど、この華やかな世界の裏には、何か暗いものが潜んでいる気がする」
彼女はペンを握りしめ、ページに力強く文字を刻んだ。
「でも、怖がってはいけない。私は負けない。ここで夢を掴むのだから」
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夜の学園は静寂に包まれていた。
月明かりが窓から差し込み、石造りの廊下に淡い影を落としている。
誰もいないはずの校舎に、ひとつの足音が響く。
「……もう動き始めたか」
闇の中で、誰かが小さく呟いた。
その声は静かだが確かな自信を帯びている。
「この学園は、いつまで輝きを保てるのか……見せてもらうとしよう」
その人物は闇の中に消えていった。
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翌朝、アルカディア王立学園の広大な中庭には、明るい陽光が降り注いでいた。
花壇に咲き誇る色とりどりの花々、優雅に行き交う生徒たちの笑い声。
その中を歩く転校生は、どこか浮き足立っていた。
(大丈夫。きっと私はうまくやれる)
胸を小さく叩き、気を引き締める。
けれど、その決意はすぐに試されることになる。
「おや、君は……昨日の転校生じゃないか」
軽やかな声に振り返ると、紅い髪を靡かせたアレクサンドルが、にこやかに近づいてきた。
彼の背後には、数人の取り巻きたちが控えている。
「おはようございます、アレクサンドル様」
彼女は少し緊張しながらも丁寧に挨拶した。
しかし、アレクサンドルは気にする様子もなく、親しげに手を差し出した。
「おはよう。せっかくだ、今日も僕が案内しようか? 君がこの学園で迷わないようにね」
その瞳はどこか甘く、けれど視線は一瞬も転校生を離さない。
(優しい人なのかもしれない……でも、どうしてだろう、少し怖い)
一瞬、彼の赤い瞳に何かを感じた転校生は、ためらいながらも笑顔を返した。
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。昨日しっかり案内していただきましたから」
「そうか? ならば無理にとは言わないよ。ただ、困ったことがあればいつでも声をかけてほしい」
アレクサンドルは軽く手を振り、その場を後にした。取り巻きたちが追従する。
その背中を見送る転校生は、ほっとしたように息をついた。
「……少し注意した方がいいかもしれませんね」
静かな声が耳元に届き、転校生は驚いて振り返った。
「え……?」
そこにいたのは、昨日も見かけた銀髪の少年だった。
「おはようございます。驚かせてしまって申し訳ありません。昨日もお会いしましたが名乗るのを忘れていましたね。私はレオン・カペル。生徒会で会計を努めています。」
レオンは礼儀正しく一礼する。
「い、いえ、こちらこそ……あの、注意って?」
転校生は戸惑いながらも尋ねた。
「アレクサンドル様は王子としての誇りをお持ちですが、それゆえに他者に強い興味を抱かれることもあります。特に……新しく入った方には」
レオンは穏やかに言いながらも、その瞳は冷静に転校生を見つめていた。
「も、もしかして……彼は怖い人なんですか?」
「いいえ、ただ……人の心を弄ぶことに慣れているだけです」
その言葉に、転校生は少し表情を曇らせた。
しかし、すぐに笑顔を取り戻す。
「でも、大丈夫です。私はそう簡単に負けませんから!」
レオンは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに微笑んだ。
「それは頼もしいお言葉です。では、どうか気をつけて」
彼は一礼し、その場を去った。
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その日の昼、エリュシアは生徒会室で書類に目を通していた。
「……アレクサンドル様、また転校生と?」
窓の外で楽しげに話すアレクサンドルと転校生の姿が目に入る。
(どうして……私がそばにいるのに)
彼女の瞳にはわずかに苛立ちの色が浮かぶ。
その時、生徒会室の扉がコンコンと叩かれた。
「失礼いたします、エリュシア様」
入ってきたのはレオンだった。
「何かしら、レオン?」
エリュシアは冷静を装いながらも、手の動きはわずかにぎこちない。
「少々気になることがありまして。転校生にアレクサンドル様が過度に関わられていることについてです」
「……あの方はいつも自由ですわ。私がどうこう言える立場ではありません」
「お言葉ですが、エリュシア様。あなたは生徒会長であり、アレクサンドル様の婚約者でもあります。
今のままでは、彼に誤った印象を与えかねません」
レオンの冷静な指摘に、エリュシアは唇を噛んだ。
「……私にどうしろと言うの?」
「それは、エリュシア様が決められることです。ですが……彼が転校生に心を奪われる前に、何らかの行動を」
エリュシアは机に視線を落とし、考え込むように黙り込んだ。
(私が……動くべき? でも……)
「少し考えさせてください」
そう告げた彼女の瞳には、揺れる感情が滲んでいた。