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囚われ人2

(――は??)


 頬を抑えたかったが、手首が結びあわされているため、できない。


 アシュレイはただ茫然と、女を見上げた。


 痛みがあるにはあるが、驚きのほうが勝って、咄嗟に口がきけない。


「なんてことするんだよ、カミール!」


 シャルが女の腕を掴んで、アシュレイから引きはがした。


「汚らわしいんだから当然でしょ!?」


 カミールと呼ばれた女は、強い力でシャルを振り払うと、再びアシュレイの頬を打った。


 2発3発と続けて打たれるせいで、感覚が麻痺してくる。


 4発目は殴打でなくて蹴りだった。


 両腕を括られているため、バランスが取れない。よろめいたところへ、肩口を足で蹴り飛ばされた。


 顔以外への打撃で、アシュレイはようやく防御への反応ができた。


「いい加減にしなさいよ」


 転がって、距離を取ると、アシュレイはすっくと立ちあがった。


 腕は自由にならないが、それでも胸の前で防御の構えを取る。


「奴隷の分際で、生意気な……!」


 それが余計に、カミールの気に障ったようだ。


「カミール! これ以上はダメだ!」


 シャルが泡を食って止めに入るが、その前に力強い声がカミールを制止した。


「何の騒ぎだ。人の留守中に」


 騒ぎで気付かぬ間に、扉が開いていた。


 入口に立つ人影が、低い声を出す。


 カミールは、ばっ、と手を引っ込めて、詰め寄っていた態勢を取り繕う。


 シャルはほっとしたようにアシュレイを見てから、遠慮がちに口を開いた。


「あ……そのアルダ様、お留守の間に女性が目を覚まして……トイレに行きたいようなのですが、腕の縄を解いてあげても良いでしょうか?」


「女がトイレに行きたいと希望しただけで殴ったのか。カミール?」


 シャルが探るように口を開くと、人影は後ろ手で扉を閉めた。


 シャルの問いには答えず、カミールに詰め寄る。


「だって……浅ましい嘘をついて逃げる気だと思ったから……奴隷の分際であるじを謀ろうとするから」


「主だって? ここの主は俺だ。お前はいつから俺のものを勝手に扱えるほど偉くなったんだ?」


 金色の瞳の男が、カミールを恫喝し、ワンピースの胸元を掴み上げた。


「あ、ごめんなさい……」


 途端にカミールの瞳に涙が膨れ上がった。


(やっぱり、昨日の男だわ)


 近くから見て確信する。この男、アルダが昨晩アシュレイを攫った人物で間違いない。


 アシュレイは自分の頭が存外冷静であることにほっとした。


 今までに冷遇される場面は多くあったが、王女という立場から直接暴力をふるう人間はいなかったので、少々動揺してしまった。


「私は大丈夫ですから、その人を離して」


「気丈だな。頬が赤くなっている」


「男性が女性を嬲る姿は見たくないの」


 赤くなっている、と指摘されて、ようやくジンジンとした顔の疼きを実感した。


 3度も叩かれたシーンを思い出すと、カミールへの怒りがふつふつとわき上がってくる。


「この縄を解いてくれればいいだけよ。それと、誤解のないように念を押すけれど、私は貴方のものではないわ」


 しかし、もう会うこともない女に、これ以上怒りを募らせたところで意味はない。


「その怪我に免じて手の縄は外してやろう。だが、誤解をしているのはお前のほうだ」


 突き出した腕の縄を切るため、アルダは腰元から小刀を取り出した。


 小刀は、その鞘にも柄にも宝飾品が施されており、いかにも高価そうだ。


 アシュレイの前に跪き、丁寧な動作で手首の間の縄の部分に刃を立てる。


 縄の半ばまで刃が食い込んだところで力を籠め、ぐいっと残りを切断した。


 決してアシュレイを傷付けないようにと、配慮された動きに思える。


 半日ぶりに手が自由になってほっとしたのも束の間。


 すかさず右手首をアルダが掴んだ。


 立ち上がった拍子にぐっと引き寄せられて目が合う。


 昨晩よりもはっきり見えるアルダは、想像していたよりずっと美しい若者だった。


 年の頃は20歳くらいだろうか。


 浅黒い肌は陽に焼けたためか、生来のものか。


 この国の多くの人がそうであるような漆黒の髪が波打ち、項の辺りでまとめられている。


 切れ長の瞳は特徴的な黄金色が、陽の光に当たって輝きを増していた。


 見た目以上に貫禄があるのは、所作に落ち着きがあるせいだろうか。


「お前は俺が盗み出した。つまりお前は俺のものだ」


「え?」


 自分を盗み出した男の正体に見惚れていたからか、アシュレイは一瞬反応が遅れた。


「ああ、貴方、誰かに頼まれて私を連れ出したんでしょう? あれね、本当の依頼主は私なの。私は自分を逃がすために、貴方たちを雇ったのよ」


 慌てて取り繕うアシュレイを前に、左右大きさの揃ったアンバーみたいな目が面白そうにきらりと光る。


「違うな」


「え?」


「俺がお前を盗んだんだよ。サレシド商会からな」


 アルダは婀娜っぽく、唇に指の背を当てて目を細めた。


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