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囚われ人1

「ハロー、シャル。アルダ様は来てる?」


「いや、僕も今来たところ……」


「なぁんだ……。わっ、なに、そのでっかい人形?? アルダ様の趣味!??」


 ふわふわと、宙に浮かんでいるかのような心地。


 アシュレイは温かな何かに包まれて微睡んでいた。


 その儚い微睡みに、高い声が混ざる。


「人形じゃないよ、息してる……ひょっとして、天から舞い降りた天使かも」


「天使? なわけないでしょ」


「だって黄金の髪だし、肌も透けるように白くって……こんなの天使としか」


「よく見なさいよ、手を縛ってあるわ。つまり囚人とか、奴隷の類よ」


「じゃあ、なんでここにいるの。アルダ様が連れて来たの……?」


「ん……?」


 周囲で飛び交うのは2人分の声だ。


 どちらも高いが、一方は声変わりを控えた少年の声で、もう一方は張りのある若い女性のもののようだ。


「まさか、アルダ様! 私というものがありながら、新しくこの女を囲うつもりじゃないでしょうね!? シャル、何か聞いてる?」


「僕だって今来たところなんだよ。あ、待ってよ」


 慌ただしい足音が遠ざかる。


 けれど直ぐ傍で止まる気配がして、アシュレイの意識は引き戻された。


 瞼をこすりながら、ゆっくりと身体を起こす。


 アシュレイが目を開けて、最初に飛び込んで来た景色は盛り上がった麻布だった。


 青く、陽の光を浴びた良い匂いがする。


 横向きで寝そべっていたので、手をついて起き上がろうとすると、まだ腕は拘束されたままだった。


 両掌がぐっと沈み、手の感触で布の下が藁草だとわかる。


「ふぁ……」


 欠伸が漏れた。


 まだ頭がぼぅっとする。


「あっ、目を覚ました!」


 頭上から声を掛けられて、アシュレイは顔を上げた。


 声の主はまだ幼さの残る顔立ちの少女だ。アシュレイと同年くらいだろうか。


 チャコールの混じったようなグレーの髪を肩口に垂らし、ブラウンの瞳を燃やしてアシュレイを見下ろしている。


 なぜ寝起一番で睨まれているのか分からないが、アシュレイはこの類の眼差しには慣れていた。


「ええと……、おはようございます?」


「何で疑問形なのよ」


 少女は不機嫌そうに口をひん曲げる。


「ここは?」


 見渡しても、四方を壁に囲まれている。


 木造の建物であることは解るが、窓は屋根のすぐ下に一つあるだけで、外は見えない。


 物音もない、静かな環境だった。


 彼方の風のそよぎに葉擦れの音が混じっているから、森林の傍かどこかだろうか。


 アシュレイは藁草の上に足を投げ出してから、軽く身体を捻ってみた。


 手首には縄が食い込んで、赤い痣もついている。だが、それだけで、他に外傷もない。


「見ての通り、別邸よ。ここがどこかなんて、あんたが知る必要はないわ」


(別邸? 山小屋のようだけど……)


 あんまりな物言いに、アシュレイは何度も瞬きした。


 この手の態度には慣れているが、何故、初対面の彼女がアシュレイにそう接するのか、よくわからない。


「私、貴女に何かしましたか?」


 思わず訊ねてしまったが、彼女はふんと鼻を鳴らしてそっぽを向くばかりだった。


(じゃあ、こっちに聞くのが正解かな?)


「この縄を解いて下さいませんか? お手洗いに行きたいんですけど」


 アシュレイはもう1人、女性の後方に立つ人物に声をかけた。


 恐らくそちらが、シャル、と呼ばれた少年だ。


 至極真っ当な意見を述べたつもりだった。が、自分をないがしろにされたと感じたのか、女性は益々眉間の皺を深めた。


「あ~、トイレくらいなら……」


「ダメに決まってるでしょ! そんなの、そこら辺の甕ででも済ませばいいじゃない」


 意外過ぎる少女の返答に、アシュレイはぎょっと目を剥いた。


「ええ? その辺でって……。この人、こんなに綺麗な女の子なのに? そんなことさせられないでしょ」


「シャル……。優しいのは結構だけどね、甘いとつけ込まれるわよ」


「つけ込まないよ、だって、天使だよ」


(う~ん……)


 終始穏やかな口調のシャルに、目をつり上げているこの少女。


 仲が良いのか悪いのか、噛み合っている気がしないのに、会話を続けている。


 2人で話している間に縄が解けないだろうかと思い、手首を捩じってみたりしたが、緩む気配はない。


 結び目を解けるような道具もない。


 国を出られるなら、野宿でも何でもする覚悟ではいたが、人前での排泄行為までは計算に入っていない。


 どうにか回避せねば。


 アシュレイは言い合う2人を眺めながら、どうしたものかと頭を悩ませた。


 多分アシュレイを連れて来たのはその、”アルダ”なる人物だろうから、アルダが戻ってくれば解決するのだろうけれど。


 いつ戻るか分からないのに、それを待っていて間に合うものか……。


「私は、囚人でも奴隷でもありません。ですから縄を解いても問題ないですよ」


「そんな出まかせを信じるはずないでしょう?」


「私は自分から依頼して、ここへ連れてきてもらったの。だから……」


「えっ? じゃあ縛ってもらったの? 君からアルダ様に頼んで?」


 シャルがぎょっと目を剥いて、その後すぐにぽっと頬を染める。


 あ、何か誤解してるかも……。


 と、アシュレイもほんのりと察したが、そこは身に染みついた作法だ。


 敢えて話題には触れず、困り顔を浮かべて微笑んだ。


「まーっ! やっぱりとんだ阿婆擦れよ! 何て言ってアルダ様に取り入ったの!?」


 しかし、どうして真に受けたのか。


 女はきっ、とアシュレイを睨みつけて、絶叫した。


「それは、誤解です。取り入ったなんて……」


 取り入ったも何も、アルダなんて人間をアシュレイは知らない。


 アシュレイを攫ったのがそのアルダだとしても、会話もまともに交わしていないのに。


 否定するが、女はヒステリックに声を荒げる一方だった。


 よく分からないが、アルダに対しての執着心が強そうだ。


「私のアルダ様に近づかないで! 汚らわしい!!」


 駄目だ、この人。全然話にならん。


 アシュレイは呆れと共に溜息を吐き出していた。それが、逆鱗に触れたのだろう。


 次の瞬間にはパシッと頬を張られていた。


 ぴりっ、と鋭い痛みが走る。


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