父と母 2
「タヒル…………!」
タヒルはアルタクセルごとアルダシールを刺し貫いていた。
アルダシールとアルタクセルが折り重なって倒れるのを見て、高笑いしたようだ。
「このっ、女狐……!」
アルダシールは渾身の力を振り絞って、タヒルの足を掴もうと手を伸ばす。
だが、タヒルは耳障りな笑い声を上げながら、大きく仰け反ってアルダシールの手を避けた。
「あっははは! 最期まで目障りな男だこと。けれど、お前の悪運もここまでね」
タヒルは逆手に握った長剣に体重をかけながら、アルタクセルの背から引き抜く……。
――いや、引き抜こうとしたが、できなかった。
アルタクセルが背に剣を突き立てたまま、猛然とタヒルに襲い掛かったからだ。
「え、陛……」
アルタクセルはタヒルの長い髪を鷲掴みにすると、頭を引っ張り上げた。
「この、毒婦め……!」
一回り萎んでしまった身の丈からは想像もつかないほどの怪力でタヒルを振り回し、壁に打ち付ける。
「ぎゃっ!」
悲鳴を上げたタヒルは白目を剥き、呆気なく気絶した。
「はぁ……は、ぁ……」
アルダシールは再び、立ち上がろうとするが、足が言うことを聞かない。
息が上がっているし、視界が霞んでいてアルダシールは数度頭を振る。
「父上……ご無事、で……」
アルダシールは両手で身体を支えながら、顔だけを上げた。
アルタクセルは、無言でタヒルの元へ歩み寄る。
タヒルの身体を抱え上げると、静々と供物を天に捧げるように窓辺に向かった。
まるで行く先に祭壇があるかのような厳かな動作だった。
衣の裾に火が移るのさえ厭わない。
足元から、めらめらと炎をひらめかせて歩むアルタクセルの姿は壮絶だった。
抱く妃と自らの口からは、真っ赤な血が流れ落ち、背には長剣が腹部を貫き、突き刺さっている。
だが、背から血を流すその後ろ姿は、威厳に溢れていた。
深紅のローブを棚引かせ、居並ぶ臣下の前で弁舌を振るうかつての姿を思い起こさせるほどに。
いつの間にか炎は、部屋の大半を埋め尽くしていた。
止めたくとも、術がない。
元よりアルダシールはこの場をアルタクセル諸共に焼き尽くそうとしていた。
それにもう、こうして顔を起こしているのがやっとだ。
アルタクセルが出窓を開くと、新鮮な空気を求め、狂ったように炎が外界へ噴き出た。
「アルダシール……。済まなかった。逆賊の汚名はせめて私が雪ごう」
炎が駆け抜けた衝撃で、硝子が砕け散った。
キラキラと舞い散るガラスの破片と共に、アルタクセルはタヒルと共に窓から身を投げた。
ゆっくりと傾いだ身体が、宙に吸い込まれるようにして消えて行く。
(父上……!)
アルダシールは手を伸ばすが、炎が視界を遮って、残像を塗り潰した。
「父上! 父上!!」
喉が張り裂けるほど、叫んだつもりが、一つも声にならない。
アルダシールの目には、巨大な生き物のように暴れ狂う炎の残像しか映らなかった。
炎は瞬く間に、アルダシールの視界をも埋め尽くした。




