宣戦布告 1
「それで、その首はどうしたの。マクシムの遺体は?」
「それが、逃亡を図るべリングバリを捜索中に、奴の仲間と思われる敵に強襲されまして、遺体までは……」
「……聞いていた話と違う。遺体はないの?」
今まで機嫌よく微笑んでいたタヒルが、途端に眉間に皺を寄せた。
「おい、聞いていた話と違うぞ。遺体はないのか!?」
ソファの横で、象の置物のように突っ立っていたキュロスが唐突にがなり立てた。
怒鳴らずとも聞こえる距離だし、今まさにタヒルがしたばかりの質問を、オウム返しにしただけだ。
「遺体を持ち帰らぬ失態、面目もございません。しかし、弾は腹部を捉えました。鉛の毒か失血で、どちらにせよ死は免れません」
「生き死によりも重要なのは身柄よ。今からでも探しに行って、遺体を持ち帰りなさい」
「何としてでも遺体を手に入れ、叛逆者の筆頭として吊るし上げろ」
オウム返し以外の言葉がキュロスから出て、思わず「はあ……」と曖昧な声が口から零れた。
「吊るし上げるのは、どうでしょう。そのような暴挙に出ればべリングバリ子爵がどのように動くかわかりません。ただでさえ、ベラミ領の辺境伯がアルダシール王子の味方に付き、軍を動員したというのに」
「黙れ!」
キュロスが吠えた。
ザイードは慌てて再び頭を垂れた。
余りに幼稚な発言につい、口を滑らせてしまったが、相手は王族だ。
ザイードが口答えをして良い相手ではない。
「キュロス、そう興奮しないで。軍勢ならこちらも負けないわ。お父様が各地に援軍を要請しているのよ。お父様の領地から援軍が到着すれば、ベラミもべリングバリも敵ではないわ」
タヒルが宥めるようにキュロスの腕に触れた。
タヒルの父は南部のロキサーヌ領を治め、王宮内でも宰相という重要な地位に就いている。
権勢で言えば王族に次ぐ。
タヒルの父ロキサーヌ公爵は、娘を王妃に据えて国政を思うままに操ろうとしていた。
しかし、思うようにならなかったのは、第一王子アルダシールの存在だ。
アルダシールはロキサーヌ公爵やタヒルが思うよりも、ずっと有能で狡猾な男だった。
誰もが予想しえなかった行動を前に、王宮は未だかつてない危機を迎えつつある。
通常時なら、援軍を要請すれば、国に従う領主はそれぞれが兵士を派遣する。
だが、今回は王族同士の戦いだ。
日和見に徹する領主たちが、どこまで味方をしてくれるかは未知数だ。
内戦が興れば国力が弱まる。領主たちは他国の侵略にも警戒しなければならない。
辺境の地からはるばる、アルダシールを援助するベラミが異常なのだ。
王宮に仕える騎士団は総勢200名。
辺境伯の有する軍兵には遠く及ばない。
となれば、取れる手段は応援が駆けつけるまでの籠城だ。
カルフォードはその方向での支度を進めているようだが、これがどれくらい危機的な状況なのか、この2人は把握しているのだろうか?
ザイードは自分が仕えている主人の愚かさを目の当たりにして、心底落胆した。
しかし、蛇の道を選んだのは他でもない自分自身だ。
彼らが真っ当な手段でアルダシールから王位継承権を奪える能力があるなら、このような卑劣な手段を取る必要はなかった。
ザイードとて、真っ当に努力を重ねる道から逃げ、悪党に身を落とした同類だ。
(これしきで、怯むな。何とかしなけりゃ。こいつらを利用して成り上がると、決めたんだろうが)
低頭を続け、ザイードは必死に頭を回転させた。
こうなれば援軍が来るまで、何が何でも持ち堪えさせるしかない。
僅かな沈黙の間に、ノックの音が響く。
それと同時に、許可を待たずして扉が勢いよく開いた。
「失礼します! 王妃殿下、キュロス殿下」
部屋に入って来たのは、王宮の近衛騎士の制服を纏った大柄な男だった。
キュロスとタヒルが思わずといった様子で立ち上がる。
「許しもなく入るとは、何と無礼な。今は取り込み中だ」
キュロスが慌てて男の前に立ちはだかる。
「申し訳ありません。ですが、キュロス殿下に早急にお伝えせねばと……! 城下街に、アルダシール殿下の御名で宣布が掲げられました!!」




