表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/91

アルダシールの決断 2

「マクシムさん、……アルダはどこへ?」


「殿下は……。所用があり、今はお傍におりません。代わりに私が護衛を務めさせていただきます」


 マクシムは、長いローブで全身を包んでいた。ローブの裾が持ち上がり、剣を帯びているとわかる。


「護衛だなんて……気を遣って頂いて、ありがとうございます」


 いないと聞かされたのに、つい未練たらしく、闇に目を凝らす。


 知らずの内に抱いていた執着心に気が付いて、フルフルと首を振った。


 いつの間に、こんなにアルダを気に掛けるようになったのだろう。


 夢の中で囁かれた、優しい声が思い出されて、耳が熱くなる。


 アシュレイは右手で左の肘を、きゅうと抱きしめる。


「よろしければ、御者台に上がりますか。見晴らしがいいですよ」


 じっと台上を見上げていたせいか、マクシムが誘ってくれる。


「ありがとうございます!」


 照れ隠しに、張り切った声を出す。言葉に甘えて隣に座ると、なるほど、見晴らしは良かった。


 しかし、日はとっぷりと沈んで、見えるのは天と地の境界がせいぜいだ。


 月明りは雲が遮っているし、カンテラの灯りも心許ない。


「先を急ぎますので、馬を出しますね」


 手綱を握り、マクシムは軽く鞭を振るって馬車を進ませた。


「……どこへ、向かうんですか?」


 夜の草原は、昼間と比べて気温がぐっと下がっている。


 馬の速度はそこまで早くなくても、通り抜ける風が肌寒い。


「アシュレイ様の上着は後ろですね。少し大きいですが、こちらをお召しください」


 マクシムは素早くローブを留めていた紐を解くと、アシュレイの肩に掛けた。


「ありがとうございます。マクシムさんこそ、寒くないですか?」


「私はこのままで問題ありません。上着は防寒ではなく、顔を隠すためのものですから、今は必要ありません。どうかお気遣いなく」


 マクシムは当初抱いたイメージ通り、柔和な態度で親切な対応をしてくれる。


 しかし、どことなくぎこちないのは……気のせいだろうか?


「間もなく小さな集落がありますから、そこで休みましょう」


 注視していると、なるほど、不審だ。


 前方を見据える目が、泳いでいる。


「マクシムさん……不躾で申し訳ありませんが、何か隠していませんか?」


 アシュレイは違和感の正体を詮索するでもなく、直球で質問をぶつけた。


 するとマクシムは面白いくらい露骨に――ぎっくんと、全身で身じろいだ。


 これは、隠してる。


 と一目でわかった。


 アルダシールはポーカーフェイスで、なんやかやと煙に巻く。


 なるほど、主従が正反対の性格でも、相性は悪くないらしい。


「ごめんなさい。隠してますね……」


 アシュレイは気の毒になって、掌を立てて一旦、謝罪した。


「で、何を隠しているんですか?」


 じいっと目を見つめると、いたたまれなくなったらしく、サッと逸らされる。


 言い逃れができないくらい、はっきりと態度に出しているのに、マクシムは頑なに否定した。


「何も、隠してなどおりません」


「否定は無理がありますよ! そんなに動揺して、絶対嘘だってバレバレです。アルダがいないのと、関係あるんですか?」


「関係、ありません……! 私は、嘘など……っ」


 マクシムの必死さは、逆に滑稽さを際立てた。


「関係あるんですね、アルダがいないのと。じゃあ、どんな理由で……」


「決めつけないでください。理由……いえ、理由など、ないのです。そもそも嘘をついていませんから」


 マクシムの主人がアルダシールなのだから、アルダシールと関係があるに決まっている。


 カマをかけられているだけなのに、ドツボに嵌るマクシムの姿が可笑しい。


 偽りを見破る。割と緊迫している場面なのに、笑いが込み上げた。


「こんな真面目な人に嘘を吐かせるなんて、アルダは残酷ね」


 理不尽に笑われても、嘘つきと不名誉な烙印を押されても、偽りを暴かれるよりはマシらしい。


 マクシムは眉を八の字に、口は引き結んだまま押し黙った。


 これ以上追及しても、彼は口を割ってくれそうにない。


 アシュレイは境界の曖昧になった地平線に目を向けた。


 地平の向こうの一点が、仄かに朱に染まっている。


 きっと集落があるのだろう。


(……隠すとしたら、何かしら。どんな理由があって)


 先刻、べリングバリ邸で、秘密を共有してもらって、仲間に加えてもらえたような心地でいたのに。


 それをまたこうして間に線引きされる――と、自ずと悟って、唐突に虚無に突き落とされた心地になった。


“アルダは、切り離す選択をしたんだ”


 ちょっと考えれば、わかることだった。


 アシュレイが眠りこけて起きなくても、必要ならアルダシールは連れ回す。


 逆に、不要となれば、泣こうが喚こうが置いて行く。


「私、置いて行かれたんだ……」


 アシュレイはマクシムに向けたままの、呆れ笑いのような表情で呟いた。


「それで、ごねたら厄介だから……、眠らせたんだ。酷いわあ」


 一つ思い至れば、容易く不審に行き着く。


 あのタイミングで寝落ちするなんて、変だと思った。


 だから、妙に優しい声で囁いたんだ。


「でも、だからって、食べ物に睡眠薬を盛ったりする? ちょっと非常識が過ぎますよね?」


 恨み節を唱えたって、マクシムにはどうにもできない。


 眠りに落ちる間際の、あの、愛しむような優しい声。


 瞼に落とされた温もり。


 あれは夢じゃなかった。きっと、アルダシールのものだった。


 思い出されると、胸がぎゅっと締め付けられる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ