政略結婚!? 3
従順なアシュレイが口答えするなど、思いもよらなかったのだろう。
キューべルルは顔を真っ赤にして、聞こえよがしに許しを請うた。
セレンティア王は小さく頷いただけで、その表情にはなんの感情も窺えない。
アシュレイどう扱われ、何を思おうと関心の外だ。
(――わかってる。期待なんか、するだけ無駄だと)
「キャヴス。アシュレイを連れて行きなさい」
キューベルルは壁際に控えている近衛兵に、指示を出す。
「拝命しかと、賜りました。では、失礼致します」
引き出される前に、自分から、礼を取って退室する。
「……アシュレイ様。お部屋までお送りします」
扉が閉まると、後ろからついて来た近衛師団、3番隊長のキャヴス・ダリウスが痛まし気に眉をひそめた。
キャヴスは母と同じ、オスロー出身の下級貴族だった。
彼は卓出した剣技と、秀でた美貌から近衛師団に抜擢された。
……オスローは北方にあるため、色素の薄い民が多い。
キャヴスも例に漏れず、戦闘職種には珍しい白磁のような肌に、深い湖のような紺碧の瞳を持っている。
舞台役者のような甘いマスクは、宮中の女性の人気を欲しいままにしていた。
キューベルルは母には嫉妬をしていたくせに、キャヴスの容姿は気に入っていた。
キャヴスを師団長へ推挙したのは、キューベルルだと聞いている。
キャヴスは私情を挟まず、献身的に王家に仕えていたが、一方では同族の血を引くアシュレイを気に掛けてくれていた。
味方はほぼ皆無と言えるこの宮中で、親身になって接してくれる唯一の存在だ。
「何のお力にもなれぬ我が身の、不甲斐なさをお許しください……!」
「ありがとうございます、キャヴス隊長。……どうぞ、気になさらないで」
キャヴスがガラス細工のように綺麗な顔を歪めて、心底口惜しそうな嘆きを零した。
それだけでささくれ立った心が、いくばくか癒される。
だが……。
もう、それだけでは満足しない。
多分これが、アシュレイにとって唯一無二にして最後のチャンスだ。
これを逃せば宮中の外に出られる機会は永遠に失われる。
アシュレイは離宮へと続く渡り廊下をさっと見渡し、人気がないのを見て取ってから、改めてキャヴスを振り返った。
今までのアシュレイだったら恐らく、それが宿命だと受け入れていただろう。
不満だったとしても、どうこうしようなどとは思いもよらなかったはずだ。
スゥ、と大きく息を吸って、儚げな溜息と共に声をこぼす。
「でも、もし……」
アシュレイは自覚していた。
この姿形は、傾国の美女と言って差し支えないほど、美貌に恵まれている。
唇は花弁のように可憐だし、声は琴を奏でるように滑らかだ。
あの凶悪な継母がアシュレイを殺すまでに至らなかったのも、半分はこの美貌のお陰だったとも言える。
目障りなりに、政治の役に立つと考えたのだろう。
「キャヴス隊長……一つだけ、お願いしたいことがありますの」
これは充分な武器になると、アシュレイに宿った千春が助言する。
卑怯かもと良心の呵責を覚えなくもないが、構っていられない。
庇護欲を唆られたキャヴスは、分かりやすく両頬を紅潮させた。
千春だった頃を考えると、“愛らしい声音”を使うことには若干の抵抗がある。
何だか男性を騙しているような罪悪感が拭えない。
千春は女性の割にかなりの長身で、声も態度も、女らしさとは無縁の体形だった。
「どうかお聞き届け下さる……?」
でも、今はここぞの時だ。
持っているものはフルに使わなければ。
ここでキャヴスの協力が得られるかどうか。それが全ての鍵を握っていると言っても過言ではない。
「お聞き届け下さるなら……一つだけ、お願いしたいことがありますの」
アシュレイはしっとりとした柔らかい掌で、きゅっとキャヴスの手を握る。
「ア、アシュレイ様……!? 私にできることでしたら、何なりとお申し付けください」
(ごめんね、キャヴス)
断らせないダメ押し行為を心で詫びながら、アシュレイは咄嗟に思いついた計画をキャヴスに持ち掛けた――。