休息 1
ドキドキと速まる鼓動をアルダの影に隠すようにして、不自然にならない程度の歩調で商人たちを通り過ぎる。
街の出口まで辿り着くと、アルダはヒューっと高く、口笛を吹いた。
そっと後ろを振り向くが、追って来る者もなく、一安心した。
口笛の音を聞きつけて、馬が戻る。
アシュレイの緊張など微塵も気にしていないのか、アルダは普段の口調で素っ気なく告げた。
「持ってろ」
荷を馬に載せるのかと思いきや、アシュレイに手渡される。
包みからは、ふわんと香ばしい香が漂う。
「あ……いい匂い」
嗅覚が刺激され、急激に緊張が緩んだ。
思わず包みに顔を埋めたくなる衝動に駆られていると、そのまま馬上に引き上げられて、包みに鼻先が埋まる。
相変わらず、大した力だ。
「のっ、乗るんだったの? 言ってよ、もう!」
「凄まじい食い意地だな。そんなに腹が減ったのか、緊張感のない奴だ」
「わざとじゃないわ! 不可抗力よ」
揶揄われて、アシュレイはムキになって否定する。
緊張は、当然していた。どちらかといえば、無頓着だったのはアルダのほうだ。
それに、いくらお腹が空いていて、中身が食べ物だったとしても、荷物に鼻を突っ込むほど無作法じゃない。
「素直じゃないな。焼き立てのパンは香りも格別だろう」
ああ。
やっぱり、包みの中の香ばしい匂いは焼き立てのパンだったか!
先ほど商店で嗅いだ匂いに似ていると思った。
アルダは挑発するように口の端を上げる。
「腹が減ってるなら、食事をしようと思っていたのに。……減っていないのか」
肯定すべきか否定すべきか、心を揺さぶられる。
が、先ほど広場で「美味しそう~」と、味を知りたい欲求に駆られたのも、また事実だ。
おまけに今朝は水だけで、街まで歩いた。もう、お腹はぺこぺこだ。
「どうした。要らないのか?」
アルダはゆるゆると馬を出しながら、膝でアシュレイの腿を小突く。
「減って……る。食べたいに決まってるでしょう」
誘惑に負けて、アシュレイはくうっと呻いた。
ここのところ、自分で焼いたナンもどきか、芋煮、アルダの持って来てくれた果物くらいしか口にしていない。
プロの焼いたふかふかの白パンは、たまらなく魅力的だ。
「だろう。物欲しそうに見ていたからな」
その返答にアルダは満足そうに微笑む。
アルダの思惑に嵌るなんて……。
悔しさに駆られるかと思いきや、そうでもなかった。
(物欲しそうに見ていた、って……)
もしかして、私が欲しそうにしていたから、買ってくれたんだろうか?
言葉の裏に潜んだ気遣いを勘繰り始めたら、言い返せなくなる。
それに、歯を見せて気分良さそうに笑うアルダは、どこか喜んでいるようにも見えた。
「冷めないうちに腹ごしらえをしよう。すぐ傍に、ちょうど良い洞穴がある」
アルダはぐるりと馬頭を巡らせる。
移動は、ものの数分で済んだ。
洞の入口に、布を敷いて腰を下ろした。
「ほら。好きなだけ食べろ」
渡された荷を解くと、中から出てきたのは、まだほんのり湯気の上がる、白パンだった。
それだけではない。
バゲットサンドにはハムとチーズ、それに葉野菜を挟んだもの。
重ねた葉の包みには先ほどのソーセージに、豆の煮物、揚げたバナナ、その他にもカットされたフルーツの包みまであった。
「うわぁ……何これ! こんなに沢山!?」
2人ではとても食べきれない量に、目を丸くした。
膝に乗り切らない分をそっと布に並べる。
どれもアシュレイが「美味しそう!」と見惚れていたものばかりだ。
料理のチョイスや量、アシュレイの居ぬまの行動に、アルダの気遣いが垣間見える気がして、胸が詰まる。
意地悪と皮肉に腹を立ててばかりだったが、それらはアルダの照れ隠しなんじゃないか。
そんな気までしてきた。
最後に、包みの一番下から、大きな丸い塊が2つ出て来た。
「一番下のはココナッツだ。自分で殻を割ってみるか?」
アルダはローブの合わせに手を入れると、短剣を取り出す。
以前アシュレイの縄を切った時と、同じ短剣だ。
「……」
しかし、アシュレイは受け取ることも、拒否することもできなかった。
「どうした? 今は要らないのか? できないだけならやってやろうか」
「これ……私のために買ってくれたの? こんなに? 私、何も返せないのに……」
アルダの気持ちは嬉しかった。
だけど、嬉しいと思う心と比例して、自分が何も持たない事実を突きつけられる。
アルダの二心を疑っているわけでもない。
短い付き合いだが、何か見返りを求めているのではないとわかる。
だからこそ、こんな風にしてもらう理由がない。
人目を避けて、買い物までさせてくれて。
それに……
「こんな……、高かったでしょう? どうして」
「なんだ、金の心配か」
アルダは呆れたように息を漏らす。
「そんなもの気にせず、人から施しを受けたら素直に貰っておけ」
「アルダの気持ちはとっても嬉しい。でも、気にするわよ。アルダのお家は、貧しいんでしょう?」
アシュレイは好意を素直に受け取れない、心苦しさを感じながらも訴えた。
「は」と、アルダはぽかんと口を開けた。
何を言われているのか、ピンときていない表情だ。
「貧しい。俺が……?」
「失礼だけど、没落貴族だって……言ったじゃない。貴方が犯罪に手を染めなきゃいけないほど、苦しいんでしょ? 私を売らないから、損も抱えてるはずよ」
アシュレイは誠実に、誠意を込めて、アルダを説得しようと努める。
しかし、アルダは急に納得したように頷くと、笑い出した。
「ははは、そういやそうだった。だが、こんな小銭に困るほど落ちぶれちゃいない」
アルダはさも可笑しそうに肩を震わせる。
「可笑しくないわよ。私は気持ちだけ受け取らせてもらうわ。せめてこれはご家族のために持ち帰るべきよ……」
食欲に目が眩みかけたが、やっぱりこれは迷惑を掛けているアシュレイが貰って良いでものではない。
だが、アシュレイが懸命に訴えているのに、アルダは声を上げて盛大に笑う。
その姿は爆笑に近く、アシュレイには何がそこまでアルダを愉快にさせているのかわからない。
「どうして、そこまで笑うの。私は本当に」
「家出した文無し王女に心配されるなんて、最高に滑稽だろう! ちょっと、黙れ……。これ以上笑わせてくれるな」
アシュレイに抗議を受けて、アルダはくっくと、身を折るようにして震え始めた。




