表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/91

悪意 1

 1日目は清掃に専念したから、2日目は周辺の探索をしよう。


 飲み水は小壺に移して、丸めた葉で栓をした。


 朝陽が柔らかく草葉を照らしている。


 朝露が乾くよりも早く行動したためか、小鳥が囀りあって、木々の間を木霊した。


 こんな時に不謹慎だが、初体験に等しい自由にアシュレイは意気揚々と先を進む。


 清らかな空気を吸いながらの探索は充実したものだった。


 本邸の周辺にこそ柵が巡らされていたが、小屋の周りには何もない。


 見下ろす先には街が見え、自在に降りられそうだ。


 嬉々として探索を楽しんでいたが、2時間ばかり過ぎた頃、唐突に雨が降り注いだ。


 まるでシャワーのように降り注ぐ雨粒に興奮しながら、大慌てで小屋へ飛び帰った。


 するとそこへ待っていたのは、衝撃的な光景だった。


「……なに、これ……」


 小屋の中は、ぐちゃぐちゃに荒らされていた。


 昨日掃いて集めてあった灰が撒かれている。


 整えてあった藁草が散乱し、昨日焼いた食糧の残りは無残にも床に転がっている。


 惨状を目で追っているうちに、床に伏せて蠢くシャルを見つけた。


「おっ、お帰り……。散歩してたのかな? 僕も今来たんだけど、ネズミでも出たみたいで……」


 アシュレイは目を疑った。


「ネズミ? これはネズミの仕業なの……!?」


 シャルは懸命に藁草をかき集めている。


 アシュレイは、一番最初に拾い上げたナンもどきをテーブルに上げた。


 藁を集めながら、辺りを検分する。


 煤を払って元の位置に戻しながら、直球で尋ねた。


「やったのは、カミールね?」


 ぎくり、と俯くシャルの肩が震える。


「どうして隠すの?」


 アシュレイは重ねて問い詰めた。


 シャルが立ち上がる。


「これは違うんだ!」とシャルは必死に弁明した。


「カミールはアルダ様に頼まれたお使いの最中だよ。たまに、出るんだよ、ネズミが……。罠を仕掛けておくからさ、もう入ってこないように! だから、心配しないで?」


「シャルは優しいのね。安心して。アルダに言いつけたりしないわ」


 アシュレイは微笑んで、シャルの努力を無駄にしたくない一心で、穏やかな声で宥めた。


 シャルがホッとしたようにアシュレイを見上げた。


「ほんと? ああ、良かった!」


(やっぱり、庇っていただけなのね。……カミールめ)


「ごめんね。すぐに片付けるから」


 肩の荷を下ろしたように笑うシャルを前に、アシュレイは奥歯を噛んだ。


 すると外から嘲笑うような声が聞こえて、戸口に目を向ける。


 シャルが「あっ」と声を上げた。


「アルダ様に言いつけないでくれるって? 随分と偉そうな口ぶりだけど、私がやったって証拠でもあるの?」


 戸口の向こうに、カミールが立っていた。


 どこかに隠れて、アシュレイが帰る時を待っていたのか。


 正直者のシャルがひくり、と顔を引き攣らせる。


 シャルも部屋を見て、咄嗟にカミールの仕業だと判断したのだろう。


 その反応で、直接目撃したのではないんだな、とわかる。


「言い掛かりは止めてよね。きっと、ネズミの仕業よ」


 ふふん、とカミールは高慢な態度で腕組みをしている。


 アシュレイは黙って、拾い集めたナンの欠片に視線を向けた。


 元は歪な楕円形だった。20センチほどに伸ばして焼いたものが、3枚、残っていたはずだ。


「どこが、ネズミの仕業よ? 齧った痕が一つもない。手で千切った凹みならあるけど。あと、肘の内側に粉が付いてる。ついでにネズミが粉袋を、生真面目に口を開いて取り出すと思う? 他にも理由が必要?」


 アシュレイは矢継ぎ早に質問を投げかけ、カミールに詰め寄った。


 カミールはぎょっとして組んだ腕を解いて、自分の肘を確かめる。


「ほらね、当たりだ。馬鹿ね、腕に粉なんて着いてなんかないわ」


「あんた……!」


 カミールが目を剥く。


「仮にネズミの仕業なら、小屋中粉だらけになってるし、足跡だって残ってる。どうしてこんな馬鹿な真似をした?」


「馬鹿って、失礼ね! 面倒を見て貰ってる立場で……ちょっ」


 アシュレイは皆まで言わせず、綿で織られた赤茶のワンピースの胸ぐらを掴んだ。


「こんな馬鹿な真似した理由を聞いてるの、聞こえない?」


「何すんのよ。離して!」


 胸元を掴んだ手を引き剥がそうとカミールは引っ張ったが、アシュレイは離さない。


 こちらの頬を張ろうとした掌を、今回は躱す。


「カミール、止めなよ!」


 シャルの悲鳴が上がった。


「怒ってるのはこっちよ!」


「このっ」カミールはアシュレイの腕を掻きむしろうと爪を立てた。


 サッと引いて距離を取る。


「だからどうしたっての。ああ、そうよ。私がやったわ。あんたが気に入らないからよ。あんたにさっさと、ここから消えて欲しいからね!」


 カミールは開き直って、大声で言い募った。


 分かってはいたが、反省の色が欠片もない。


「いいこと、私は今から貴女を殴る。歯を食い縛りなさい。今はこの体だから手加減しない」


 アシュレイは宣言した。


「ははっ、何それ。やれるものならやってみなさい」


 千春は178センチの長身で、事あるごとに手加減を要求された。だが、今は違う。


 カミールは高慢な態度を崩さなかった。


 警告はした。もう、躊躇いはない。


 アシュレイは線が細く、パワーこそ足りないが動きは俊敏だ。


 すっ、と上半身を沈めると同時に距離を詰め、懐に飛び込んだ。


 見下ろすように斜に構えていたカミールの鼻の穴を見上げ、低くした姿勢から思い切り拳を振り抜いた。


「ぐうっ」


 アシュレイの白魚のような腕では、大した打撃にならないだろうと踏んでいた。


 だが、想像した以上の威力だったのか、左頬に拳を受けたカミールは数歩、よろめいた。


 顎先を狙ったわけではないが、脳にも影響を及ぼしたらしい。


「この……~~」


 壁に背をつけ、立ち上がろうとしながらカミールは何事か呻く。


「私が気に入らなきゃ、2度と来るな! たかが嫌がらせで、食べ物を無駄にするような人間は、吐き気がするほど嫌い」


「えっ、アシュレイ? カミール??」


 瞬く間の出来事に、シャルは混乱している。


 まさかアシュレイがカミールを殴ると思っていなかったのだろう。


 2人を見比べて、何が起きたのか把握に時間を要していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ