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挑発 1

 王室はアシュレイに碌な教育を施してくれなかったから、ほとんどが独学と見聞きしただけの知識だ。


 千春の生では、常に金銭的に困窮を極めていた。


 国から補助が出るとはいえ、施設に入所している児童が不自由なく暮らせる額には遠く及ばない。


 何かに追われるような息苦しさから、どうにか逃れられたのは、自衛官として自立してからだった。


 生活がある程度規制されている自衛隊でも快適に感じられるほど、それまでは不自由だった。


 ……転生した先のアシュレイは、貧困とは無縁の王族の恵まれた身分ながらに、がんじがらめで不自由な生活を強いられていた。


 人の考える自由とは、いったい何なのかと哲学的な考えが頭をもたげなくもない。


 そんな境遇のアシュレイが自分なりに解釈したこの世界の貨幣価値の感覚は、円よりも米ドルに近い。


 1万200ランダ。


 日本円に換算すると、102万円ほどか。


「素晴らしい手腕ね。仲間に支払う報酬よりも支度金のほうが安上がりだったってわけ」


 アルダはにやりと口の端を上げた。


「なるほどな。世間知らずなだけで、馬鹿ではないらしい」


 盗賊団の頭領が、仲間に支払う報酬の相場がどの程度なのか分からない。


 酒樽15樽の1万ランダが妥当なのかも判断がつかない。


 しかし、アルダが選ぶからには、そちらに利があるに違いなかった。


 しかもそれを、たった一人でやってのけるとは……。


「あの子たちにはいくら払うの? 貴方の仲間よね?」


「あいつらは屋敷のほうの使用人だ。ガキだから、特別にここへの出入りも許可してやってる。だから俺の手出しはない」


「ルドレール子爵……貴方のご両親は、貴方が非合法な商売に手を染めているとご存じなの?」


「そんな事情を聞いてどうなる? 両親に密告してやると、俺を強請る気か?」


「いいえ。今までが世間知らずだったから、理解できることは何でも知りたいの」


 アシュレイは自分を奮い立たせるためにも、ゆっくりと言葉を切る。


「これから売り飛ばされて奴隷に成り下がろうとしている奴が? 知ってどうなる?」


「だって私、まだ諦めていないもの」


 せっかく腕の拘束を解いてもらったのに、警戒が厳しくなるかもしれない。


 その危惧はあったが、堂々と宣言した。


 アルダは面白そうに眉を跳ね上げ、不敵に笑うかと思えば――ふっと微笑んだ。


「いいな、その表情。美しい」


(え?)


 アシュレイは、その笑顔が思いのほか優しくて驚いた。


 急に手を取られて呆気に取られる。


 その手をどうするのかと見守っていると、掌同士を合わせるように指先を握り直して、手の甲を頬に触れ合わせる。


 その時、それまでに感じた経験のない何かが、アシュレイの背筋を走り抜けた。


 温かいのは手の甲なのに、耳が、熱くなる。


「あの……何をす」


 アルダはそのままアシュレイの手を自分の口元に引き寄せると、その甲に唇をつけた。


(きゃあ!)


 手袋越しではない、直接の口づけに、驚愕する。


「なら、俺の女になれ。それで、解決だ」


「はあ!?」


 アシュレイは頓狂な声を上げて手を引き返そうとするが、アルダの力のほうが強く、留め置かれた。


「何よ、それ。馬鹿にしないで。仮にも国王陛下の妾妃で、一国の姫である私を、たったの1万200ランダで手に入れようっていうの」


「その、強気な態度が良い。ますます気に入った。今までどんなにお高く留まった美人でも、俺にそんな態度を取る女はいなかった」


「それは、貴方が貴族だから? それとも、その綺麗な顔のせいで?」


 尋ねながらも、アシュレイの中には漠然とした回答が用意されていた。


 没落、は謙遜にしても盗賊まがいの行為を繰り返すくらいなのだから、金銭的な余裕はないに違いない。


 社交界は虚飾と見栄で彩られる世界だから、厚遇されるとも考えにくい。


 更に3男ともなれば、家督の相続順位も低いから、権威に対する魅力は乏しい。


「お前の目から見ても、俺は綺麗か?」


 答えの見えている、棘のある質問だったのに、何故かアルダは嬉々としてアシュレイの瞳を覗き込む。


「綺麗だと、思うわ。ねえ、私の言葉は伝わってる? 私は遠まわしに嫌味を言っているのよ。どうして嬉しそうなの」


「俺は褒められ慣れているが、褒められながら嫌味な口を利かれたことはない。案外、悪くない」


 最初は寡黙な印象だったのに、ひょっとしてただの、ヤバい奴なのだろうか。


 手を離してもらえないので、アシュレイは手を伸びるだけ伸ばして、目一杯後退った。


 偉そうな男ほど虐げられたい願望を抱えていると、いつだか聞いた記憶がある。


「離してよ。気持ち悪い!」


「あまりつれなくするな。優しくできなくなる」


「要らない! 余計に気味が悪いわ」


 手を引っ込めようと暴れていると、ふいにアルダが手を離した。


 勢い余って尻餅をつく。


 その隙にアルダは更に接近した。


 板間に足を投げ出したアシュレイに圧し掛かるようにして、上から覗き込む。


「止めて! 退きなさい」


「命じられて、退くと思うか? ここはお前の国じゃない」


 アルダはアシュレイの顎に指をかけると、強引に上を向かせた。


 吐息を感じる距離に男の顔がある。


「今、お前の主は俺だ。俺はお前を好きにする権利がある。優しく言って分からないなら、身体に教え込んでやろうか」


「私の主は、私よ! 貴方じゃない。私の上から退きなさい」


 豹変したアルダの態度に、アシュレイは怯みかけるも、強く言い放った。


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