囚われ人3
(どういうこと……?)
意表を突かれたのは、アシュレイのほうだった。
「誘拐の依頼を受けたのは”カシタ”の連中だ。奴らはサレシド商会の子飼いで……お前が話を通したのはサレシド商会だろう?」
??
混乱するアシュレイの頭には、アルダが説明する内容が、いまいち良く入って来ない。
だが、サレシド商会の名は良く知っている。
アシュレイの住まう離宮に出入りしている、宝飾品を取り扱う商人の屋号だ。
「カシタは王女一行が宿泊する予定だったメルンで、今夜、襲撃を掛ける予定を立てていた。それを掠め取られたんだから、今頃血眼になって探しているだろうよ」
「探してるって、誰を?」
「お前を、だよ」
「私を? 何故、サレシド商会の関係者が私を探しているの……?」
指を差されて、アシュレイはもう一度情報をまとめた。
アシュレイはキャヴスに協力を仰ぎ、面識のあるサレシド商会に「王女誘拐」を依頼した。
サレシド商会は協力関係にある組織”カシタ”とやらに誘拐行為を委託し、カシタは今日……、アシュレイの記憶が正しければ7月22日に、メルンでの襲撃を予定していた。
しかし、王女は前泊地で姿を消している……この男、アルダの手によって。
順を追っていると、徐々に不穏な気配が頭をもたげる。
(ん? となると? 私はサレシド商会の縁者が誘拐してくれるものと思っていたけど……)
「貴方は、誰なの?」
ごちゃごちゃ考えたが、結論が先に口を突いて出た。
アシュレイがアルダの指摘する誤解に、ようやく気付いたのがおかしくて、アルダはぷっと噴出す。
「俺はアルダだ」
「それは知ってる! そう呼ばれてたから……。貴方が何者か……貴方の素性を聞いているの」
「俺の素性に興味があるか?」
どこか含みのある言い方に、アシュレイは眉を寄せた。
「茶化さないで。私は真面目に聞いているのよ」
「ちょっとアンタ……!」
カミールが噛みつくような声をあげた。
「口の利き方に気を付けなさい。アルダ様を何だと」
「カミール」
アルダが低く叱責すると、アミールは口を噤んだ。
「2人とも外に出ていろ」
「カミール、行こうよ……」
シャルに促されて、アミールは渋々部屋を去った。
益々、アルダの立場に疑問が募る。
「俺はルドレール子爵家の三男坊だ。と言っても名ばかりの没落貴族だがな。それで、こんな風に質の悪い犯罪にも手を染めている」
アルダの口調は軽いが、目は笑っていない。
「じゃあ、貴方はサレシド商会とは無関係に、私を誘拐したの? 何のために?」
「金のためだ。決まっている」
先ほどまではアシュレイを庇うような態度だったのに、急に突き放された気がした。
「この上ない美貌を持つ、正真正銘の王女様だ。目の飛び出るような高値で売れるだろうよ」
感情の読めない表情を前に、アシュレイは赤くなった自分の手首とアルダの顔を見比べた。
一歩、後退する。
「ようやく事の重大さが分かったようだ。だがな、俺が攫わずともサレシド商会がそんな馬鹿げた依頼をまともに受けるとは限らない。そうは思わなかったか?」
「どういう意味? だってあの人たちは私の依頼を受けたのよ。ちゃんと、報酬も払ったわ」
「カシタのような盗賊どもは端から非合法を生業としている。元から法の庇護など関係ないからな。先払いされた報酬には何の拘束力もない。あるいはサレシド商会はカシタには1クロームも払っていないかもしれない」
「何ですって?」
あまりに予想外の発言にアシュレイは声を荒げた。
それでは、サレシド商会は初めから依頼を無視する算段だったのか。
母の形見だけをせしめて。
それをアルダは冷徹な目で見下ろす。
「詐欺だと腹を立てるか? だがな、報酬を騙し取られるだけならまだましだ。”王女は抵抗しないから、誘拐したら好きにして良い”と。サレシドはきっとカシタにそう命じたはずだ」
カッと頭に血が昇り、真っ白になる。
「甘っちょろい王女様の常識が、悪党に通じると思っていたのなら余りにお粗末な作戦だ。蛇の道は蛇だ。悪党を子飼いにするような連中は、元からまともな組織じゃない」
「そんな……」
アシュレイは足元から力が抜け、崩れるように座り込んだ。
元から、まともに依頼を遂行するつもりはなかった?
しかし、依頼はキャヴスにしかと託した。
(キャヴスが約束を違えるはずは――ない。だとしたら本当にアルダの言う通り!?)
キャヴスは実直な男だ。アシュレイに請われた通りに、橋渡しをしただろう。
剣技には優れているが、他者との交渉には慣れていないのかもしれない。
「カシタは王女誘拐の汚名を着ようが、今更どうってことはない。だが、身代金を要求すれば討伐の危機に晒される。金持ちの好事家に売り飛ばすつもりだったろうな。俺のように」
アルダの台詞を理解すればするほど、身体が痺れて体温が奪われるようだった。
本当に? 依頼を受けたサレシド商会は、これ幸いとアシュレイを売り飛ばすつもりだったのか。
サレシド商会の商人とは、何度か面識もある。
アシュレイを殿下と呼んだ。
優しいとまではいかなくとも、客の1人として、王族の一員に対してそれなりの態度で接してくれた。
でも、誘拐して売り飛ばしてしまえばただの奴隷に成り下がるから、どう扱われようと関係ないと考えていたのか?
ぞっと、寒気がしてアシュレイは自分の身体を抱きしめた。
奴隷をこの目で直接見たことはないが、どんなものかは前世からの知識で知っている。
人権を認められず、家畜同然の扱いを受ける身分だ。
(そう思えば、宮殿での籠の鳥でもまだ、恵まれていたの、かも……)
自分の晒されている危機の前に慄いていたがふと、そんな自嘲が頭を過る。
途端に身体の震えは治まった。
「私を……得るために、貴方が支払った対価は?」
アシュレイは覚らずのうちに呟いていた。
「お前を得るために、支払った対価だと……? それを聞いてどうする」
「私が甘かったのは認める。同じ過ちを犯さないためにも知っておきたいの。私を犠牲に大金を得るのなら、それくらい教えてくれてもいいでしょう」
「ふむ、一理あるか……」
アルダは興味深そうに、アシュレイを見返した。
アシュレイは既に冷静さを取り戻しつつあった。
元より、安全などと無縁の計画だった。
計画の時点で欠陥があったと聞いて取り乱したが、大丈夫。
大勢に影響はない。このまま最善を追求しよう。
アルダは不敵に見下ろしながら、指折り数えた。
「俺は常に複数人、情報屋を抱えている。これは今回のヤマだけに限らないから、4掛けくらいにして200ランダー。その他には酒が15樽でおよそ1万、馬は私物だからカウントから外すとして、俺自身の労力も除けば1万200といったところだな」
「あのお酒も、貴方が手配したの?」
「徒党を組んで、殺すのだけが芸じゃない」
ランダーは貨幣の単位だ。
王女であるアシュレイは実際に貨幣を扱う機会はなかったが、何にどれくらいの価値があるのかを具に観察した。
特にこの計画を定めてからは、それこそ目を皿のようにして。




