政略結婚!? 1
「アシュレイ、其方にはアラウァリア国王への輿入れを命じます」
謁見の間に響く継母の声を聞いた瞬間、アシュレイは雷に打たれた。
いや、実際には雷ではなく、雷に匹敵するほどの衝撃に打たれただけだ。
玉座の前で礼を取ったまま低頭していたアシュレイは、ひどい頭痛にがくりと頽れて両膝を付く。
「アシュレイ様!」
「キャヴス。陛下の御前です。控えなさい。……アシュレイ、嬉しくて声も出ない様子で何よりです」
謁見の間に響く継母の声を、アシュレイは他人事のように聞いていた。
アシュレイ・シャプール・セレンティア。
それが玉座の前で礼を取ったまま低頭する少女の名だ。
このセレンティア王国の第一王女だ。
目前の玉座には父セレンティア国王が、その横に継母キューベルルが鎮座している。
通常なら宣旨は国の宰相が読み上げる。
もしも家族間での婚姻の打診なら、食事やティータイムの合間に。
だが、ここは紛れもない謁見の間で、父と義理の母は椅子に腰かけている。
アシュレイは階段の下で頭を下げて、臣下の礼を取っている。
傍から見れば異常とも取れる光景ではあるが、アシュレイにとっては通常運転だった。
「どうです。貴女にとっては、勿体ないくらいの縁談でしょう。このような時くらい、喜びを露にしても良いのですよ。陛下は貴女の婚礼に関して、心を砕いていらっしゃった。いい加減に顔を上げて素直に御礼をお伝えしなさい」
継母は、居丈高な物言いこそ普段から変わらないけれど、機嫌は非常に良い口調だ。
それもそのはず。
やっと、目障りな義理の娘を宮中から追放できるのだから。
キューベルルは白雪姫の継母よろしく、自身の美貌を誇る公爵令嬢だった。
だからセレンティア国王が迎えた美しい側室が目障りだった。
正妃であるキューベルルを差し置いて、先に懐妊した側室とその腹に宿ったアシュレイが。
キューベルルは相当に嫉妬深い女で、噂によれば母は、アシュレイを身籠った頃からすでに嫌がらせの類を受けていたようだった。
アシュレイが物心ついてから、晴れ晴れとした母の顔を見た記憶がない。
それがキューベルルのせいだと気づくには、しばしの時を要した。
アシュレイが5回目の誕生日を迎えたある日、とうとう、母は帰らぬ人となった。
ある夕食後、唐突に体調を崩し、翌日の晩には亡くなった。
流行り病との診断で、死に目に遭えなかったことが心残りだ。
だが後に、母が単なる流行病などで亡くなったのではないと、判断するに至った。
5歳の子供には分からずとも、成長すれば母がどのような境遇だったのか、嫌でも理解できるようになる。
宮中に病が蔓延れば、どのような対処が取られるのかも。
あの時の母は隔離などされていなかったし、あのように急死する病など聞いたためしがない。それに、母の死後も宮中の人間は普段と同じように過ごしていた。
だから、あり得ない。
母を死に追いやったのは、この女、キューベルルだ。
アシュレイは震える膝を叱咤して、どうにか体を起こす。
あまりの衝撃に膝をついてしまったが、キューべルル解釈の通りに、感激に打ち震えていたわけではない。
たった今この瞬間にも、アシュレイは脳に直接流れ込む、大量の記憶に翻弄され続けていた。
まるで走馬灯のように脳内に映し出される映像は、ある1人の女性の視点の幼少期から35年間に渡る人生の記憶だ。
様々な状況、感情、記憶が混然となって襲い掛かり、アシュレイの自我を揺るがそうとしている。
怒涛の如き勢いに、淘汰されそうな恐怖を感じて叫び出したくなるが、それだけはできないと必死に堪えた。
臣下や国王の前で、無様な姿は晒せない。




