渦巻きの先
この島は、休火山を中心に半径3キロほどの小さな島である。
大きな噴火口が顔を出す火山は、それほど高い山ではなく、半日も歩けば簡単に山頂までたどり着くことが出来る。
この火山にはまだ名前は無い。
それはこの島に住む住民が2人だけなので、名前をつける必要がないからだ。
「じいちゃん。いつになったら、ごはんを腹いっぱい食べられるのかな?」
「カタルよ。毎日すまんの。いつになるかのぉー」
「もう食べ物は、こんなけしかないよ」
ツボの底にかすかに残る穀物を切ない目で見つめたカタルは、これが無くなった時には自分の命も終わると、幼いながらも知っていた。
火山から南東に2キロの位置に住んでいる2人は、ボロボロのテントのような小屋にその身を潜めながら、毎日を過ごしていた。
森に入り、食べ物を収穫したいが、今はそういう訳には行かない。
ギース様の荒れ方が、ここ3か月ほど、さらに激しいのだ。
隙を見て、森に向かいたいのだが、安全な時間は1時間もない。
『ゴゴゴゴガガガガー-!!』
地響きのような大きな音と共に地面がグラグラと動く。
『ボワッ!!!!』
轟音が島中に響き渡る。次いで、閃光と衝撃波が広がり、オレンジ色の空が大きく揺れているようにみえる。
「このところ荒れておられるな。ギース様は」
「あんなドラゴンに、様なんてつけなくていいよ!!」
「これ! そんなこと言う出ない。ギース様に食べられてしまうぞ」
「くそ! あんなドラゴンやっつけてやる!!」
その言葉を投げ捨て、カタルは小屋を後にする。
「カタル! 危ないぞ! またぬか!」
カタルはじいさまの言葉を振り切り、泣きながらガムシャラに走る。気が付いた時には、いつも祈りを捧げる祭壇にまでたどり着いていた。
小屋から、200メートルほど離れた場所にある小さな祭壇。古びた石造りの祭壇は、古さの割に、手入れが行き届き、丁寧に扱われている事が、一目で分かる。
2段の石畳が重なる祭壇の中心には、紫と黒の2色からなる渦巻きが宙に浮いていた。
少し冷静さを取り戻したカタルは、祭壇に向かって、手を合わせる。
「神様。いや。もう悪魔でもいいから、あのドラゴンを倒して下さい」
紫と黒の渦巻きは、静かに佇んでいる。
カタルたちは先祖代々この祭壇を守っているが、600年の歴史の中、渦巻きが動いたという記録はどこにもない。
「あーぁ。今日も動かないかー」
カタルは、あえて諦めの言葉を口にすることで、その事実を自分に言い聞かす。
再度、祭壇に手を合わせ、祈りの言葉を口にした。
「んー。少年。良いかな?」
カタルは後方から聞こえた声の方向に、『バッ!!』っと、振り返った。
見慣れない人物を見たカタルは、目を見開き、口を大きく開け、完全に固まる。
「少年。家に帰るのに少し邪魔だから、どいてくれないかな?」
驚きのあまり固まるカタルの肩をそっと横に押し、退くように促す。
帽子を被った男は、カタルの事を気にもしないで、紫と黒の渦巻きの方に向かう。
男が渦巻きに触れると、それに反応し、渦巻きは時計回りに回転しはじめた。
カタルは、我に返り、
(帰られる前に、何か言葉を口から出さないと)
と、思った。
帽子の男の方を真っ直ぐ見て、なんとか言葉を絞り出す。
「あなたは神様ですか? それとも悪魔様ですか?」
その声に反応した帽子男は、渦巻きに片足を入れたまま、
「んー? 私は豆田まめおだ!」
そう言い残し、男は渦巻きに消えていった。
カタルは、喜びが身体の奥からこみ上げてくるのを感じた。満面の笑みを浮かべながら、全力疾走で小屋に戻った。
玄関ドアを勢い良く開けたカタルをじいさまは不思議そうな目で見る。しかし、カタルはそんなことはお構いなしに、間髪入れず話し始めた。
「じいさま! じいさま!!」
「そんなに慌ててどうした? カタルよ」
「じいさま。渦巻きに人が入っていったよ!! 名前は、豆田まめおと言っていた!!」
「落ち着くのじゃ。カタル。何があったのじゃ?」
「祭壇の前に人がいたんだ! 渦巻きも動いて! 消えていったんだ!」
「ん? 神様が出て来られたという事か?」
「分からないよ! じいさま!! 一緒に見に行ってよ!!」
そう言うとカタルは、半ば強引にじいさまを連れ出し、祭壇に向かって急ぐ。
全力疾走のカタルにじいさまは、袖を引っ張られながら、何とか付いて行く。
2人は祭壇に着いた。
しかし、紫と黒の渦巻きは停止していて、いつも通り静かに佇む。
「カタルや。気のせいではないのか?」
カタルは、その目にいっぱいの涙を貯め、下を向く。肩が小刻みに震え、地面が濡れる。
じいさまは、カタルの肩を抱き、小屋に戻るように促す。
その瞬間、先ほどまで静かだった渦巻きが時計回りに動き出し、
『ブワーーン』と振動音を鳴らした。
カタルは、涙をぬぐって、目が輝かせながら、渦巻きを見つめる。
カタルの見間違いと思っていたじいさまは、あまりの事に目を見開き、呼吸を忘れる。
振動音が鳴り終わった渦巻きの前には、帽子を被った男が立っていた。
左手にコーヒーカップを持った男は、帽子を被り直し、その場から歩き出そうとする。
カタルとじいさまの事は、眼中にないようだ。
「豆田まめお様ですか?」
カタルは勇気を出して尋ねた。
豆田はチラッとカタルの方をみて、軽く手であいさつし、歩き始めた。
『ブワーーン』と再度渦巻きが振動音を鳴らす。
そして、音が鳴りやむと、渦巻きの前に、ココア色のロングヘアの女性が現れた。
不安気な表情を浮かべる女性は、帽子男に声をかける。
「豆田まめお! 待って、1人にしないで!」
大きなシーグラスのバスケットを持ったシュガーは、豆田を必死に追いかける。
シュガーは、カタル達に気付き、軽く会釈した。
豆田とシュガーは、カタルとじいさまの小屋と丁度反対方向に向かって、歩いていった。
じいさまは、忘れていた呼吸を再開させる。
「ふはー。神様と女神様じゃ!!!!」
大泣きしながら、叫ぶじいさま。
「じいさま!!」
カタルも目の前で起こった奇跡に興奮している。
「カタル!! 何をしておるのじゃ!! すぐにおもてなしをするのじゃ!!!!」
カタルは大きく頷き、すぐさま豆田とシュガーを追いかける。
その顔は、嬉し泣きでぐちゃぐちゃになっている。
「豆田まめお神様!! 女神様!!」
カタルは大声で二人を呼んだ。
「何の用だ?」
豆田は足を止め、カタルの方を振り返った。
カタルは、豆田の元まで全力で走ってきた。
(さっき渦巻きの前にいた人ね。また豆田が迷惑をかけたのかしら?)
「ごめんね。急にお邪魔してしまって」
カタルは、激しく首を横に振り、
「女神様。全然大丈夫です。僕の願いを聞いて出てきてくれたんですか?」
シュガーは、その言葉に首を傾げる。
「ちょっと、何の事か、わからないんだけどー」
シュガーは、豆田の方に視線を向けるが、豆田はそのやり取りを一切気にしない。
「んー。シュガー。とりあえず、今日はこの辺にしようか。」
「豆田まめお。そこね。分かったわ」
シュガーは、豆田の元に駆け寄り、大きなバスケットを地面に置く。その中から、レジャーシートを取り出し、丁寧に敷いた。
その様子を不思議そうな目で見るカタルは、豆田達の邪魔をしないように努めた。
豆田は腰に手を当て、オレンジ色の空を眺め、コーヒーを一口飲む。
「んー。素晴らしい空の色だ」
「豆田まめお。空ばかり見てないで、ちょっと手伝ってくれない?」
シュガーは、バスケットからお皿を取り出しながら、そう言った。
「んー。分かった。わたしも並べよう」
豆田は、レジャーシートに座り、シュガーから皿を受け取り並べる。
シュガーは、2人分の食器を豆田に渡したときに、カタルの存在を思い出した。
「あ! ごめんなさい。あなたも一緒に食べる?」
カタルは周囲をキョロキョロ見回し、誰もいないことが分かると、自分を指さした。
シュガーは、ニッコリ微笑む。
恐る恐る近づいたカタルは、二人に話しかける。
「豆田まめお神様。これは、何かの儀式ですか?」
「あー-。すまない。先ほどのお爺さんも呼んできてくれたまえ!」
豆田はカタルの話を完全に無視する。
「すぐに呼んできます!」
カタルは、先ほどの祭壇の前まで、急いで戻る。
「じいさまさま!! 神様がじいさまを呼んでおられる!」
「なんと、このじいをお呼びだと!」
「何かの儀式の用意をされているみたい! 急いで!!」
じいさまは、痛む腰を気にもしないで、全力で走った。
2人の姿を確認した豆田は、
「では、一緒にお昼としようか。シュガー。沢山持ってきて良かったな」
と言って、レジャーシートに座るように促す。
カタルとじいさまは、混乱した表情を浮かべながら、顔を見合わせる。
「豆田まめお。説明しないと分からないわよ」
「んー。確かに。説明しよう。まず、これがサンドウィッチで、これが特性のコーヒーだ」
「豆田まめお! そうじゃないわ! もっと前から説明しないと」
困惑するカタルは、再度豆田に質問をする。
「豆田まめお神様。これは何かの儀式に使うんですよね?」
「いや、今から食べるだけだ」
様子を見ていたじいさまも状況が理解できず尋ねる。
「豆田まめお神様。これを食べることで何かの儀式が始まるのでしょうか?」
「食べたら。お腹が膨れる」
豆田の的を得ぬ答えにシュガーは、呆れ、困惑する2人に話しかける。
「あの。豆田もこう言っておりますので、お腹いっぱいでなければ一緒にお昼ご飯を食べませんか?」
シュガーは、カタルとじいさまにお皿を手渡す。
カタルとじいさまは、少し戸惑いながらも皿を受け取った。
「あの、本当にご飯を食べてもいいんですか?」
カタルは美味しそうな匂いがするサンドイッチを見て、恐る恐る尋ねた。
「少年! 君は、どう考えても食べたほうが良い。普段の栄養状態が良くない。空腹の状態で、かなりの期間過ごしているはずだ。頭もうまく回ってないだろう」
「ま。お二人とも、豆田がこう言っているので、食べて頂けませんか?」
「ありがとうございます!!」
カタルは深々とお辞儀をし、ハムとチーズのサンドイッチに手を伸ばす。
「こら。カタル」
じいさまは、カタルを制したが、その口元には涎が垂れている。
豆田は、その様子を見て笑うと、
「爺さんも食べたまえ」
と、再度食べるように促す。
じいさまは、申し訳なさそうに頷いて、サンドイッチに手を伸ばす。
「「んー!!」」
2人は、はじめて食べるサンドイッチの美味しさに感動し、唸る。日々の空腹に耐えてきたカタルは、ボロボロ涙を流しながら、口いっぱいに頬張る。
「美味しいです!! 僕はこれほど美味しいものは、初めて食べました」
「ゆっくり、食べてね。まだまだ沢山あるから」
シュガーは、美味しそうに食べる2人を見て嬉しさがこみ上げる。
豆田はその横でコーヒーをゆっくり味わう。
「シュガー。異界の空を見ながらのコーヒーもいいもんだな」
「豆田まめお。確かに素敵ね。でも、何もかもさっぱり分からないけど」
「シュガー。とりあえず今を楽しむことが大切だ!」
「ふふ。なるほどね」
シュガーも深く考えるのはやめて、この時間を楽しむ事にした。
サンドイッチを3つ食べたカタルは空腹が満たされて、満足な笑みを浮かべている。
食後のコーヒーを飲みひと段落したじいさまは、思い出したかのように質問をした。
「あのー。すいません。豆田まめお神様は、高貴な神様なのでしょうか?」
「いや、コーヒーの『こだわリスト』だ!」
カタルとじいさまは首を傾げて、停止する。
シュガーは、慌てて補足する。
「豆田まめおは、こだわりの強い普通の人間です」
「人間ですか? では、勇者さま!!」
「いや、探偵だ」
「勇者さまでもないのですか……」
じいさまは、分かりやすく項垂れる。
「豆田まめお神様が、神様でなくても悪魔でなくても、僕は構わないです。僕達は大変困ってて、助けてほしいんです!」
「何に、困っているですか?」
シュガーが尋ねる。
「ドラゴンが……」
カタルは涙を溜めながら、言葉に詰まる。
「ドラゴンがずっと暴れてるんです! 5年間も! もう畑もボロボロで。食料ももうほとんど無いんです」
「え? ここにはドラゴンがいるの?」」
「女神様! 助けてください……」
カタルはボロボロ泣く。
『グオオオオー!!』
ドラゴンの咆哮が遠くで聞こえる。
じいさまは、火山の方を見上げて、眉をひそめる。
「豆田まめお神様、ここでは危険が及ぶかもしれません。わしらの暮らす小屋まできて頂けないでしょうか?」
シュガーは、豆田の方を見て、目線で訴える。
「ああ。分かった。行ってみよう」
一同は、カタル達の小屋まで移動することにした。
ご覧いただきありがとうございます!
「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!
していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新頻度あがります!
どうぞよろしくお願いいたします!
――――――――
人物紹介
・『豆田まめお』
主人公。探偵。コーヒーの『こだわリスト』
コーヒーから『こだわりエネルギー』を抜き出し、自在に操る能力者。
コーヒー銃。コーヒーソード。コーヒー鍼。などを使う。中折れ帽子にシャツ姿。わがままで癖が強い。
・『シュガー』
ヒロイン。ココア色のロングヘアー。
世界を救うために、アルテミス国軍から脱走する。
『純人』。豆田まめおのアシスタント。純粋。
・『クロス』
豆田の幼馴染。刑事。
箱の『こだわリスト』。金髪ショートボブの好青年。
天然ボケ。
・『ポロッポ』
ハト。王様に使える伝書鳩。
鳴き声の『こだわリスト』で、人の言葉も話せる。
用語説明
・『こだわリスト』
こだわることで不思議な能力を手に入れた人々。
戦闘に特化したタイプや、道具に不思議な能力を付ける職人タイプがいる。
・『純人』
純粋な心で物事をみる人々。
職人タイプの『こだわリスト』が作る道具を何でも扱える。
・『異界の者』
違う世界から現れたと言われる人々。
『こだわリスト』と『純人』にしかその姿は見えない。




