報酬の使い道
グロアニア地方の5月は一年の中で一番降水量が少ない。ここ首都コルトでも連日晴れの日が続いている。
「流石に暑いな! コレはシーリングファンを回す必要がある」
「そう? まだそこまでじゃない?」
「いや、絶対暑い! コレは依頼主が来た時はかなり不快なはずだ!」
「そう? 予約も入ってないじゃない! 新しいのを回したいだけでしょ?」
「はは。そうとも言う」
豆田が買ったばかりのシーリングファンのスイッチを入れた。
吹き抜けの天井に付けられた新しいシーリングファンは、静かに回り、優しい空気の流れを作った。
爽やかな空間の中、シュガーは朝から事務作業をこなしていた。
豆田は天井を見ながら、考え事をしていたが、急に、声を張った。
「あー。そうするしかないかー。シュガー! ちょっと出かけてくる」
何かを思い出したようで豆田は急に出かけて行ったが、1時間ほどで帰ってきた。
「ふふっふふーふー」
帰ってきてからの豆田は明らかに上機嫌で、昼食後のコーヒーを淹れながら、鼻歌をこぼしていた。
「豆田まめお。今日は、どうしたの? かなりご機嫌ね」
豆田の淹れる食後のコーヒーを待ちながら、シュガーはキッチンカウンターの上に常時置いてある箱に手を伸ばし、中からチョコを2つ取り出した。
「ああー。シュガー。ちょっとした買い物をしてねー」
「あ。王様から頂いた報酬で?」
シュガーはチョコを1つ頬張りながら、尋ねた。
「ああ」
「私も早速、服と食べ物と、カバンを買ったわ。豆田まめおは、何を買ったの?」
「ああ。家を買った」
「そう。ふーん」
シュガーは、2つ目のチョコを食べる手を止めた。
「え? 家?」
シュガーは再度豆田に尋ねた。
「ああ。この家をオーナーに売って貰った」
豆田は、出来上がったコーヒーを一口飲み満足気な表情を見せる。
「え? いつ? え?」
「あー。シュガー。さっき出かけただろ?」
「え? さっきって? あの1時間で?」
「ああ。話が早くて助かった」
「はぁ―」
シュガーは、大きいため息をつく。いつも豆田は予想しない事を平気でやって来る。
豆田には予想など全く無意味だともいえるが……。
「驚かされるのにも慣れてきたわ」
シュガーは素早くこの状況に対応する。
「実は……」
「え? まだあるの?」
「昨日の夜、急に改装がしたくなってね」
「まさか。その為に?」
「ああ。いちいち改装するたびに許可を取るのは大変だからなー」
「ある意味、流石だわ」
「はははー」
豆田は楽しそうに笑う。
「で、どこを改装するの?」
「ああ。シュガーがロフトを使っているだろ?」
「?」
「ロフトはスペースが狭くて、ベッドしか置けないだろ? だから、少し奥行きが欲しくなってね」
「何か置きたいの?」
「シュガー用の棚とデスク。あと、大きな鏡とかもいるだろう?」
シュガーは、急に前のめりになり、目を輝かせる。
「え? それは嬉しい! かなり嬉しい!」
「それは良かった。あと、一階の隠し部屋も少し拡張したくてね。可能なら、ベッドを置こうかと」
「いいわね! じゃー。今から町に出て、ロフト用の棚とか見に行ってきても良い?」
「ああ。どうぞ」
「やった!」
シュガーは、嬉しそうな顔を見せながら、脳裏に理想のロフト像を思い描く。
食後のコーヒーを飲んだ後、シュガーは楽しそうに町に出かけていった。
***
(えーっと。この辺りかしら?)
シュガーは、地図を見ながら豆田から聞いたオススメの家具屋『トライアングル』を探す。
エスタ通りから10分ほど歩いたこの場所は、普段はあまり来ない場所だった。
「あ! ここね!」
豆田探偵事務所の家具の大半をこの『トライアングル』で揃えている事もあって、外から覗く店舗の様子は、どことなく自宅と同じ雰囲気をまとっている。
店舗前には、小さな看板が置いてあり、そこには2階に併設されているカフェのメニューも記載されていた。おススメは『チーズとトマトのフォカッチャ』。
その美味しそうな写真を見て、シュガーは昼食を食べてからここに来た事を後悔した。
今度来た時には豆田とフォカッチャを食べようと、心に決め、店舗に入った。
「木製の家具が多いのねー。どれも素敵ね。あ! あれ!」
ひと際目に付いたのが、ダイニングテーブルである。オーク材を使用した大きなダイニングテーブルは、大人数で囲むには理想的な大きさである。
シュガーは、小さなローテーブルとカウンターしかない我が家に欲しいと思ったが、今は棚を買いに来たことを思い出し我慢する。
棚が並ぶエリアは店舗の割と奥の方にあった。
「良い大きさの棚は、あるかしら?」
のんびり眺めていると、後ろから店員が話しかけてきた。
「何をお探しですか?」
オーバーオールを着たショートカットの女性店員は、優しい口調で尋ねてきた。
「あ。棚とデスクと大きな姿見を探しているんです」
「欲しい物の大体のイメージはありますか?」
「あのー。自宅の雰囲気にあった物を買ってくるように言われたんですが……」
「あら。どなたのお家かしら?」
「豆田まめおって言うんですが、ご存じですか?」
「あー! 豆田さんのところ! ってことは、シュガーさん?」
店員のテンションが明らかに上がった。
「え? 私の事を知ってるんですか?」
「そりゃ。有名よ! 豆田さんのところに来たアシスタントさんよね! あなたのお陰で豆田さんが働き者になったって、もう噂でもちきりよー。私たち『こだわリスト』の間でだけだけどね! ふふっ」
「私は普通にしているだけなんですけど」
「豆田さんの横に居て、普通に出来るって凄い事よ! 誇っていいわよ」
「そうでしょうか?」
「そうよ! ふふっ。」
にこやかに笑う店員につられてシュガーも微笑む。
「あ。棚だったわね?」
「あ、そうなんです。ベッドサイドに合う棚が欲しくて」
「ベットサイドね。じゃ。こんなのはどうかしら? 特別仕様よ!」
店員は、深緑色の自身の身長の半分ほどの棚に手を触れながら勧める。
「え、割と普通ですねー」
「そう思うでしょ? でも、あら不思議。上から3段目の棚を半分開けてから、素早く1段目を開けると……」
シュガーは首を傾げながら、中を覗き見る。
「中から隠し金庫が奥から現れるの! どう? 凄いでしょ!」
(あ。この人も職人の『こだわリスト』?)
「凄いですけど、できれば機能は普通で、見た目が可愛いのが欲しいですけど」
「そう? 変わった機能はいらないの? あれはシャボン玉が出るんだけど」
少し奥に置いてある黄色い奇抜な棚を指さしながら、店員は残念がる。
「あ。店員さん。この可愛いデザインのピンクの棚は……」
「それは、サンマを焼いたにおいがするの」
「その機能は、ちょっと……」
「そう? 斬新なのにー」
シュガーは、斬新すぎると突っ込みたかったが、グッと堪える。
「あ。この棚は、どうかしら? 新作なんだけど」
「あのー。店員さん。申し訳ないですけど、機能は何もない方が良いんですが……」
シュガーが制止するも店員は気にせず話し続ける。
「でね。これは、小さくなって持ち運びができるの! ほら手のひらサイズ」
店員の手の平の上に、可愛らしい白い棚が乗っている。5cmほどの大きさ。
「それもちょっと……。え?」
店員の話を聞き流そうとしていたシュガーだが、一気に興味を持つ。
「うそ。凄い!! それは中に入れた服とかは、どうなってるんですか?」
「ええ。もちろん小さくなっているわ」
「どういう原理なんですか?」
「ふふ。それは企業秘密よ」
シュガーは、その答えに深く考える事をやめた。
「その棚、欲しいです!」
「お買い上げ、ありがとうございます。あとで届けますか? それとも」
シュガーは、ニコっと微笑みながら、
「もちろん。小さくして持ち帰ります!」
と、嬉しそうに答える。
「ふふ。どうぞ。シュガーさんも『こだわリスト』だったのね。なんの『こだわリスト』かしら?」
(あ! 『純人』は秘密にした方が良いのよね?)
「あのー。まだ未熟なんですが、雑貨の……」
「あー。なるほど!」
店員さんは、小さくなった棚をシュガーに手渡す。
「凄い! 軽くもなるんですね!!」
「いいでしょ! シュガーさんだから売りますからね。普通の人には売らないですから、秘密にしてくださいね」
「ありがとうございます」
シュガーは、代金を支払い満足な笑顔を浮かべた。
「後の姿見とデスクはどうされます?」
「今日は、もう大満足なんで、また後日、改めて見に来て良いですか?」
「ええ。楽しみに待ってますね」
「はーい!!」
シュガーは、小さくなった棚をカバンに入れ、店を後にした。
シュガーは、上機嫌に街を歩いていく。
(すごくいい買い物ができたわ! これで、旅行に行く時も服を沢山持っていけるわね。これは、豆田まめおも流石にビックリするわね! 楽しみ!)
シュガーは、豆田が驚く姿を想像して、ニヤニヤしながら自宅の扉をあけた。
階段を上がり、メインフロアに上がったシュガーは、豆田の姿を探す。
(あれ? いないのかしら?)
「豆田まめおー! ただいま!」
シュガーは、少し大きな声で、気配を探る。
返事はないが、ロフトからガサガサと音が聞こえる。
豆田がロフトで何かをしているようだ。
「豆田まめおー! 何をしているの? ねーねー。私、凄くいいもの手に入れたの! きっとビックリするわよ」
シュガーは、ロフトに向かって話しかける。
「シュガーか。おおー。いいね。こちらも少しビックリすることになってるんだ」
「え?」
シュガーは、全く見当が付かず首を傾げる。
「豆田まめお。何があったの?」
「……」
無言の豆田を心配して、シュガーは速足でロフトに上がった。
そこには、見たこともない物があり、シュガーは絶句してしまう。
「ああ。シュガー。部屋を拡張しようと壁を壊したら、こんなものが出てきてねー」
「え?」
壊された壁の向こうには、扉ほどの大きさの渦巻きが宙に浮いている。
紫と黒で出来た渦巻きは、時計回りにうごめいている。
今朝までのオシャレなロフトは見る影もなく消えてしまった。
『ゴゴゴゴゴー』
と、効果音を付けるのがしっくりきそうな渦巻きをシュガーは指さし、
「え?」
と、再度声にし、豆田に先の展開を預ける。
「ああー。どうも異界に繋がるゲートみたいなんだ」
シュガーは、目を丸くし、口をパクパク動かす。言葉が口から出ないようだ。
「ははは。この中に、一瞬だけ入ってみたら、見たことない世界に行ってね! 傑作だった!」
豆田は、心底楽しそうに大笑いした。
シュガーは、ようやく硬直が解け、思考が回り出す。
(家具屋さんより、驚くことがあるなんて)
豆田は、渦巻きを親指で指さしながら、
「ひと休憩したら、中を探索してみようか」
と、大胆な発言をする。
「え。ちょっと待って、豆田まめお。全然脳みそが、ついていけてないわ。今までで一番混乱しているわ」
「はは。では、明日の朝から探索すると事にしようか」
「そうね。少し時間がほしいわ」
シュガーは、ロフトの光景はとりあえず見なかったことにして、メインフロアに降りた。
***
その夜。シュガーは、ベッドに横たわり、禍々しい紫と黒の渦巻きを見つめる。
(なんで、こんなにグルグルしてるんだろう)
そんな事を考えている自分が少し可笑しく思うが、この渦巻きの横で、正常な思考が出来る方が可笑しいと、シュガーは思った。
(って、言うか。こんな物の横じゃ。寝られないわ)
シュガーの長い夜が始まった。
ご覧いただきありがとうございます!
「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!
していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新頻度あがります!
どうぞよろしくお願いいたします!
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人物紹介
・『豆田まめお』
主人公。探偵。コーヒーの『こだわリスト』
コーヒーから『こだわりエネルギー』を抜き出し、自在に操る能力者。
コーヒー銃。コーヒーソード。コーヒー鍼。などを使う。中折れ帽子にシャツ姿。わがままで癖が強い。
・『シュガー』
ヒロイン。ココア色のロングヘアー。
世界を救うために、アルテミス国軍から脱走する。
『純人』。豆田まめおのアシスタント。純粋。
・『クロス』
豆田の幼馴染。刑事。
箱の『こだわリスト』。金髪ショートボブの好青年。
天然ボケ。
・『ポロッポ』
ハト。王様に使える伝書鳩。
鳴き声の『こだわリスト』で、人の言葉も話せる。
用語説明
・『こだわリスト』
こだわることで不思議な能力を手に入れた人々。
戦闘に特化したタイプや、道具に不思議な能力を付ける職人タイプがいる。
・『純人』
純粋な心で物事をみる人々。
職人タイプの『こだわリスト』が作る道具を何でも扱える。
・『異界の者』
違う世界から現れたと言われる人々。
『こだわリスト』と『純人』にしかその姿は見えない。




