逃走②
改札を出たばかりのシュガーは、グラザの大声が微かに聞こえたことで、焦りを感じた。
(うそ! グラザ大尉の声? もうバレたの?)
束の間の安堵から一転、シュガーの逃走が始まった。
『コルト』に馴染みのないシュガーには、この町の構造は全く分からない。とりあえず人の流れに身をまかせつつ、思考をまとめる事にした。
(出来るだけ遠くに逃げないと……。あのグラザ大尉から逃げきるには、馬車か車を探さないと……。情報がいるわね……)
人の流れは、『エスタ通り』と書かれた通りに向かっていた。
(『エスタ通り』? ここなら人通りも多いし、情報が手に入るかも!)
シュガーは人の流れに任せて、その『エスタ通り』に入る事にした。
『エスタ通り』は、大きな石畳が敷かれた広い道で、オシャレな店が沢山軒を連ねている。
国際都市だけあって、高級な商品を取り扱う店舗が多い。洋服屋、時計屋、カバン屋をはじめ、家具屋、雑貨屋、飲食店や、カフェなど……。どの店もオシャレで、雰囲気が良い。通り全体のインテリアが上手く調和されていて、プロデュースした人物のセンスの良さがすぐに分かる。
しかし、逃走中のシュガーは、それに浸る時間などない。
通りに点在する露店の中、誰も並んでいない店を探しながら、通りを進んだ。ココア色のウェーブした長髪が風になびき、額に汗が滲む。
『エスタ通り』の終わりが視界の端に見え始めたころ、運よく誰も並んでいない露店を見つけた。シュガーは、その店舗に駆け寄ると、
「すいません。郊外に出る馬車ってどこから出ていますか?」
なるべく簡潔に店主に問う。ここで長い会話をする訳にはいかない。
「ん? 郊外に行く馬車かい? それなら、そこの路地を通った先の通りから出ているよ。でも、今の時間は……」
「ありがとうございます!!」
シュガーは、店主の会話を遮り、路地に向かって走り出した。
「ちょっと!! お嬢ちゃん!!」
店主は何か言いかけたが、聞いている時間などない。あのグラザ大尉ならきっともう駅前まで来ているはずだ。
路地に駆け込んだシュガーは、雑に積まれたワイン箱を見つけると、その陰に身を隠した。
「ハァ、ハァ」
シュガーは、乱れた呼吸を整えながら、コートのポケットからペンダントを取り出した。銀色の筒状の装飾品は日陰にもかかわらず綺麗に輝いていた。
春先の陽気の中、コートを着たまま疾走するのは身が持たない。そう判断したシュガーは、急いでコートを脱ぎワイン箱の上に置いた。タンクトップの上にTシャツ姿になったシュガーは、ペンダントを首にかけると、路地の先を目指しすぐに動き始めた。
「シュガーー!!!! 逃がさんぞ!!」
『エスタ通り』の入り口の方から、グラザの怒声が聞こえた。シュガーは、涙が溢れそうになるのを堪えて、路地を走り抜ける。
路地の先は、それまでの商店溢れる『エスタ通り』とは違い、緑溢れるひらけた空間になっていた。
「うわ! 綺麗!」
小さな公園に差し込む光と、白を基調としたインテリアのカフェテラス。カフェの店舗内はオーク材を贅沢に使った大人な雰囲気のインテリア。そのすべてが見事に調和し、優雅な空間を作り出していた。
一瞬、その空間に見惚れてしまったシュガーだが、すぐさま自分を律し、馬車を探した。
シュガーは視界を左右に振り、必死に馬車や車の姿を探すが、一台も走っていない。
「え? 何も走っていない?」
「シュガー!! 出てこい!!」
グラザの野太い声は、もうそこまで近づいてきていた。
「もうどこかに隠れるしかないわ」
シュガーはそう決意し、身を隠す場所を探した。通りには、オシャレな店舗が多数並んでいるが、汗だくのシュガーを入れてくれる店舗などまず無いだろう。
「グラザ大尉!! ここにシュガーの制服がありました!!」
「よし! この近くだな! 手分けして探すぞ! 見つけ次第、この信号弾を上空に打て!」
「「はっ」」
ダリーとイフトは、信号弾を搭載した筒をグラザから受け取ると、コートのポケットに入れて、散開した。
「うそ! もうそこじゃない!!」
シュガーは血相を変えた。この場所に留まることが一番まずい。殺されるだけだ。少しでも移動しなければ。と、シュガーは目の前の通りを渡った。
「どこにも隠れるところなんてない。もう人ゴミにまぎれるしかないわ。あ、カフェテラスのあの席!」
沢山の客で溢れるカフェテラスだが、ひとつだけ無人のテーブル席があった。シュガーは、カフェテラスの低い柵を飛び越え、その席に急ぐ。
通りに背を向けるように椅子に座ったシュガーは、少しでも違和感を消すために乱れた呼吸を整える。後は【発見されない】という奇跡を祈るしかない。カフェに流れるBGMが、自身の心臓の音でかき消されていく。
「すまない。その席は私の席なんだが……」
若い男の声が聞こえ、シュガーは慌てて顔をあげた。目の前には、黒い中折れ帽子をかぶり、白いシャツに黒いベストを羽織った青年が、コーヒーを片手に立っていた。黒髪、黒目を持つその青年は、困ったようなセリフとは裏腹に好奇心に満ちた目でシュガーを見ていた。
「あ! ごめんなさい。すぐに席を立ちます」
シュガーは、ろくに確認もせず席に座った事を後悔した。すぐにここから逃げ出さなければ……。1秒も無駄に出来ない。そう思い動こうとした。
「ああ。構わない。座っていてくれ。ところで君は何の『こだわリスト』なんだ?」
帽子男は興味津々に尋ねてきた。
「え? 『こだわリスト』? なんのことですか?」
シュガーは聞きなれない言葉に戸惑った。
「まさか【純人】か!! それは珍しい……」
そう言いながら帽子男は、シュガーの前に座った。そして、好奇心に満ちた目でシュガーを見ている。
「【純人】? あのー。何のことか良く分からないんですが……」
シュガーは思った事をそのまま口にした。
「どうだ? 私のアシスタントにならないか?」
「え? アシスタント? あの話が全く見えないんですが……」
「ああ。すまない。夢中になるといつもこうでね。簡単に言うと、私は探偵をしているんだが、アシスタントが見つからなくて困っているんだ。アシスタントになってくれないか?」
「探偵さん?」
シュガーは帽子男の話す事を理解しようと思考を巡らそうとした瞬間。
「シュガー!! どこだ!! 近くにいるんだろ?」
青いコートを着た男が先ほどシュガーが通り抜けてきた路地から現れた。ダリーだ。シュガーは思わずその身体を強張らせた。
ダリーの大声に人々はざわついた。ダリーを見ながらヒソヒソと会話をする。それが目障りに感じたダリーは舌打ちすると、懐から銃を取りだした。
「シュガー!! 出てこないなら、こいつらを殺すぞ!!!!」
ダリーはそう言うと、上空に向かって発砲した。
「「「キャー!!」」」
人々は悲鳴と共にその場から逃げ出していく。
シュガーは、一度うつむくと帽子男の方を見て、
「探偵さん!! あの、お願いがあるんです。琥珀色の目を持つ青年を探して、このペンダントを渡して貰えないですか。あの。こんなことをお願いするのはおかしいと思うんですけど、私……。多分もうすぐ殺されるんです。だから、変わりに……」
「ほう。なるほど、君はアイツが探しているシュガーかー?」
帽子男の視線が一瞬ダリーの方を向いた。シュガーは素早く頷いた。
「シュガー!! 近くにいるんだろ? 本当に一人づつ殺すぞ!!」
転倒し、逃げ遅れた少女にダリーは銃口を向けた。シュガーは、居ても立っても居られずに立ち上がろうしたが、
「シュガー。あいつを倒していいか?」
と、帽子男はシュガーに質問した。シュガーは、驚いた表情を見せたあと頷いた。
帽子男はそれを確認すると、
「コーヒー銃!!」
と叫んだ。
その瞬間、帽子男のコーヒーカップから、黒い液体がフワリと浮かび上がった。
その後は、一瞬だった。
目の前の光景にシュガーの思考が追い付いた時には、ダリーはもう膝から崩れ落ちていた。
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