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逃走①

「いいかい? シュガー。これを琥珀色の目を持つ青年に渡すのだ。この星を救うには、もうそれしか方法がない……」


 昨日、ワイル博士が言った事をシュガーは思い出した。シュガーのココア色のロングヘアーは、その緊迫した表情を隠すのに丁度いい。蒸気機関車に揺られながら、シュガーは俯いたままその時を待った。


 ワイル博士の護送用に貸し切られたこの特別車両には、12名のアルテミス国軍の兵士が護衛として搭乗している。この部屋の中は、シュガーとワイル博士の二人だけだが、自由に話せるようなことはない。木製の扉の前には、青に黄色のラインが入ったコートを着た男が2人。もしもの事態に備えている。


「シュガー。見て見なさい。緑が増えてきたようじゃ。研究室から随分移動してきたようだね」


 白衣姿のワイル博士は、そのフサフサの白い髭を触りながら、そう言った。


(なぜ、私なんですか!!)


と、言いたかったが、そうはいかない。おそらくここでの会話も上層部に筒抜けのはずだ。


「ワイル博士。今はラゴンを通過中です。このまま2日ほど南下する予定です。途中、グロアニア、モンシンを通り、到着地ザブランまで向かいます。まだまだ列車での移動が続きますが、お身体大丈夫ですか?」


シュガーはワイル博士を気遣いそう言った。


「まだ、そんなにかかるのか……。すまぬが、何か飲み物を貰えるかの?」

「分かりました。食料室に一通りありますが、何がご希望ですか?」

「そうじゃの……。赤ワインか、ビールか、お茶を貰えるかの?」


 ワイル博士の目の奥が少し光ったように見えた。


 シュガーは席を立ち、持参した食料と飲み物が置かれた別室に移動した。このような時ですら、博士が口にする物は管理されている。もし、博士に何かあれば、今進めている計画がすべて台無しになるからだろう。


 しかし、通訳と身の回りのお世話担当のシュガーには、その内容は全く知らされていない。昨日の博士の言葉から、おそらく相当危険な研究をさせられているに違いない。


 シュガーは、一度溜息をついたあと、制服のポケットに手を入れ、昨日博士から渡されたペンダントが中にあることを確認した。


 アルテミス国軍の制服は階級によって、色分けされている。佐官は、紫に金色のラインが入ったコートを着用し、尉官は、黒に白いライン。一般兵は、青に黄色のラインが入っていて、雑兵であるシュガーの制服は、白色に紫のラインが入っている。一目見るだけでおよその階級が分かるようになっていた。


 ワイル博士は、本当に欲しい物を先に言う癖がある。先ほどの鋭い目は、おそらくそういう事だろう……。博士に何らかの考えがあるのだ。

 綺麗に陳列された棚から博士お気に入りの渋めの赤ワインを手に取ったシュガーは、食料室を後にし、ワイル博士のいる部屋に戻ってきた。


「博士。赤ワインをお持ちしました」

「おおー。シュガー。ありがとう。絶対に赤ワインが飲みたい気分になってきたところじゃ。シュガーを追いかけて、ビールとお茶はやめてくれ。と言おうと立ち上がりそうじゃったわい」

「博士。それは良かったです。ワイン、すぐにお注ぎしますね」

「ああ。頼む」


 シュガーは備え付けの棚から、ワイングラスを取り出し、窓際の小さなテーブルに置くと、ワインを注ぎ入れた。


「シュガー。そろそろグロアニア王国かの?」

「そのようですね。あと数分で国境を超えるみたいです」

「そうかそうか……」


 博士はワインを一口飲んだあと、唇をしつこく舐めた。いつも博士は緊張するとその癖がでる。おそらく、そろそろその時間が来るのであろう。


 シュガーは博士に言われたことを思い出した。それは、【ここから逃げ出して、琥珀色の目を持つ青年を探すこと】そして、【その青年にこのペンダントを渡すこと】これだけしか知らない。なのに、シュガーは命をかけなくてはならない。ここから逃げ出すという事は、そういう事である。


 幼少期に連れ去られ、施設に入れられてから過酷で孤独な日々が続いていた。同じように連れ去られ強制的に働かされているワイル博士達は、はじめて優しく接してくれた人たちであった。その優しさにシュガーは日々感謝していた。


 その恩返しをする時が今日なのである。博士たちはシュガーに助けを求めたのだ。それに応えないと言う選択肢はない。


 列車は国境をまたぎ、グロアニア王国に入った。首都『コルト』まで後5分だ。


「シュガー。このワインは美味しいの。持って来てくれて、本当にありがとう。シュガーには、日々感謝しかないわい」

「ワイル博士。私……」


 ワイル博士は、口元に指を持って行き、『しぃー』の合図を送る。


(ワイル博士。本当に今までありがとうございます。琥珀色の目を持つ青年。必ず見つけますね)


 シュガーは、瞳にその思いを込めて、博士の目を見つめた。博士の顔に一瞬だが優しい笑みがこぼれた。


「ぐおーーーーーー!! 苦しい!!」

「ワイル博士!! どうされました?! 大丈夫ですか?」


 シュガーは、慌てて博士の肩に手をかけた。


「シュガー。今だ。逃げなさい」


 博士は小声でそう呟いた。


「ぐおーーーーーー!! 呼吸が出来ない!」

「博士が!! 誰か!!」


 扉の前に配備されていた兵士がすぐさま駆けつける。


「ワイル博士! どうされました?!」

「博士が急に苦しみだしたんです!!」


 シュガーは、そう言いながら、扉の方にさりげなく移動した。


「シュガー!! み、水を! た、頼む!」

「ワイル博士! すぐに取ってきます」


 そう言ったシュガーは、部屋から飛び出した。


「シュガー! どうしたんだ?」


 騒ぎを聞きつけた兵士が別の部屋から、駆け付けた。


「博士が苦しんでいるんです!! 私は水を取ってきます」

「そうか! 頼む! おい! 救護班。すぐにこっちに来い!」


 兵士達は手際よく対応する。日々の訓練はあらゆる想定がなされていて、不測の事態でも兵士たちは迅速に動ける。シュガーは、さり気なくその身を切り返し、一般車両に向かって走った。運よくその様子に気付く者はいなかったようだ。


『まもなくコルトに到着します。お降りの方はご準備ください』


 車両のスピーカーから車掌の声が聞こえた。列車は減速を始め、揺れが強くなった。


(博士。ここで降りろ。という事ですよね?)


 シュガーが飛び込んだ一般車両は、コルトで下車する乗客達で混雑していた。沢山の乗客が狭い通路に立ち荷台からトランクを下ろしている。


 国際都市でもあるグロアニア王国の首都『コルト』は、周囲を高い城壁に囲まれた都市で、様々な民族が訪れる人気の観光地だ。上手く『コルト』の町中まで逃げられれば、アルテミス国軍といえどもシュガーを探し出すことは困難である。つまり、この瞬間さえ乗り切れば、【命がけ】は終わる。


 シュガーは、降りる乗客の列に上手く紛れ込んだ。自身の鼓動が耳に響く。


『ガタン! ブシュ―』


 列車は『コルト』駅に到着し、一番前の乗客が扉を開いた。乗客の列は順次進んでいく。

 列車から降りたシュガーは、焦る気持ちを抑えつつ、改札まで向かった。


***


「救護班! ここだ!」


 青いコートをまとった銀髪の青年が手をあげ、救護班を呼んだ。


「ワイル博士! 大丈夫ですか? 意識レベルは正常。血圧計ります」


 救護班はワイル博士の上腕にバンドを巻き、手際よくその中に聴診器を当てた。


「く、苦しい。ぐはっ!!」


 ワイル博士の口から赤い液体が飛んだ。


「吐血?! 博士! 意識をしっかり!」


『列車出発しまーす。しばらく大きく揺れますので、お気を付けください』


 備え付けられたスピーカーから車掌の声が聞こえた。列車は『コルト』を出発し、次の目的地【モンシン】に向かう。


「血圧正常。呼吸も問題なし! この赤いのは、ワイン?」


 それに気付いた救護班の緊張が緩んだ。


「く、苦しい!!」

「ワイル博士。ワインが気管に入ってむせただけみたいですよ。大丈夫です」

「おおー。そうじゃったのか」


 ワイル博士は、惚けて見せた。


「お水、飲みましょうね。誰か水を!」


 救護班の男が声を張った。


「先ほどシュガーが取りに行ったはずだが……。シュガー!!」

 

 銀髪の兵士はシュガーを呼んだ。


「シュガー! ん? いない……。だと?」


 銀髪の兵士の顔色が見る見る変わった。慌てて、部屋を飛び出した。


「おい! シュガーを知らないか?」

「いや、俺は知らないぞ。いないのか?」


 長身の兵士がそう答えた。


「え……。まさか、あいつ逃げ出したのか?」


 シュガーが脱走した事を確信した銀髪の兵士は、すぐさま指令室に向かって走った。


「グラザ大尉!! シュガーがいません! おそらく脱走したようです」

「なに?! 脱走しただと? いつ逃げ出したんだ」


 グラザと呼ばれた大男は、鋭い目線で銀髪の兵士を睨んだ。


「大尉。おそらく、先ほど、『コルト』の駅で……」

「何だと!! すぐに追うぞ! この俺様の経歴に泥を塗る訳にはいかない!」

「しかし、大尉! もう列車は動き出しています!」

「何か問題か? 貴様。俺を舐めているのか? 俺はグラザ様だぞ!」


 壁にかかった特大サイズの黒いコートを手に取り、異常なほど発達したその両手にナックルバンドを装着した。グラザは舌打ちし、廊下に出ると、声を張り上げた。


「おい! 貴様ら、俺は今から脱走兵を捕まえに行く! お前らは引き続き、博士の警護だ! イザキ! お前に任せていいな?」

「はっ! 問題ありません!」


 銀髪の兵士はそう言いながら敬礼をした。


「よし! では、そこのダリーとイフト。お前らが一緒に来い!」

「「はっ」」


 グラザは車両の連結部に出ると、兵士2人の襟を巨大な手で掴み、その身体を持ち上げた。列車は加速を終え、木々が視界を流れる。


「グラザ様! まさか! ここからですか?」


 襟を掴まれた長身の兵士イフトが怯えた声を出した。


「イフト! 喋ると舌を噛むぞ!!」


 そう言い残し、グラザは2人の兵士を両手に持ったまま列車から勢いよく飛び降りた。


「シュガーーーーー!!!!!! 逃げられると思うなよ!!」


 難なく着地したグラザは、『コルト』の駅に向かって吼えた。

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